85 里の宿にて

 ミリア達と無事合流し、フィンが購入した金属塊インゴットの残りを自在袋に収納して宿へ向かう。

 ここから宿は一本道だし近いから迷う心配も無い。


「それにしてもよくこれだけ買えたな。相当かかったんじゃないか?」

 俺が収納した分だけで100重600kgを超えている。

 更にミリアの普及品より数段大きな自在袋や、フィンの十数枚束ねてある自在袋帳にも入っている筈だ。


「エデタニアの半額以下だったからね。ついつい手がでちゃってさ」

「此処だけで正金貨2枚100万円以上使ったのよ」

 ミリアは呆れたという口調。

 でも俺にはフィンの事をどうこう言える資格は無い。


「俺もそれ以上に散財した」

「え、ハンス、何を買ったんだ?」

 あまりお金を使う印象を持っていなかったからだろう。

 モリさんが驚いた口調で聞いてきた。


「剣だ。正金貨3枚150万円した」

 本のことはあえて言わない。


「ハンスらしい正統派の買い物ね」

「ミリアはどうだった?」

 聞いてみる。


「フィン製のあの魔法槍に慣れてしまうと目が肥えちゃうのよ。この値段でこの程度なら今のままでいいやって。魔法武器が効かない敵には元々持っているのがあるし」


 そういえばミリア、いつも使っている他にもかなりいい魔法剣を持っていたのだった。

 あっちの魔法剣は本来の剣だから魔法武器が効かない相手にも並の剣以上の効果がある。

 見た目にも高価そうだから人前ではあまり使わないけれど。


「ハンスが買った剣、後で見せて貰っていいかな」

 早速フィンが食いついてきた。


「ああ、食事の後で渡す。ただいつも俺が使っているのと同じタイプの剣だから一般的な参考にはならないかもしれない」


「そんな事無いよ。同じ刃物用鋼の金属塊インゴットだってエデタニアと随分違ったし。剣だと特に部位毎に素材の組織状態が違ったりするからね。温度変化でその辺を操るのはやっぱり経験も必要だから見るだけでも勉強になるんだよ」


 そんな話をしながら無事宿屋へ到着。

 何やら食堂がにぎやかだ。

 普人の剣士だのドワーフの戦士だのが集まって何ややっている。

 ちらりとアンジェの姿も見えたのでちょっと寄ってみた。


 何をやっているか聞こうとして、そしてすぐわかってしまう。

 輪の中心にいるのはライバーだ。

 どうやら勝ち抜き制で腕相撲大会をやっている模様。


「くそっ、普人のしかもこんな若造に負けるなんて。リベンジだ」

「おいおい爺さん、順番を守れよ」

「儂はまだ300歳と若いんじゃ!」

「それにしても強いな。もう5人抜きだぜ」

 皆さんの前には酒のジョッキが。

 つまり飲みの途中で腕力比べになってしまった模様だ。


「これは放っておいてさっさと部屋に戻った方がいいんじゃない?」

 確かにミリアの言う通りかもしれない。

 それにしてもライバー、いつもながらすぐ現地に溶け込むな。

 その辺の才能というか何かには感心する。

 俺には無理だ。

 そう思ったらだ。


「おっと、俺より強いのが2人戻ってきたぜ」

 挑戦したドワーフをあっさり倒しつつライバーがそんな事を言ってしまう。

 当然、全員の視線がこっちを向くわけだ。

 おいライバー、どうしてくれるんだ。


「まずは副将からだよな。ミリアさん、ちゃっちゃとお願いするぜ」

 ライバー、ミリアを指名。

 おおっと場が盛り上がる。


「仕方ないわね。3回だけよ」

 ミリアも微妙にノリがいい。

 こういったコミュニケーションもそれなりに重要だとわかっているのだろう。


「嘘だろ、こんな若い娘がライバーさんより強いなんて」

「よし、それじゃ俺が挑戦だ」

「お前じゃ駄目だ、弱すぎる」

「ここは俺の出番だな」


 現場、更に盛り上がる。

 何だかなあ。でもまあこういうのも悪くないか。

 そう思いながら俺達も場に加わった。


 ◇◇◇


 筋肉痛で微妙に右腕が痛む。

 勿論これは腕相撲大会のせいだ。


「くそ、全員がかりで一勝も出来ないとは。身体強化魔法本当に使っていないよな」

「悔しいが使っていない。儂はこう見えても魔力の流れはわかるんじゃ」

 なんて中で調子に乗ってやりすぎてしまったせいだ。


 ちなみに対戦したのはあの場にいた力自慢の客の希望者+ミリア+ライバー+宿の主人の合計8名。

 ついでにいうと3回勝負。

 腕が痛くなって当然だ。


「ハンス、この剣やっぱりなかなか面白いよ。素材の組織をあえて均一化させていない。だから引くと引っ掛かりが出来て切りやすくなるみたいだ」

「でもやっぱり細いよね。私だと折れそうで使うのは不安だわ」

 フィンは俺の剣を分析中。

 ミリアも一緒だ。


「この戦利品の濃蜜酒、甘くて美味しい。水で薄めて冷やして飲むと最高。アルコール分はほとんど無いみたいだし」

「確かに美味しい。ちょっと牛乳入れてもいいよな」

「俺にはちょっと甘すぎるぜ。こっちの熟成蒸留酒の方が美味い」

「それ完全にお酒じゃないの」

「今日は冒険者仕事中じゃないし、学校でもないからいいだろ」

 アンジェ、モリさん、ライバーはテーブルで本日の収穫を味見中。


 なお戦利品というのは腕相撲でせしめたという意味だ。

 アンジェの話によるとライバーは宿だけでなく、そこら中で腕相撲式コミュニケーションを実践していたらしい。

 ドワーフには腕力自慢が多く、いかにも腕力がありそうなライバーを見てふっかけてきたというのもある。

 結果、お勧めの酒だのつまみだのが集まったという事のようだ。

 勿論2人が買ってきたものもかなりあるけれど。


「ところでハンス、さっきから何を読んでいるの? 魔獣討伐の関係?」

 ミリアがそんな事を尋ねてきた。


「いや、伝説についての本だ。ちょっと面白そうだから買ってきた」

「本を買ってって、幾らしたのそれ」

 アンジェに驚かれた。

 確かに本って高価な印象がある。

 驚かれても無理はない。


「2冊で小金貨1枚10万円だった」


「それって私達よりよっぽど使っているよね」

「学校や街の国立図書館で借りたらもっと安く済んだんじゃないかなあ?」

 アンジェとモリさんの反応はもっともだと思う。

 でも別に後悔はしていない。

 実際、読むとなかなか面白いというか興味深い内容だし。 


「エデタニアには無かった本だ。ここにいる間に読みきるのは無理そうだしさ」

「それってどんな本?」

 ミリアに尋ねられる。


「遥か遠い遠い昔。遠い世界から人類がこの大陸にやってきたという伝説だ。今の大型船とはまったく違う形の船で、大いなる海と呼ばれる場所を渡って」

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