第8話
準備が整うまで、ちょっと早いけど天送完了の報告を済まし周囲の警戒にあたる。月が雲に隠れ、さっきまで海に存在した光の道は消えていた。暗闇と深い海だけが広がる世界。
警戒といっても眼に頼るわけじゃない、周囲に霊力の糸を張り巡らせて侵入者を検知、遮断すればいい。
「お、おい……ま、まじかよ?!」
霊力の糸が侵入者を検知! 何者かが張り巡らせた糸を切り裂きながら凄いスピードで突き進んでくる。 遮断出来ねぇ、ヤバイヤバイヤバイッ、纏いつくような負の空気が一瞬にして周囲を包み、悪霊特有の霊力がビシビシと肌を刺激する。突如鳴り響く脳からの警報が身体中を駆け巡り危険を知らせた。初動から全速力で走りモクレンとおっちゃんの元へ向かう。
「モクレン準備はまだかっ?! 何か来やがるっ!」
「あと少しというのにっ……おっちゃん殿こちらの陣へ! 早く! お急ぎなさい!」
くそっ……どうする、どうする、どうすればいい……暗闇で姿が見えないこの状況じゃ捕らえるのは難しい。モクレンは今動けない、どうにか俺が足止めを……
「陽介殿! 何をしておる! 早く結界を!」
「そ、そうか! 《風霊術 風の障壁》」
霊力で作った風の壁で俺達を隔てた。悪霊の姿はまだ見えない。少しだ……あと少しだけ時間が稼げりゃそれでいい、後ろには陣の中に入ったおっちゃんと外から祷りを捧げるモクレン。空を見上げて目を閉じるおっちゃんを、優しい光が包み始めた。
『こんばんは』
声と同時に周囲の空気がビクンと震え、女の姿をした悪霊が姿を現した。肌にピリピリと感じる霊力は刺激を超えて痛みに変わる。耳元で囁かれるように聞こえる女の声。纏う空気に不釣り合いな穏やかな声は不気味としか言いようがない。
返事をする必要はない、大丈夫だ……俺はここで時間を稼げば良い、もう少しだ、おっちゃんを天送すればどうにでもなるっ……
『何もしないから、返事くらいしてくれませんか? なにもしないから』
まだか、まだなのかっ……まるで二重音声だ、俺には全く違う声が……通せ、殺すぞ、そこをどけと、脳内に直接叩き込んでくる、女が俺の後ろに視線を向けてニヤリと笑っている。
『あなた! 私が分からないの?! 私にはあなたとユキが宝物だった、ねぇ! 思い出してよ! 私はここにいる! 死んでからもずっと見ていたのよ! 行かないで! 置いてかないでよ!』
何でおっちゃんの事を知ってやがる?! まさか、この姿! ユキちゃんの母ちゃんか?! 行ってはならぬと制止する声も虚しくおっちゃんが悪霊を隔てる境界まで駆け寄ってきた。
「お、おまえ?! おまえなのか?! 何でこんな所に居るんだ! ユキと二人で天国に居るんじゃなかったのか?!」
状況は最悪だ……おっちゃんを包んでいた光が消えて、女は喜びの表情を浮かべる。大切な人間に成りすまし騙すのは常套手段。おっちゃんを陣に戻そうと思った瞬間、結界がバリバリと崩れる音と、脇腹を襲う衝撃に身体が吹き飛ばされた。
「陽介君!! お前、何をしてっ…がっ…ぐっ」
『アハハハハハハハ! 捕まえた捕まえた!
く…そっ、息が出来ねぇ、意識がぶっ飛びそうだ、悪霊が女の姿からかろうじて人の形をした異形に変わって、捕まえたおっちゃんの魂を喰おうと大口開けてやがる! 身体がっ……動け……動け、動けよ!
『良い表情だ非力のカスが! オレが殺したんだ! お前も、お前の娘も! もっと怒れ! 恨め! 絶望と恨みがオレにとっちゃ最高のスパイスでしかねぇ! 悔やんで恨んで絶望のままオレに喰われろ! アハハハハハ……ハ? ギャァァァァァァァァア』
暗闇を切り裂く緑の一閃が走った。腕から先が無くなって騒ぎ立てている悪霊の傍で、得物を握り締めどこまでも深く冷たい視線を向けるモクレンの姿。
「陽介殿、おっちゃん殿を安全な場所へ。モクレンがこの外道の相手を致します」
成仏屋のレイジくん t-t @chappy-t
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