第7話
棄てられていた八冊ほどの本は、どれもマンガだった。みな驚いて、目が飛び出したまま、次の感想が出てこない。なにはともあれページを捲ろう。なんだか男女が「凄いこと」をしていた。膨らんだ文字で書かれた効果音が傷みたいにいやらしく、女の子の阿鼻叫喚が山の秋風にむなしくこだました。これは、この本は、僕たちの欲求を満たしてくれるだろう。しかし、しかしそれだけだ。
ああ、しかし僕に姉妹がいなくてよかった。もし歳のそう変わらぬ姉妹がいたら、愛する家族の運命的な悲惨に、強奪の宿命に、目の前がまっくらになるだろう。男がおぞましいのか、女が余計にいやらしいのか、わからなくなった。このときにはじめて、女は自分と違った存在であるという考えが、どこか遠くにある、暗いくらい男たちの唾の沼からもたらされて、僕を呪った。
みんな黙々と読んでいた。教科書を読んでいるというより、テストを受けているみたいな真剣さだ。二人は幼稚な力でまじまじと、よく思考しながら、読んでいた。
「なんか、気持ち悪いね」
とオモチが初めて感想を述べる。マンガから目は離れていない。
「気持ちよさそうだけどな」
「うん」
愛の関係がこんな滅茶苦茶なものでいいのだろうか?
幼稚と賢明を持ちあわせた僕たちは気づいていた。少年マンガは何が起きても僕たちの現実に即していて、世界と世界の行ったり来たりが自在であった。しかし、この、つまり青年マンガには二つの世界を横断できる通路がないということを。この世界は、僕たちと位相の異なる別次元であることを。
そこには子どもの想像力と抵抗力の及ばない毒の酸素が流れている。空気は毛がはえた甘さで満たされていて、愛の余地が見あたらない。大人にならないと呼吸もできない、おぞましい宇宙だった。しかし、泣きながらでもいいからこれをしたい。その別次元の活動を。そのためには、僕の足の裏から生えている、子どもの根っこを切らねばならぬ。あるいは見えないへその緒か。ともかく、一人でも宇宙で息をつけるようでなくては。
「あの人は、これが欲しかったのかな」
「そう思うよ、だってここマンガしか落ちてないもの」
僕とオモチは全てのマンガを拾い集めて、ついた土埃を乱暴にはらい落とした。ルネも作業に加わり、打ち明けた。
「いや、きっとあの人が捨てているんだと思う。見ちゃいけなかったかも」
「げっ!」
ハッとした。彼がこの地域のガキ共、男子共の救世主だったのだ。あのお兄さんの後ろ姿は、一本の木の墓標の下にうずくまり、お気に入りのコレクションに最期の別れを告げていたのだ。そして僕たちのような悩める仔羊たちのために、捨てるに忍びない選りすぐりを与えてくださっていたのだ。
「でもちょっとキモいな」
「シュミが……」
昨日から、僕たちには沈黙の時間が増えた。
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