165 展望デッキ

 乗り物が停止した。


「ここで降りるよ。重さが小さくなっていることに気をつけてね」


 言われたのでゆっくりと立ち上がる。

 確かに身体が軽い。

 注意しないと歩くときも跳ね上がってしまいそうだ。

 実際にそんな歩き方になっている奴もいる。


「本当だ。ただ歩くだけで頭が天井につく」

「慣れないと歩きにくいな」


 乗り物から出た場所はさっきと同様、白い通路だ。

 同じような階段もある。


「ここをのぼるとドックを見る事が出来る展望デッキに出るよ」


 階段の上に会ったのは大きな窓がある部屋だ。

 椅子やテーブル、端末があるのはロビーと同じ。

 ただ違うのは窓の外だ。

 白色の巨大な何かがあるのがわかる。

 大きすぎて全体像がわからない。


「これでも半離1km先にあるのだけれどね。これがさっきの幻像で出て来た新メガロード級第12番艦、アルゴス号だよ」

 

「大きいな」 


 月並みだがその通りの感想がハミィ先輩から漏れる。 

 確かに大きい。

 俺の通常走査範囲に全長が収まらない。


「これだけ大きくても人を運んでいる部分はほんの少しさ。9割以上は燃料タンクだよ。遠距離移動を駆使してもそれくらいの燃料がないと地球テラから此処まで来るのは不可能なんだ。これでも考えられる限り最高効率の燃料を使っているんだけれどね」


「どのような燃料なのですか?」

 

 これはネサス先輩だ。


「反物質だよ。説明が難しいけれど、普通の物質と触れ合うと消滅してエネルギーに変わる物質さ。此処でもアルタ32の近くに工場衛星を飛ばして作っている。一部はこのイベリアでも使っているしね」


「消滅するって言うけれど、それって木を燃やして無くなるのと何が違うんだ?」

「木を燃やしても実は木を構成していた物質そのものはなくならない。空気と結びついて別の成分の空気になるだけなんだ。

 でも反物質と普通の物質の反応は違う。物質そのものがなくなってしまうんだ」


「普通の物質と反応してしまうのなら、その反物質はどうやって貯蔵するのでしょうか」

「壁も何もないけれど大きさは有限のものとして存在する空間というのを作って、そこに閉じ込めるんだ。自在袋も実は似たような事をやっているんだよ」


「自在袋と同じならそんなに燃料の空間が必要なのはおかしくないでしょうか」

「自在袋と同じで、閉じ込める空間の大きさには制限があるんだ。それを何個も何十個も何百個も管理するから、結果としてあのくらい大きなスペースが必要になるんだよ。

 自在袋帳も大容量のものは持てる制限量があるよね。実際は高価だからそこまで一気に同じ場所へ置くことはないけれども。それと同じだよ」


 とりあえずとんでもない事が出来たという事はわかった。

 それでも資源不足を超える事は出来なかった訳か。

 今までの話を聞いているとそうなる。

 地球テラから此処へ来て、そして移り住んだ3大陸のうち1つが資源不足で滅亡した話を。


 ところで疑問が1つある。

 聞いていいのかわからないが、どうしても聞きたいと思った事がある。

 俺は迷った末、結局口に出すことにした。


「この船はまだ動くことが出来るんですか」

「出来るよ。常に完全な状態になるよう自動で整備されているから。燃料も数千年動かしていないから完全に補充されているしね。ただ、僕の知っている限り、移住した後に動かした事はない筈だけれど」


「この船を作ったり修理したり、動かしたりする知識はまだ現存しているんですか」

「知識は維持しているよ」


 フィンの問いにペレスさんは頷く。


「ただ知識としての範囲と量が広すぎ大きすぎてね。情報という形で収納しているだけの状態になりつつあるけれど。

 それでも必要な知識があれば直接脳に書き込む事が出来るよ。レベルアップして職業変更ジョブ・チャンジした時に自動で新しい知識を知ったよね。あれと同じような感じで」


「ならその知識の先を更に研究するなんて事はやっているんですか?」

 

 これもフィンだ。

 今度はペレスさんは首を横に振った。


「やっていない。出来ないというのが本当かな。こういった知識を発展させるには研究をする人の数と自由になる資源が必要なんだ。

 此処に出発する時点での地球テラで既に知識は到達してしまったんだ。自由になる資源の量と研究出来る人の数の限界にね。

 だから今はもう、かつての知識という遺産を守っているだけだよ。少なくとも僕が知っている限りでは。アナトリアはその先を目指そうとしたけれど失敗したしね」


 ペレスさんはそこでふっと軽く息をついた後、再び口を開いた。


「さて、ここで見てもこの宇宙船の全体像は見えない。そこでもう少しわかるような方法で見てみようと思うんだ。そんな訳で少しだけ移動する。こっちだよ」


 そう言って部屋の奥の方へ歩き始める。


 部屋のそっち側は窓が切れている。

 そして壁に近い場所の床に赤い線で四角が描かれている。

 四角の大きさは幅1腕2m、長さ2腕4mくらいだ。

 

「全員この枠の中に入って。またさっきとは別の乗り物に乗るから」


 何だろう。

 そう思いつつ俺達は言われた通り赤い線の内側に入る。


「それじゃ次、行くよ」


 ペレスさんがそう言うと同時に上から透明なカバーがかぶさって来た。

 俺達の周囲がガラスの箱に包まれたような状態になる。


「これは万が一の際にも空気が漏れないようにする為の仕組みだよ。窓の外は空気が無いからね」

 

 前の壁だった部分が左右に開く。

 開いた向こう側に先程乗った乗り物と同じように椅子が並んでいる場所があった。

 俺達の周囲を囲んでいるガラスの前側が消えて椅子の方へ進めるようになる。


「これから船着き場の壁沿いにこの船の先端部分更に先まで行くよ。この先にもう少し小さい船があるから、その横も通ってね」

 

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