#1 魔女の厄災
第2話 英雄の後継者
騎士らしくないとよく言われる。
女性用の櫛で整えられた黒い髪は落ち着いた印象を抱かせ、十七歳にしては身長は高めであり、野蛮な性格が多い騎士の中では感情の起伏が比較的おとなしい。
一人称は僕、男同士であれば『俺』と素が出るようだ。
生まれは不明。
父親は国で『英雄』と呼ばれていた騎士である。
「ディンゴ、少しいいか?」
名を呼ばれて振り向くと、その父親がいた。
もう騎士でもないのに未練がましく黒い軍衣を身に纏い、剣を腰に差している髭を生やした男だった。
親子でお揃いの衣装で並ぶというのは恥ずかしいが、制服なのだから仕方ない。
そんな父親の隣には見慣れない赤髪の少女がいた。
先端が垂れ下がっている特徴的なとんがり帽子を胸の前で抱き、黒いローブで、ちらりと見える太ももや二の腕などの露出の多い服を覆っている。
ローブは汚れているが、彼女の髪は少し濡れ、肌は綺麗だ。
まるで、今さっき洗ったばかりのようである。
首の裏で結った二本の髪の束を後ろに垂らしている。
ローブの中にしまっているので正確な長さまでは分からなかったが……。
「父さん……その子は?」
「この子はアルアミカ。ちょっとした事情でな、お前に面倒を見てほしいんだ」
「遅れて出てきた隠し子……ってことか? 今更驚きはしないけど……」
「おい! そういうことをエナの前では言うなよ!?」
周囲をきょろきょろと見回して、実の娘がいないかを確認した父親の、家での立場というのがよく分かる光景だ。
というか違えよ! と否定したので、随分前に仕込んだ種が、今になって花開いたわけではないらしい。
「じゃあ拾ってきたのか? それ自体に文句はないけど、なんで俺に面倒を任せるんだ。暇な父さんがすればいいし、それこそエナに任せた方がいいでしょ。世話焼きなエナの方が適任だと思うけどね」
「それはお前にだけだ」
とにかく頼む! と手を合わせてお願いされてしまえば断りにくい。
が、ディンゴにも手が離せない仕事がある。
騎士は騎士でも、国の姫である、アリス姫の近衛騎士なのだ。
面倒を見る相手ならもういるし、彼女だけで手一杯である。
「そもそも、その子は一体誰なんだ。父さんが面倒を見るなんて責務を負うような義理でもあるのかよ」
「それがなあ……」
言いにくそうにする父親では埒が明かないと、ディンゴが視線を隣の少女へ向ける。
ばっちりと目が合った。
「助けてほしいの」
その言葉はディンゴへ投げかけられた。
少女自身も、このままでは放り出されると危惧したのかもしれない。
英雄と言われる男に頼ったつもりが意外と周りへの信頼はなかった……と勘違いしているのかもしれないが、ディンゴだから二つ返事で了承を貰えていないだけである。
他の者に頼ればすんなりと請け負ってくれただろう。
そんな事情を知る由もない少女は、ここでこうして助けを乞うしかないと判断した。
しかし、
「無理だ」
「…………え」
話が違う! という恨めしそうな視線を、少女が隣の英雄に向ける。
父親は気まずそうに視線を逸らすだけだった。
「僕にも仕事がある。悪いけど、厄介な事情を抱えてそうな君を国に入れることさえ僕は反対だ。僕には命を懸けて守ると誓った人がいるんだ、その人へ降りかかりそうな危険は実害がなくとも取り払っておく。つまり、厄介そうな時点で君は請け負えない」
たとえ守ることになったとしても、優先度は低くなる。
そうなって困るのはこの少女の方だろう。
ディンゴに助けを求めるのは賢い選択ではない。
父親になにを吹き込まれたのかは知らないが、なにも一人の騎士に執着することもないだろう。
「……裸を見られた責任を取ってもらわないと気が済まないんですけど」
「おい! なんでそれを言っちゃうんだよ! 俺の年齢的に酷い誤解が広まっちまうじゃねえか!」
髪が濡れているのは水浴びでもしていたからか。
町の外には広大な森が広がっており、奥には湖もある。
