第34話 極限の先

150 極限までの散歩道

 あたりは白く寒い。

 吹雪いてすらいる。

 一斉討伐の際の迷宮ダンジョンやラトレの迷宮ダンジョンの寒い階層のようだ。


『そうか、冬山だから当然よね』

 伝達魔法でミリアが言う。

 吹雪いていて音声では伝わらないから。


『そうですね。皆さんは寒さ対策、大丈夫でしょうか』

『全員進化種スペルドだからね。他に生物がいる程度の環境なら問題は無いだろう』


 アルストム先輩の言う通りだ。

 ライバー以外は自分で魔法を起動して体感気温を変えられる。

 そして狂戦士ライバーは生物が生存可能な気温なら暑かろうと寒かろうと問題ない。


『一応この先、目的地までこの道は続いているようだ。誰が整備しているのか大変に気になるところだけれどね。

 さて、魔物も魔獣もこの程度なら問題ないし、極限の手前までは各自適当に対処しながら行こうじゃないか。成果はとりあえず後で全員で折半で。回収は僕とハンス君でなんとかするから』


 アルストム先輩の事だから既に周囲の敵は把握しているのだろう。

 そしてこの程度の敵なら確かにパーティ行動でいちいち指示する必要はない。

 もちろんこの2パーティならという条件付きでだけれども。


『それじゃ軽くウォーミングアップをしてくるか』


 ハミィ先輩のそんな台詞が聞こえた。

 脳筋2名が前方に出現したオークめがけて走る。

 その後ろから仕方ないなという表情でモリさんがついていく。


 吹雪いていて視界はせいぜい10腕20m程度。

 膝まで脚が埋まって一歩ずつでないと進めないくらい雪が積もっている状態。

 そんな中をライバーは力任せ、ハミィ先輩とモリさんは特殊な足さばきで普通に走る速度で前進している。

 敵は普通のオークが3頭。

 手伝う必要はないだろう。


『最初から飛ばすね』

『ライバーはいつもでしょ』

『それもそうだね。モリさんもついているし問題は無いだろうけれど』


 うちのパーティ的にはこんな感じだ。 

 きっと先輩達のパーティも似たようなものなのだろう。

 皆さん生温かい目で2人を見ている。


 ちなみに魔物は前から来るオークだけではない。

 あの3頭よりは遠いが周囲に10頭以上確認できる。

 種類はオーク、オーク、ハイオーク、トロルといったところだ。

 難易度的にはこの前の新規迷宮ダンジョン第1~第3階層程度といったところだろうか。


『これはこれでいい収入になりそうですね』

『旅行が終わっても欲しい物があるときは此処へ来ればいい。アルストムに言って』


 良からぬことを企んでいるのはアンジェとルイス先輩。


『流石にオークを何頭も出したら冒険者ギルドに怪しまれませんか。通常時はそんなに人の勢力圏内に出てこないですから』


 これはネサス先輩が正しい。


迷宮ダンジョンの下層階で狩った事にして……は駄目ですね』

迷宮ダンジョン産は纏う魔力でわかります。ですからせいぜい週に2~3頭までですね。換金するのは』

『アルストム先輩やハンスに頼んで国内のギルドをあちこち回って換金するのは駄目ですか』

『それ、いい考え』


 アンジェとルイス先輩、ネサス先輩はそんな話をしながら歩いている。

 吹雪が彼女たちを避けて吹いているように見えるのは見間違いではない。

 それぞれ個人障壁を展開して吹雪を防いでいるのだ。

 更にネサス先輩が前方の雪を凍らせて固め、歩きやすくしている。


 勿論会話と移動だけではない。

 今、アンジェが右方向50腕100m程度に出てきたオーク3頭に熱線魔法を飛ばした。

 3頭ともあっさり倒れる。

 何だかなあと思いながらアルストム先輩が収納するのを確認。


『道の前から右側は僕が受け持つよ。左側と真後ろはハンス君にお願いしようか』

『大変ですね、先輩も』

 

