169 フィンを呼んだ目的

「さて、ここで管理というのはどういう仕事か。それについて簡単に説明しておこう。


 ここイベリアは本来、特に維持管理等をしなくていい設計だ。環境の維持等は人が何もしなくても端末のような機械が勝手にでやる仕組みになっている。


 しかし人間社会を監視して昔、地球テラで起こったような事態を防ぐ事は自動では出来ない。人の目が必要だ。


 管理の方針は資源を節約する事。その為に大規模な戦争行為等を行う技術力を持たせない事。技術を使用した集約的な工業生産という文化へ進ませない事。

 そういった感じかな。


 これは資源節約と同時に人口抑制策でもある。まあ人口抑制も資源問題に関わるのだけれどね。


 魔法を使えるから医療水準はそこそこ高い。つまりある程度の年齢まで普人も生きることが出来る。だから自然と少産少死社会になる。


 その結果、人類という種は細く長く生き続ける事が出来る訳さ。これが此処で行っている管理の方針であり目的でもある」


「つまり私達の社会が進歩しないよう、押さえつけている訳か」


 これはハミィ先輩だ。


「そういう言い方も出来るし否定はしない。ただあくまでこれは人類という種が長い間此処で生存していく為さ。悪意がある訳じゃない。むしろ善意さ。

 まあここに残っている第二世代以上は善意という言葉ではなく義務という言葉を使うけれどね」


「何か難しくて面倒だな」


 ライバーが率直な意見を口にした。

 アルストム先輩が思わず苦笑する。


「まあ言葉にすると面倒だけれどさ。そんなものだと思ってくれると助かる。

 さて、此処にはもう一つ管理の他に重要な仕事がある。かつての技術の維持だ。


 技術や知識というのは仕舞っておくだけでは消え失せてしまう。読まれなくなってしまった本のようにね。いずれ読み方すら忘れ去られてしまう訳だ。


 ある程度使い方を知っている人間を残しておかなければならない。更にその上、ある程度は定期的にその知識を使う機会を設ける必要がある。

 そうしないと技術というものは失われてしまうんだ。


 たとえばイベリアの外部機構や工場衛星を整備したり、新しい船を作ったり。

 そうやって実際に知識や技術を使用する事でそれらを維持している訳だ。まもなく見えてくるアイタリデース号もその1つ。最近では一番大きなプロジェクトかな。


 あれは地球テラから来た船じゃない。イベリアのこの場所で新しく作られた船だ。移民船団本来の船と少し違う性能と目的で作り上げた。かつてここイベリアを攻撃してきたアナトリアの船を解析したりもしてね。


 そうやって技術や知識を残す為にも人が必要な訳さ。これはさっきの管理より分かりやすい話だよね」


 ライバーが大きく頷いているのが見えた。


「さて、人が出て行ったおかげで管理にも技術維持にも人が足りなくなった。


 そこでイアソン様は足りない人員を他からスカウトする事にした。居住区域で暮らしている一般の人から、此処の知識を受け入れる事が可能な頭脳を持っている者を選んで。


 無論勝手に拉致するような事はしない。間違えてはいけないがここの管理は人間の種の為に行っている事であくまで善意だ。


 だから実際にスカウトするのは、

  〇 そう言った知識を得ようとしていて

  〇 自ら進んで此処へ来るような人間

さ。


 そんな訳で僕はスカウトされた訳だ。此処から去った第二世代の代わりにね。ペレスもその1人さ。


 さて、管理はある程度ここの装置に手伝って貰えば出来る。亜神レベルまで魔法を使えるようにする必要があるけれどね。此処にある装置を使えばそれは難しい事ではない。


 問題は技術維持の方の人間だ。こっちは人を選ぶ職場でね。知識や技術を与えるだけでは駄目なんだ。技術者や研究者としての生まれ持った適性なんてのが必要でさ。それを満たす候補者なんてなかなか出てこない。


 実際適任者はなかなか見つからなかった。管理要員は僕が知っている間に3人スカウト出来た。でも技術要員は1人も捕まえられなかった。それくらいのものさ。


 そういう意味ではフィン君はやっとの事見つけた技術維持担当者候補なのだろうね。適性があるし興味もある。


 ちょうどアルゴス号の後ろにアイタリデース号が見えて来た。この船はさっき言った通り新しく此処で作られた船だ。

 どうだい? フィン君はこういう事に興味をもっていないと自分で言えるかい?」


 フィンは答えない。

 それでも表情を見ればわかる。

 明らかに興味を隠しきれないという状態だ。


「さて、これで一通りはここの歴史についても話せたかな。何か質問は無いかい?」


 勿論ある。

 聞いていない、アルストム先輩がまだ話していない事が。

 しかし誰もそれを投げない。

 だから俺は口を開く。


「アルストム先輩は何故、ここを離れたんですか」


「よくある話だよ。上司との意見不一致という奴だね。

 そうだね、残りの時間でささっとその辺も話してしまおうか。僕がもう一度此処へ、君たち全員と一緒に来た理由もついでにね。

 この後も僕が予定していなかったイベントが待っているようだ。そのイベントの前に話しておいた方が理解も早そうだしさ」 


 この辺はアルストム先輩、いつもの調子だ。

 それにしてもどんなイベントだろう。

 そう思う間もなく、アルストム先輩はまた話し始める。


「この場合の上司というのは勿論イアソン様の事だよ。残念ながらね」


 そんな台詞からアルストム先輩の今度の説明は始まる。


「人間社会の管理についての方針が僕とイアソン様で同じではなくなった。僕が此処イベリアの状況を知って、そして管理の実務を数百年続けて考えた結果なのだけれどね。

 それで僕はここを去った訳だ。ペレスに業務はひととおり引き継いでね」


「かなり強引にね。おかげで結構苦労させられたよ」


 ペレスさんのそんな台詞。

 だがその後、アルストム先輩の台詞が続かない。


 先輩はまだ肝心な事を話していない。

 そこを突っ込むべきだろうか。

 そう思った時だ。

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