167 アルストム先輩の述懐
「僕が生まれたのはおよそ千二百年くらい前になる。バルチーノ国のカデスって港町で海運業を営む、そこそこ大きな商会の三男坊だった。
当時の僕はある疑問を持っていた。この大陸を含む世界全体はどんな姿をしているだろう。そんな単純かつ根源的な疑問さ。
わからないなら試してみればいい。体力にも魔法にも自信があったし、家には金が腐るほどある。そんな訳で1人で操縦できる速力に特化した小型帆船なんて造らせて海に乗り出した訳だ。
沿岸を離れると戻れない海に出る。巨大な魔物に襲われる。そんな噂があって陸が見えなくなる距離まで出る船乗りはまずいない。
でも僕は家が海運業だし自分でも船に乗っていたからね。その辺について実はどうなのかを知っていた。
行く手を阻むのは風だ。ある程度沖合に出ると陸に向けて常に風が吹いている。普通の帆船ではそれより先に行くことは出来ない。小さい船でも手漕ぎでは風に抗しえない。
しかし当時の僕はある知識を入手した。重さのある深いキールと三角帆を持った船の知識だ。図書館で偶然見つけたのだけれどね。この技術を使えば風上に向かってもある程度は進める。
今思うとこの船の知識を見つけたのはきっと偶然ではない。誰かさんの力が働いていたんだろうと思うけれどね。
そんな訳で特注の船で繰り出し、ひたすら南に進んでみた訳だ。案の定魔物は出なかった。ただ風はひたすら強かった。
回復魔法を使いながら一週間近くぶっ通しで船を操り続けた。そうして僕はたどり着いた訳だ。南の極限の先へね」
なるほど。
かつてのアルストム先輩は船で南の極限を目指したのか。
「たどり着いて僕はこの大陸を含む世界の姿を知った。内容そのものは先程までのツアーで君達が知ったものと同じ。この世界は作られたもので、人は遥か彼方の
そして僕は選択を迫られた。極限を立ち去り元の生活に戻るか、極限で彼らの手伝いをして暮らすかをね。
僕は彼らを手伝う事を選んだ。そうしてしばらくの間、半ば傍観者として僕は大陸を見続けた訳だ」
先輩はそこで一呼吸おいて、そして続ける。
「ついでだからイベリアを管理していた人々とその末裔について軽く説明しておこう。
僕やペレスは元々は居住区域、つまり通常の意味で大陸と呼ばれる場所に住んでいた人間だ。
しかしイベリアが出来た当時から長い間、此処で管理などの仕事をしていたのは第一世代及び第二世代と呼ばれる人々が中心だった。
第一世代というのは、
具体的には第52次超長距離移民団の団長だったメディア様。移民船団及び護衛艦隊の提督で旗艦アルゴス号の船長を兼任していたイアソン様。第52次移民船団計画の技術顧問だったキルケ様だ。キルケ様は今では違う名前を名乗っているけれど。
第二世代と呼ばれるのは移住最初期の人々。此処で管理および知識の保存維持を担っていた。移住当時は40名弱ほどいたらしい。
当初はこの第一世代と第二世代だけで管理や技術維持といった仕事を受け持っていた。
今では此処に残っている第一世代はイアソン様だけ、第二世代も殆どが此処から大陸の居住区域へと去ってしまった。
なるほど。
此処に移住するまで、そして
それならば。
「ドワーフ等、他の亜人もそうなのか」
あえて獣人という名称を出さないで聞いてみた。
「ドワーフは
少ない資源を有効に活用する能力を強化した上で、
ただ獣人は違う」
アルストム先輩は少し間をおいて、そして続ける。
「イベリアの居住開始と同時に生まれた
これにはある事件が関わっている。第52次超長距離移民団にとってアナトリア滅亡以来の大事件がね。
アナトリアが滅びた二千年後。今度はマダガスカルとも連絡が取れなくなった。アナトリアが侵略に似た自滅をした頃から、一年に一度くらいは定期交信していたのだけれどね。それが途絶えた。
こちらから通信を入れても応答しなくなった。厳密には機械による自動応答だけはある。しかし人間が一切反応しなくなった。
観察できる外形上からは変化は一切読み取れない。移民船を出した形跡もない。状況がわからないんだ。無人調査艇も出したんだけれどね。迎撃にあって調べられなかった。
つまり同じ時に移民した3つの大陸型
アルストム先輩が台詞を止める。
そしてこの乗り物は音を発生させない。
不吉な予感を臭わせるような静寂が周囲を包む。
「何か他に調べる方法は無かったのですか?」
沈黙を振り払うようにネサス先輩が尋ねた。
しかしアルストム先輩もペレスさんも首を横に振る。
「外からの観察だけじゃ調べられないんだ」
「人が居なくても状態は完全に保たれるように出来ているからね。そして大陸型
まあこの辺の事は僕やペレスが此処に来る前の事だ。だから僕らが直接かかわった訳ではないのだけれどね」
つまり原因はわからないまま今に至っている。
そういう事のようだ。
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