143 勉強をしよう

 目的の本は該当の本棚を見るとあっさり見つかった。

偽典魔導書グルモワールの研究』は灰色革カバーの分厚い本で、しかも上中下の3巻構成。

 さっと見てみた限り、遠隔移動魔法以外にも参考になりそうな内容だ。


 しかし分厚い上に学術書、それも売れにくそうな分野だけに値段が高い。

 1冊小金貨1枚10万円、上中下で小金貨3枚30万円もする。


 どうしようか。

 ほんの少しだけ悩んだが、結局購入する事に決めた。

 手元に置いてじっくり読む価値はありそうだと思ったからだ。

 この前の一斉討伐で得た褒賞金があるし、本と刀以外ではあまりお金を使わないからそれなりに貯金もある。


「えっ、本当に購入ですか? 3冊とも」

 なんて図書館受付のお姉さんには驚かれたけれど。


 図書館を出た後振り返ってふと思う。

 他の伝説級の魔法や知識についても何気なく本という形でこの中にまぎれているのだろうか。

 そうなのかもしれない。

 ただ気づかないだけで。


 寮の自室に戻って本を開く。

 この本は伝説で伝えられている魔法の知識を、正当な魔法研究とされているもの以外から収集したものだ。

 収集先は古文書、石碑といった古代の記述や伝説・民間伝承、過去に民間に出回った出所不明な書物なんてものまで含まれる。


 まずは最優先で覚えるべき遠隔移動魔法について書かれている部分を開く。

 目次によると上巻の152ページからだ。


 読み始めてすぐ気づく。

 これはとんでもない本だと。

 遠隔移動魔法のやり方が具体的に書いてある。

 これを読んで理解できれば伝説の魔法ともされた遠隔移動魔法が使えるようになるわけだ。


 ただし普通の上級程度の魔法までしか使えなければ、この本に書かれている意味はわからない。

 賢者に職業変更ジョブ・チェンジした時に知識として加わったいくつかの知識、第13属性が空属性であり空間を操るという事、空間というものとそれを超えるいくつかの軸の認識。

 そういった知識がないと理解できない。


 ミリアが賢者になったらこの本を教えないとな。

 そんな事を思う。

 モリさんあたりも1年後くらいには必要になるかもしれない。

 

 本の遠隔移動魔法のやり方部分を少しずつ試しながら熟読する。

 なるほど、俺に足りなかったのは威力と方向性の微細な調整か。

 階層移動魔法や高速移動魔法は移動距離が短いからその辺の調整がいい加減でもなんとかなる。

 しかし遠距離移動ともなるとちょっとした角度の違い、威力の違いで空間を揺らす波の進路が大きく変わってしまう。

 その分繊細にやる必要があるという事か。


 何度か移動にならない程度に波を起こして練習してみる。

 威力の調整についてはほぼ掴めた。

 これできっと大丈夫な筈だ。


 試すなら学校の外、出来れば街の外の方がいいだろう。

 誰かの目があるとまずいから。

 今から外に出て間に合うかな。


 そう思ったところで鐘がなる音が聞こえた。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。4の鐘だ。

 なら時間的には大丈夫。

 俺は本を自在袋に入れて立ち上がった。


 ◇◇◇


 いつもの夕食の時間には余裕で間に合った。

 ミリア達と一緒のテーブルにつく。


「どうだった? 成果はあった?」

「何とか。ただ思ったより繊細な魔法だった。階層移動よりも数段難しい。もう少し自主訓練しないといざという時思い通りに使えない気がする」


 あの後、北の門を出て脇に入ったいつもの強化習得レベリング場所で何度か試してみた。

 だがイメージした場所と波を起こす力の具合、方向性が今ひとつうまくいかない。

 失敗すると移動できずその場に取り残される。


 集中して丁寧にやれば3回に2回は成功する。

 だがそれは遠距離移動魔法としては近場で場所も良く知っているカペック平原等の場合だ。

 これではアンダナ公国へなんてとうてい無理だ。

 いざという時の脱出用としても使えない。

 

「1日くらいで習得できたら伝説の魔法じゃないわよ。ある程度掴めたならそれで今日の成果としては充分だと思うわよ」


 ミリアは当たり前のように言う。

 言われてみれば確かにその通りだ。

 少しだけほっとする。


「それでモリさん達の方はどうだった?」

「絶好調よ!」

 

 これはアンジェだ。


「今日は新しい階層へは行かずに第15階層の罠部屋連続だけだよ。僕も小型高速連射型の特殊弓改良版を試したかったからね。モリさんも特殊弓に慣れたいって言っていたしね」


「便利だよな特殊弓って。慣れると普通の弓より遥かに手返しよく敵の対処が出来るしさ。矢にあたる部分を自分で調達できるからお金もかからないし」


「5回やったからかなり儲かったのよ。これで冬物も買い放題」


 フィン、モリさん、アンジェと3人が続けて説明してくれる。

 ライバーが非常に羨ましそうな表情をした。

 ならば聞いてみよう。


「ライバーの方はどうだった?」


「思ったより悪くなかったわ。先週の試験勉強のおかげね。基本的なところは何とかなっていると思う」


 おっと、ミリアにしては高評価だ。


「なら明日は俺も……」

「でもあくまで基本的なところだけね。まだまだなのは確かよ」


 あ、ライバー、撃沈。

 少し可哀そうな気がする。

 ここは少しだけ助け舟をだしてやるとしよう。


「ミリアに午後付き合わせるのも悪いだろう。なんなら今夜から試験前々日まで、夜に勉強をするか。俺が面倒を見てやる。睡眠時間も最低限は確保する。それなら昼も討伐に出て大丈夫だろう」


 あ、ライバー、一瞬固まった。


「大丈夫だ。何とか昼間のうちに勉強するからさ」


 そんな台詞を絞り出すように言う。

 おかしい、今の提案は俺的に助け舟のつもりだったのだが。


「その方が無難だよね」

「だな」


 何だアンジェとモリさんのその生温かい視線は。

 俺に何を言いたいのだ。

 解せぬ。 

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