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 彼女は、酒を呑むと、サキュバスになりきる。


 今日は、精神的プラトニックな愛を食べるサキュバスという設定。お酒を呑みながら、恋と愛の違いとか適度な愛とかについて延々と語っていた。


 不思議なひとだ。いつもは普通なのに、お酒を呑むと突然ファンタジーの生き物になってしまう。


 不安になって、こっそり友達の医者に診てもらったことがある。

 結果は正常。

 普段抑えつけている恋愛への要求が、お酒と自分という二つの安心に包まれることで条件を満たして発現している、らしい。

 彼女がサキュバスになったら、その要求を満たしてあげて、満足させれば良いとだけ言われた。


 酔っ払った彼女。


 適度な愛を要求しながら、手を伸ばして、抱きついてくる。


「よいしょ」


 彼女の要求は、いつも同じ。


 眠くなった彼女を抱き上げて、ベッドへ運んで。寝かせて。毛布をかけて。


「おやすみ」


 寝るまで、頭を撫でたり、おなかをさすってあげる。


 これが、彼女の言うところの、適度な愛らしい。寝るまでの、安心感。そばにいるという、証明。


 彼女。幸せそうな寝顔。


「この寝顔が見れるなら」


 サキュバスになってもらっても、かまわないと思う。


 彼女が眠りに落ちたようなので、寝室を出る。


 もういちど。呑み直す。酒ではなく、炭酸飲料。


 彼女の過去。


 昔のことを思い出せなくなる性質。


 眠るまで安心を求める行動。


「はあ」


 全てが、同じ解答を指していた。


「これだけは、耐えきれねえな」


 炭酸飲料を注いで、呷る。


 彼女の過去。詮索はできない。思い出させるような行動も、避けるべきだった。子供の頃に、何かあった。だから、お酒を呑むと失われた子供の頃の反応が出てくる。


「あの医者」


 俺を安心させるために、嘘を言いやがって。


「俺は」


 どうすることも、できない。彼女の記憶に何があったのか知っても。自分には過去を塗り替えられるだけの、何かは、ない。


 ただ彼女に寄り添って。彼女が眠るまで側にいて。彼女の過去の記憶が、封印されたままであることを、願う。





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