父親がたまたまそこを訪れ、裸だった少女を見てしまったというのは、ない可能性でもない。
「父さん」
「俺だってわざとじゃねえぞ。ばったり出くわしちまっただけなんだ!」
「――お前の尻ぬぐいを押しつけんな!」
ガッキィッ!! と、剣と剣がぶつかり合う。
英雄とその後継者による親子喧嘩を見て、少女はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
長く感じる数秒の後、
「――え、え、ええ!? ちょっとなにしてんの!?」
「う、ぐぐ……! 中々やるな、ディンゴ……!」
「お前が衰えたんだ」
鍔迫り合いの体勢はやがてディンゴが上に。
父親は足を折り畳むように膝が地面につきそうなくらい、追い詰められていた。
「あんたが面倒を見ろよ、なんで俺に……」
「それは、決まってんだろ」
父親は言う。
「お前がこの国で、一番強いからだ」
その時だった。
背後から引っ張られるように、ディンゴが力を入れても、体が前に進まなくなった。
パキッ、と地面を割りながら、足にぐるぐると絡みついてくるものがある。
細い根だ。
足の次は腰、さらに体へと、根が上がってくる。
足に絡んでいる根が太く成長しており、やがて、背後には一本の幹が、真っ直ぐ空へ伸びていた。
道の真ん中に、あっという間に木が一本立ってしまった。
「……なんだこれ」
周囲の家に根やツタ、ツルが絡まっていることから分かるように、木々の成長速度が一般的な国よりも早い。
それは土地柄であるだろう。
特別、木々が成長しやすい環境であるというだけだ。
だとしても今の成長速度は異常である。
速過ぎるのだ。
もしもこのペースで町の木々が成長してしまえば、騎士による伐採の手が追いつかない。
あっという間に町中が周囲の森のように覆われてしまうだろう。
根がさらに絞まりを強くしたことで、腕に力が入らなくなった。
掴んでいた剣を離し、とんっ、と切っ先が地面に突き刺さった。
「お前……」
剣を抜いて、ディンゴの鞘に戻す少女が、胸に抱えていた帽子を被った。
「ただの親子喧嘩で剣なんか抜くな。それともそれが普通の親子の関係なわけ?」
黒いローブ、同色のとんがり帽子。
目深に被ることで表情は口だけしか見えない。
見覚えのあるシルエットだった。
「一体、なんなんだ……?」
「魔女だよ」
答えたのは父親だった。
「その子は追われてるらしいんだ。そしてこの子の敵も既にこの国に侵入している可能性が高い。だからお前に頼んだ。お前にしかできねえ役目だと思ったからだ」
「……すぐに国から出て行けばいい話じゃないのか?」
「いるいないはともかく、敵は目的のものを虱潰しに探すものだろ。既にこの国は標的の中に入っている可能性が高い。そうなると国全体が狙われてるようなものだ。当然、お前が執心してる姫様にも危害が及ぶかもしれない。この子を野放しにするよりも手元に置いた方がなにかと都合がいいと思うだろ?」
面倒を見ろ、は、なにも助けろ、手伝え、だけではない。
状況を見て敵との交渉にも使える余地も残している。
裸を見たくらいの罪悪感で命を懸けて守るほど、少女の裸が重いとは思っていないのだ。
少女でも魔女。
敵よりも先に、この魔女の不機嫌によって国が滅ぼされる場合もあるかもしれない。
「助けてほしいの」
さっきと同じ言葉だが、脅しのように聞こえるのは事情を知ってしまったからだ。
助けてくれなければ魔女の力を使い国を滅ぼす……、
もちろん彼女はそうは一言も言っていないが、根を急激に成長させ大樹へ変えた彼女の力があれば、できないこともない。
「…………」
ディンゴに選択肢はない。
「おねがいします」
頭を下げる少女を見て、ディンゴは身動きが取れない中、頭を抱えたい気分だった。
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