第3話
必要な装備を整えて公園の入り口に到着。霊からのコンタクトはまだない。
繋がりを持ってしまった霊はおそらく悪霊。本来であれば強い霊を相棒にもつ者、悪霊退治を得意な者が対応するべきだろう。僕に出きる事は限られてるけど、霊跡の調査はしないと有効な手段も打てない。
大きく息を吸っていると冷たい風にさらされていた頬がだんだん温まって……温まっ……あ……あつ……熱……
「あ、あひゃっ!熱いっ!」
振り替えると、両手に缶コーヒーを持った栗色の髪の女の子の姿。悪戯が成功した子供のように笑っている。また会いたいと……願っていた人に会えて頬が熱くなるのを感じる。
「あははっ!やっほぉー! ごめんごめん……ふっ……あひゃかった?ふふっ、あひゃかった? 驚いた? 何してるの? あ! 頬っぺた赤くなっちゃったよ!? 私のせい!? ざまぁ……ごめぇーん!!」
「あ……え……ざま……? いや、君のせい……じゃないです。 本当に、じゃないです。公園に用があるんです」
「えぇ……固いなぁ。ほらっ。温かい飲み物。嬉しいでしょ!笑って笑って! 笑顔笑顔!」
馴れ馴れしい態度に気が抜ける。でも、やっぱり嫌な気はしない。また会えた事が素直に嬉しい。
何でこんなに僕に構うのか解らないけど……変な奴で面白いとか? 言い間違いは酷いし、霊とか見えるし……変な奴だな。
この前チョコレートも貰ったし、さすがに名前位聞きたい。仕事では霊にも名前とか聞いた事はある。だけど、自慢じゃないが僕は人間の女の子から名前を聞き出そうした事はない……
「……君、名前は?」
「下手くそ!? ひっどい! やり直し! もっとスマートに聞いて! ねぇ、座って話さない?」
えぇ……聞いた事以上の物が返ってくる……? 何を話したら良いか分からない沈黙は苦痛でしかない。他人に気を使うのも苦手だし、話題も出てこない僕によく起こるあの現象。でも、彼女のおかげで沈黙の苦痛は全くない。
「ほらぁ! 早く来ないと名前教えないよ!」
名前聞くのって大変だな。呼ばれるまま彼女が居るベンチに腰を下ろしてコーヒーの蓋を開けた。スマートな名前の聞き方なんて僕は知らない。陽介みたいな奴なら、名前教えてくれっすよ! 頼むっすよー! とか、言って聞くのかな……無理。
横に目をやると、座ったばかりだったはずの彼女は立ち上がって空を見上げてる。落ち着きがない子だと思いながらも、その姿に見とれてしまった。
月の光でうっすら見える表情は憂いを帯びたような、どこか儚くて、寂しそうな印象を感じた。
近いようで遠いような……見えてるけど存在しない蜃気楼を見てるような不思議な感覚を覚えながら、ただひたすら彼女の横顔を眺めてた。
「ん? レイジくん? どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「あ、いや、何でもないよ! 何も付いてない」
こちらを向くのを察知して僕は視線を外した。横顔に見惚れてましたなんて言えな……えっ? 僕の名前……?
驚きに目を見開き、ゆっくりと彼女に視線を戻すと不敵な笑みを浮かべてる。職業柄、相手が知るはずのない情報を握っていると一気に警戒してしまう。
「レイジくん? 大丈夫? どうしてそんなに驚いてるの? 顔色悪いよ? まるで悪い幽霊でも出たみたい……フフ」
「なんで僕の……」
「フフ……名前を知ってるのか? 気になる? 知りたい?」
ゆっくり近付いてくる彼女とは逆に、僕の心臓の鼓動はどんどん強くなっていく。
「レイジくん……リュックに書いてあるよーーー! あはは! あー、ひっどい顔してるよ? 顔面蒼白って感じ。本当にからかってて飽きないわぁ。どう? スマートだったでしょ? うふふ」
「あ……はっ?」
社長から渡されている仕事用のかばん。これには名前が付けられているのを忘れていた。
安心したけど、何度もからかわれて、動揺したり緊張してるのが本当に馬鹿らしい。黙っていれば可愛い子だと思うけど、人をからかい過ぎるのは良くない。
でも、おかげで体から力が抜けて少し肩が軽くなった気がする。思えばゆきちゃんを見送ってからずっと気を張っていた。
僕が成仏屋をしてるのは、哀しみ、苦しみ、恨みから悪霊になって苦しんでいる霊を救いたい、未練を残して成仏出来ない霊を救いたい、そう思ったからだ。
でも、そんな力は持ってなくて、いざ悪霊が出たとなれば特化した者が出る。僕は霊が見えるだけで……声が聞けるだけで……少しの未練を取り除いてあげれる程度。
ユキちゃんと会話してた時も、他の霊の天送が完了した後も……いつも思う。僕に強い力があれば、もっと寂しさや悲しみを無くして、もっと幸せな気持ちで、もっとたくさんの霊を成仏させてあげれたんじゃないだろうかって。ユキちゃんの願いだって結局……特にこの数日そんな事ばかり考えて居たけど……
「なんかもう、君みたいな人に気を使うのが馬鹿みたいに思えてきたよ」
「あー!やっと笑ったよー! そう、気なんか使わなくて良いのよ。笑顔が一番なんだから……って! こらー! 君みたいなって何よ!君みたいな……は酷い! やっぱり私には存分に気を使いなさいよー!」
