第3話

 ほどなく帰宅して、開口一番で母に弟に対する仲間はずれを咎められたとき、恥ずかしさとどうしようなさで、僕は赤面したのだが、明日が楽しみでならなかった。どう復讐してやろう。ルネはどんな仕掛けで殴打するだろう。


 翌日も学校は「ふつう」に過ぎて行った。授業があり、僕たちのハマっている遊びがあり、給食、ケンカ、たまに事件があったが、あの頃の僕たちの驚きは貴重なものほど大人びていて、ルネの唱えた「経験なんて味気ないものだ」という呪文だけが、本当に過去を象徴したものだった。

 事件といえば、春の時期のこと、こてんぱんにイジメられたおかしな奴が、カッターを握って暴れん坊少年を追い回したことがあった。ノートで刃を防ぐという、すばやい機転を僕が利かせたので、誰も怪我をしないで済んだ。あの情景は忘れられることがないだろう。というのも、事件後に開かれたひどく厳粛なクラス反省会のおかげで、みんなの記憶は生真面目に何度もなぞられて、熱を奪われ凍ってしまったからである。ただ、僕の良心はイジメよりもカッターの方を悪とみなした。たしかオモチは「どちらも悪い」と発言して、ルネは何も言わなかった。

 クラブ活動の時刻になるまで、僕はオモチへの復讐なんて忘れていた。もちろん僕たちあの切れはしのことはちゃんと覚えていて、口のなかがモゴモゴ痺れて止まらない、伝わらない笑いでお互いのくすぐったさを反芻しあったが。

 わたあめが食べられるという理由だけで、僕とルネは科学クラブに入っていて、そこにはあの結子もいた。水くさくしなびた理科室で、彼女を認めたとたん、僕たちに獣のような力が湧いてきて、身とこころのバランスを、なんというか、崩したというよりも悪化させて軽くなった。ルネは結子のもとに跳んでいって。

「よお結子!」

 そう叫んで、彼女のお尻をパチンと打った。彼女は振り返り、

「セクハラッ!」

 と、反射的に絶叫したのだが……そのときの眼のあかり、ひらいた口の驚きは、知らぬ間に水をチョッとかけられたときみたいな子どもの顔、ただの児童の表情で、叩(はた)かれたお尻からはおもたげな色の香りどころか、防災ずきんの座布団についたホコリが舞うだけだった。

「ケツがいちばん痛くないんだよ」

 などとルネは嘯きながら、彼女の地味な尻を叩き続けた。そのうち、もう一人の女の子がやられるために攻め込んできて、僕も非常に戸惑いながら、彼女たちのお尻をさんざん叩いた。彼女たちは騒ぎにさわいで、女の苦悩の大歓喜のうちに逃げ出した。

 彼女たちのスカートの裾についた染みが、はたはた踊っている。それが何度も僕の小さな胸のなかで反芻された。そのわずかな汚れを思うと、彼女たちの家庭の姿態を覗いてしまったような気分になった。あれは今日ついた汚れだろうか? 彼女たちは帰宅してから、母親にそれを訴え(叱られるかも知れない)、決して穏やかでない心で洗濯するだろうな。その私的な染みを、生きざらしの醜さを僕は見てしまった! ひょっとしたら、見てはいけないものを見ることを、僕たちは許されたのかも知れない。それは理科室で僕たちによってつけられた染みかも知れない。できることなら、僕も一緒に洗ってやりたい……。

 低い秋風に吹きさらされながら、校門で友人たちを待つ間、僕は女の醜さの虜になっていた。退屈な時間は退屈なだけ、いっそう女を待っている時間になった。彼女たちはスカートの染みを、質素を顔に貼りつけて念入りに落としている。その一部始終を、僕は一緒に待っていた。いらいらしながら、いつまでも待てそうだ。

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