168 不安と解決策
アルストム先輩の説明は続く。
「此処イベリアでも予想外の何かが起きる可能性がある。そういった万が一の事態が発生したらどうするか。此処の人類が滅びない為にはどうすればいいか。
そんな問いの回答として生み出されたのが獣人さ。そのような万が一の状態でも生存可能な強靭な人種として。
生み出したのは第一世代の1人、キルケ様を中心としたチームだ。キルケ様は第52次超長距離移民船団の元計画推進責任者。そのせいかこの船団の移民の末裔が生存し続ける事に責任を人一倍感じていたらしい。
生き抜く方法論が少しずつ違う獣人が生み出された。偵察型、強力型、高機動型といった感じでね。それが獣人が1種類だけでなく熊、犬、兎、狐等多くの種類がいる理由さ。
どの獣人も身体は普人より遙かに強靭化している。かなり空気が薄くとも、食物が限られていても、気温が低くても生存が可能だ。
ただ身体の強靭化や各種能力の強化にリソースを使った関係で、魔法使用に対する適性は概ね極端に減ってしまったけれどね。中には狐獣人のように魔法特化型もいるけれど。
ただ獣人が普人より強靭に出来過ぎた結果、普人の生活圏を大幅に奪いそうになった。仕方なくバランスを取る為、普人の一部に神託の形で大規模攻撃魔法なんてものの知識を与えた。
結果、獣人族は内陸部のより厳しい土地へと追われる事になった。この結果に責任を感じたキルケ様は此処を去った。極限の先で維持管理を行い人間社会に影響を及ぼす地位から降りた訳だ。そのまま彼女は名前を変え、今も居住区にいる」
これもあの時読んだ本の内容とほぼ同じだ。
「さて、ついでだからマダガスカルが音信不能になった件の続きを話そう。そう言っても僕が此処へ来る前の話だ。実際に見た訳ではない。あくまで記録を元に知った内容になる。
音信不通になった件については当然、何度も調査検討がなされた。しかし突発的な事故が発生したとは考えられなかった。それなら自動応答にも変化がある筈だからね。
資源量もまだ大丈夫な筈だった。だからアナトリアとは違う理由の筈だ。なら人間社会に何か発生したのか。疫病等なら連絡するくらいの事は出来ただろう。
結局理由はわからなかった。しかし万が一の際を考え、2つ程の対策を行う事となった。ひとつが獣人の件、もうひとつイベリアから更に他へと移住する準備だ。
この時点では星々の間を航海した宇宙船のうち、3分の1弱はまだ使用可能な状態で残っていた。しかし移住可能な星まで行くには燃料、つまり船を動かすために使う資源が足りない。
そこでイベリアに残っている宇宙船のうち半分を使って、燃料を作る工場を生み出した。自ら光る星アルタ32からのエネルギーを使用して宇宙船の燃料を作る工場。これらの工場はイベリアよりアルタ32に近い場所で今でも稼働している。
その結果、残っている船のほとんどは再稼働可能となった。かつて
このアルゴス号も例外ではない。いつでも出港可能な状態になっている。
アイタリデース号はその後、僕やペレスが此処に来た後に造られた新しい船だけれどね。これもいつでも出港可能だよ」
アイタリデース号は先程のアルゴス号と比べるとかなり小さい。
何とかここからでも全体の姿が捕らえられる位の大きさだ。
暗い灰色で紡錘形のスマートな形をしている。
「さて、獣人を生み出したり工場衛星を作ったり、更にはキルケ様と部下の第二世代数人が此処を退去したりした後。まあ音信不通からここまでにまた百年近い年月が経っているのだけれどね。
残った第一世代、第二世代の間で議論が起こった。今後の管理をどうするかという話らしい。
おそらくはマダガスカル音信不通の件を受け、今後のイベリアの運営管理方針についてを話し合ったのだろう。その結果意見が2つに分かれたらしい。イアソン様を筆頭とするグループと、メディア様筆頭とするもう片方とにね。
残念ながらどう意見がわかれたのか、僕も知らない。この件についての情報は何故かほとんど残っていなかった。イアソン様もこの辺についてはあまり語らなかったしね。
ただ結果としてメディア様と、他に第二世代数人が出て行った。ここの管理運営を担う人数は更に少なくなった。
そしてその後、更にここの人数が減ってしまう事件が起きた。今度は何処かが滅びたとかじゃない。単なる仮説さ。
アナトリアやマダガスカルが何故滅びたかを様々な方法で考えた結果生まれた、ある仮説。
簡単に言うとね。
『人間を含む地球発祥の動物は人工天体では長期にわたる種族維持は出来ないのではないか』
そういう仮説だよ。
厳密な意味での証拠は何も無い。あくまでも推論で仮説だ。
3つの大陸の中で内部の居住空間が最も惑星上の自然とかけ離れたアナトリアが最初に駄目になった。
次に内部に惑星上の環境をイベリアほど厳密に再現しなかったマダガスカルも音信不通になった。
一方でイベリアは残っている。技術を駆使して居住空間にいる限りは
これは
大雑把に言えばそんな理屈さ。まあ実際はもっと複雑な論理も用いているけれどね」
これは理屈ではわかるけれど俺には理解しにくい。
何故なら俺が生まれ育ってきたのがこのイベリアだからだ。
これと違う環境こそが正しい。
そう言われても感覚的には理解できない。
「ここイベリアで生まれ育った僕には実感できない話さ。でも
結果としてこの説を信じた、もしくは地球的環境が恋しくなった第二世代のかなりの者が居住空間へと去った。此処よりあちらの方が
結果としてここには第一世代はイアソン様だけ、第二世代も十人程度しかいなくなった。
ここの業務も人員不足となった。ここの主な業務とはかつての技術の維持と居住空間に住む人間の管理。
特に管理部門は人が足りなくなった。少なくともイアソン様がこれまでやってきたような管理をするにはね」
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