第7話

 移動した俺たちは砂浜に来た。辺りに人影は見当たらず、静かな波の音が俺達を包んでいる。月明かりが海を照らして、まるで天国にでも続いてる道みたいだ。


「陽介くん、モクレンさん、君達に会えて本当に良かった。やっと、ユキ達に会える……ありがとう」

「おっちゃーん、なーに辛気くせぇ事言ってんだー! もうすぐ会いたかったユキちゃんに会えるんだろ? 笑え笑えー!」

「陽介殿のおっしゃる通りですよ。私達は何もしておりませぬ。ところで、おっちゃん殿、どのようにしてユキ殿が天送された事を知ったのですか? ずっと探して見つけられずにおったのに、ユキ殿が天送された事を知っておるのがモクレンは不思議に思うのです」


 あぁ、確かに。俺、全然気にしてなかった。


「前にね、君達と同じ成仏屋を名乗る女性と会ったんだ。その時にユキの姿や特徴を教えていたんだよ。その女性が昨日の夜に現れてね、教えてくれたんだ。レイジさんと言う方が娘を天国に送ってくれたって。礼を言いたいと申し出たのだが、伝えておくから早く成仏しなさいと断られてしまってね」


 その女の成仏屋すげぇな……その女ならモクレンの村の事とか何か知ってるかもしれないな。ん……?


「おい、おっちゃん! そのレイジさんってのは多分俺たちの仲間だぞ。おっちゃんが喜んでた事、俺達からもしっかり伝えておくからよ、安心してくれよな!」

「本当かい! そうか……親子揃って君達に助けられていたなんて……陽介くん……本当に……本当に感謝していると伝えてくれ」


 レイジさんも近くに居るし、ちょっと会わせてやってユキちゃんとの話をしてあげれば喜ぶとは思う……でも、悔いの無いうちに早く成仏して天国に行くのが一番良い。

 意味もなくこっちに留まれば新たな悔いを生むことも、悪霊に狙われる事もある。成仏した先に娘が待ってて、楽しみだと言うなら、さっさと成仏しなさいという意見には同感だ。


「よし、おっちゃんまだ行きたい所はあるか? 遠慮なく言ってくれよな!」

「あぁ、ありがとう。でも、もう良いんだ。本当は最後にこの砂浜に来るつもりだったんだ。ここはね、ユキが死んでしまった日、一緒に来ようと約束していた場所なんだ」


 おっちゃんはユキちゃんが死んでしまった日の事。蓋をしていた悲しい思い出を静かに語ってくれた。

 ユキちゃんのお母さんは早くに亡くなってしまい、物心ついた時には既に他界していた。父と娘の二人暮らし、当時のおっちゃんは仕事が忙しく、ユキちゃんが起きる前に出掛けて寝た後に帰ってくる。そんな生活だった。ろくに遊んだあげた事もなく、一緒に出掛けたり、ましてや食事だって一緒に食べてあげれなかった。

  そんな生活の中、普段は絶対にワガママを言わないユキちゃんが自分の誕生日の日、海に行きたいと泣いてお願いしてきたらしい。理由は母親と幼いユキちゃんと海で撮った一枚の写真。それがこの場所なんだと。

 おっちゃんはユキちゃんが九歳を迎える誕生日にお弁当を持って行こうと約束した……ユキちゃんは本当に嬉しそうに、パパとお出掛けするのを楽しみにしてた。誕生日が近づくにつれ、ユキちゃんの気持ちを表すように、増えていくてるてる坊主。

 当日、ユキちゃんはパパが起きる前から台所に立ち、パパが食べる大きなおにぎりと自分が食べる小さなおにぎりを握って準備万端。形は不恰好だけど心のこもったおにぎり。リュックの中には母親と写った写真とカメラも入っていたらしい。


「写真の裏にね、亡くなった妻が書いたメッセージがあったんだ。 ユキちゃん、またここで一緒に撮ろうね、ママとの約束。大好きだよ……ってね。 私は……そんな約束すら叶えてやれなかった……駄目な父親だ」


 海へと出発する間際、おっちゃんの仕事にトラブルが起きて呼び出されてしまった。状況を察したユキちゃんは溢れんばかりの涙を目に溜めながらも文句一つ言わず送り出してくれたらしい。


「いってらっしゃい……それがユキの最後の言葉だ。本当は行ってきます……そう言うはずだったんだ」


トラブルを片付けて家に戻るとユキちゃんの姿は見当たらず、リュックも無くなっていた。一人で海に行ったのだろう。

ユキちゃんの後を追いかけるように家を飛び出したけど、そのまま会える事はなく、ユキちゃんは帰らぬ人になってしまった。

おっちゃんはユキちゃんの悲報を知り、娘の亡骸の場所へと向かう途中、交通事故で命を落とした。


「間抜けだろう。生きてる時も一緒に居てやれず、死ぬ時も、死んだ後でも一緒に居てやれなかった……今更ユキに会わせる顔など無い……きっと天国で母親と二人で幸せにしてるだろう。こんな情けない父親に、会いたいだなんて思ってないかもしれないな……」


俯いて悩んでるおっちゃんの肩にモクレンが手を置いた。


「おっちゃん殿、モクレンにも離ればなれになってしまった家族がおります。会いたくて……会いたくて仕方がありませぬ。もし、モクレンの場所を知っているのなら……どんな理由でも、どんな姿でも会いに来てほしい……そう思うのです。ユキ殿もきっと、同じ思いに違いありませぬ。会いたいと望み、願う者だけが叶うのです……そうであろう? 陽介殿」

「あっ……あぁ!! その通りだ。 ユキちゃんも待ってる! 悩んでる暇があるなら早く行ってやらねぇと!!」


おっちゃんは涙を拭いて顔をあげた、もう悩んでる様には見えない。


「二人とも、ありがとう。よし……決心がついたよ。頼む……ユキが居る所に送ってくれ」


おっちゃんの笑顔はとっても優しい。今から家族に会わせてやれると思うと、こっちも泣きそうだ。


「陽介殿、準備が出来るまで警戒を……陽介殿! まだ天送は完了しておりませぬ。最後まで気を緩めるなといつも言うておるのに。天送の準備の間、警戒をお願いします」

「おっ、おう!任せてくれ!」



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