とても明るい子だし、優しい。からかっていたのは僕を笑わせる為かと……思えなくもない。いや、楽しんでるだけかな。
「それで、そろそろ名前教えてくれないかな? 教えてくれないなら、イタズラばかりする子だから、ズラ子さんて呼ぶけど……」
「マリアよ! マリア! ズラ子って……ふふ……ズラ子って絶対に嫌! どんなセンスしてるのよ! あ、マリアさんとか、マリアちゃんとかやめてね。マリアでいいから!」
それから、マリアとたわいもない話をしていた。時間が経つのが早いなんて感じた事なかったし、許されるならまだ話していたかったけど、時刻はとっくに深夜を迎えていた。
「はぁぁ、レイジくんと話してると楽しいなぁ。こんなに人と長話したのは久しぶりだよ! 本当に……ずっとこの時間が続けば良いのにね……ふふふっ」
「またまた。もう騙されないよ。ズラ子さんの言うことは嘘ばかりだからね」
冗談だと分かっていても凄く嬉しかった。笑ってふざけあったり、一緒に居て楽しいって言ってくれたり、この時間が続けば良いと思ってるのは僕の方だ。素直に言える性格じゃ無いから言わないけど。
「あー! ひっどーい! 乙女にそんなひどい事言って呪われても知らないんだからね……はぁ……ところで、レイジくん。帰る前に聞きたいんだけど……私があげたバレンタインのチョコレートは食べましたぁ??」
「あ……うん、おいしいチョコだったよ! 手作りかな? おいしかったー!」
まだ食べてない……食べたかったけど…疲れてたし、開けずに取っときたい気持ちも、実はあったりして。
「クッキーなんだけど……?」
「えっ……?」
マリアと居て初の沈黙…これは凄く失礼な事を…
「うぅ……ぐすん。ふぇ……ふぇーん……うぅ……せっかく…つぐったのにぃぃ…。」
「えっ! 嘘!? いや! 本当にごめん!
疲れてて……いや、嬉しくて! バレンタインなんて貰ったの初めてで……本当は開けるのももったいなくて……!それで…………!」
「ぷっ……」
まさか、とんでもなく恥ずかしい事を言ってしまったのでは……
「ぷーっ! なーんちゃって! 騙された? 泣かせたと思ったぁ?あははは! 初バレンタインかー! そーんなに喜んでくれてたなんて! レイジくんは素直じゃないなー! ふふふ!」
「マリア、君、性格悪いよ。」
「あ、怒んないでよー。だいたい先に嘘ついたのはレイジくんなんだからお互い様でしょ?」
それはそうだ。でも、何より自分の発言と珍しく動く感情に驚いた。
「ねぇ、今日帰ったら絶対食べてよ? 約束して!」
「あぁ、わかった。今度、感想を伝えるよ」
マリアは笑って、ありがとうと頷いていた。泣き真似をしていたせいだろうけど、少し瞳が潤んだままだ。
「それじゃ、マリア。またね……」
「うん!レイジくん、とっても楽しかったよ!バイバイ!」
別れ際、自分からまたねって、再会を約束するような言葉が照れ臭くてマリアの顔は見れなかった。
初めて会った日と同じように背を向けて公園の出口に近付く。振り返るべきか……そのまま帰るのか。
「レイジくん!」
僕が振り返るとマリアが大きく手を振っていた。
「レイジくん!ばいばい!!」
「またな!」
初めて感じる高揚感、あの日と同じ、寒かった事など気にもならない位暖かな気持ちで僕は公園を後にした。
結局、目的の調査は出来ず、霊からのコンタクトも無かっ……?!
待て待て待て待て待て待て待て待て……
落ち着け僕。状況を冷静に考えろ……
手首に帯が表れたのはいつ……マリアにチョコレートをもらった翌日だ。
霊跡の調査に来てコンタクトがあったのは……マリアだ。
いや、まさか……そんな……でも……霊から物を受け取る……?
なぁ……君は霊なのか? なぁ……悪霊……なのか?
考えたら胸騒ぎが止まらない。それでも考える事をやめることが出来ない。霊の言動には全てに意味がある。
あっ?! 初めて会った日……またねって言ったよな?!
今日は?! 今日はマリアは何て言ってた?!
ばいばい、レイジくん……
イヤだイヤだイヤだイヤだ……!!
不安が込み上げてくる。急いで来た道を全速力で戻った。
手を振った公園の出口を通りすぎて、一緒に座っていたベンチに着いた……。
「はっ……ははは……はははははは!」
自分の手首を確認すると黒い帯は消えていた。
初めてだ。感情がぶっ壊れてしまったように涙と笑いが止まらない。誰も居ない。誰も居ない。誰も……
「ああああぁぁッ!!!」
自分の鈍感さに腹が立つ。マリア、最後どんな表情だったの?あの涙は泣き真似の涙じゃなかったの……?
二人で飲んだ缶コーヒー、くっけて並べてるのは君の仕業かな……?
マリア……
「マリアーーーー!!」
また僕の独り言だ。君は霊じゃないよな。
また会えるよな。
今さら振り返っても誰も居ない。
ゆっくりと、また後ろから声が聞こえるんじゃないかって……期待しながら公園を後にした。
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