第5話


 さて、僕たちは自転車に乗ってH公園にやってきた。坂道につくられた、階段ばかりの台形をした山みたいな公園で、中腹にはさびれた小屋と水飲み場がある。たったそれだけだ。午後の3時、小さな子を連れたお母さん連中がいる。

 小屋の後ろには僕たちのお腹くらいの高さの石段があって、そのチョッとの登頂が山巓(さんてん)となり、草木が繁茂している無法地帯がある。ルネが狙いをつけたのはそこだ。

 僕たちはとりあえず小屋の中におちついた。椅子は砂埃にまみれていて、天井はクモの巣だらけ。堅固な木柱には落書きばかりだ。ルネがそれを見逃すはずがない。

「おい、これみてみろよ」

 すかさずオモチ。

「えっ、○○中のM美は……いつもヌレてます! うわあ!」

「わたし電話待ってます、070の……。喧嘩上等。うんこ」

「うんこかあ」

 ルネから期待はずれの嘆息がでた。


 どれもひどいものだった。僕たちの欲しているものは、その手にかかるとなぜこうも痛々しく汚れて、醜悪な肉々しさに包まれて排出されるのか。一体どうしてその戯れがこんなに自分と馴染んでいるのか解らなかった。どれが小物の気まぐれで、どれが体験した者の誉れであるか、さっぱり判別できない。ただひとつ、女が書いたと思われるものは文字でわかった。

「これ女の字だよね」

「マジだ」

「すごい……女だよ。すごい」

 ……めげなかった。せめて僕は木柱に嘘を書こうとした。何か書いちゃおうかと言ってはみたが、親子づれが気になって動けなかった。あのママ共は、終日エリアを徘徊して、僕たちみたいなエロ少年を狙っている禿鷹だ。背を向けたら通報されていて、大人に肩を叩かれるんだ。でも、きっとルネが大見栄を張って切り抜けてくれるだろう。オモチは恥辱が似合っているし。

 しかし迷惑なのは僕たちだった。不思議なくらい、お母さんたちは僕たちを無視していたが、たまに子どもがこちらに来る。オモチは「来るなー!」と叫んでいるけれど、それはかえって幼くやわらかな胸を刺激する。逃げたかった。女のことを話していると、それだけで罪を犯している気になった。僕は、自分より小さな子どもに対しては、ほとんど無限に弱いのだとわかった。

 ルネもばつが悪そうだった。公園で小学生が追い出されなくてはならないなんて異様だけれども。こういうときこそ弟を呼んできて、見張りをやらせたいものだ。あいつを楯にとれば、通報だってできやしないのに。いや、しかしそれはさらなる呵責に落ちこむことになる。

 しばらく無為な時間が過ぎたあと、たまりかねたオモチがふいに動きだし、石段の奥を覗きだした。あ、一人よじ登り、あれよという間に頂上に立ってしまった。そして振り向いた。……あいつはどうして、こう人を竦ませる魅力があるのだろう。仁王立ちの太っちょの暗い内圧に脅かされて、親子づれは遁走する鼠みたいに消えていった。

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