 こんな出鱈目なパーティだと苦労が絶えないだろう。

 一般的なパーティと違う意味で。

 俺も自分達の事を棚に上げている自覚はあるけれど。


 皆さん一応同じ方向に歩いているだけで行動はバラバラ。

 先頭に2人、そのすぐ後ろにモリさん。

 5腕10m程度離れて他の皆さん。

 最後尾が俺とアルストム先輩という列だ。

 隊列にはなっていない。

 間がばらばらで自由にお散歩しているような状態。

 個々の実力がそれぞれ異常だからどうにでもなる。


『勝手にやっても何とかなるという状態だね、これは』


 俺と同じ事を思ったのだろうか。

 アルストム先輩がそんな事を言う。


 前方でライバーがシールドバッシュでオーク2頭をまとめて転倒させ、ハミィ先輩が残り1頭の頭を一撃で切り飛ばした。

 こんなの他のパーティには見せられない。

 クーパー達のパーティなら苦笑いして見なかった事にしてくれるだろうけれど。


 俺とアルストム先輩は全員の中心になるよう歩きつつ魔法で回収作業。

 そのほかの皆さんは気の向くまま前進。

 吹雪も積もった雪もオーク以上の魔物も全く障害になっていない。


『まずはあの壁を超えるのが目標かな』

『そうですね』


 壁というのはここから水平距離2離4km、高度差200腕400m程度のところに感じる何か。

 おそらく現実の壁ではない。

 階層間の壁、あの新規迷宮ダンジョンでアークデモンがいた場所の手前にあったようなものだろう。


 あの壁の向こう側が極限なのだろうか。

 吹雪で見えないその先を思う。


 既に俺たちが歩いている場所も通常の場所と微妙に違う。

 空間の肌触りが通常と微妙に異なるのだ。

 見える範囲以上に前へ魔法移動することを防げている何かがある。

 やや後方から倒した獲物を回収するにも抵抗を感じる位に。

 進むな、戻れ。

 そう空間そのものに言われている気がする。


 だがこの感じ、何処かで覚えがあるような気がする。

 気のせいだろうか。

 それでも気になったのでミリアに聞いてみる。

 少し離れているけれど伝達魔法だから問題ない。


『ミリア、何か前に進むときに抵抗を感じないか?』

『ハンスも感じるの。そうね、確かに急な坂を上っているような感じはするわ。前には進みにくいけれど後ろへは簡単に進めそうな、後ろへ引っ張られている感じね』


 なるほど、まだ第13属性を使えないミリアはそう感じる訳か。


『何処かでこんな感じの場所に行った事はないか。何か覚えがあるような気がするんだが』

『そうね。うーん、ここまでの抵抗感はなかったけれど、夏休みに働いた村へ近づく道の途中で少しだけ感じたかもしれない』


 ウーニャの村か。


『確かにあそこは結界を張ってあったから、そう感じたかもしれないな』

 

 その可能性はある。

 しかしここまで後ろに引っ張られる感覚はなかったように思う。

 他の場所だ、俺が似たような感じを受けた場所は。

 そうなるとミリアも知らない場所か。

 なら……


 思い出した。

 メディアさんと暮らした山小屋の近くだ。

 あの魔の森を上方向へ進むと確かにミリアが言うように坂を上るような抵抗感を感じた記憶がある。

 一度思い出してみるとわかる。

 まさにあの山小屋の近くと同じ感覚だ。


 ならあの山小屋はこの近く、つまり境界山脈の極限近くにあるのだろうか。

 可能性はある。

 メディアさんは超神で第一世代の1人で、おそらくこの先の謎に関わっている人物だから。


 あの山小屋付近と似たような景色や地形はあるだろうか。

 だが視界は吹雪で妨げられている。

 俺の走査ではあの山小屋らしき反応も発見できない。

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