84 散財の日

 ジャンナヴェッグさんの店では刀を一振り購入した。


「本物の刀の構造がわかってしまった今、ここに並んでいるのはまがい物だ。だから満足のいくものが出来るまで、購入するのは待ってくれ」


 最初はそう言って売ってくれなかった。

 でも俺としてはせめて一振りは予備が欲しい。

 だからお願いして何とか一振りだけ売って貰った。


 なお書いてあった値段は正金貨4枚200万円だった。

 でも正金貨3枚150万円にしてくれた。


「今回の事で刀についてかなり知る事が出来た。そのお礼だ。これで次はもっと本物の刀に近いものが作れる。納得がいくものが出来たら連絡するから、その時はまた試しに来てくれ」


 そんな約束の結果だ。


 だが売って貰った刀、俺が見た限りではかなりいいものだと感じる。

 確かに柄や鍔の部分の構造は刀というより剣だ。

 でも見た目も使い勝手もかなりいい。


 藁台で試し切りをしたが、今までの刀と同様すっぱりと斬れた。

 勿論反りの具合は微妙に違うしサイズも今使っている刀よりやや長くやや重い。

 でも実用品としては文句ない出来だ。

 俺としては充分満足して店を出る。


 さて、次は図書館だ。

 先程5の鐘が鳴ったので、集合まであと1時間近くある。

 本を見るには短いかもしれないが、何なら買ってしまってもいい。

 普人と同じ仕組みなら図書館の本は借りるだけでは無く買うことも出来る筈だ。


 もし買うことが出来なくても、夕食後に読みに行けばいいだろう。

 ドワーフの里は普人や獣人のような昼と夜の区別は無い。

 図書館などの大きな店は24時間体制で動いている。

 洞窟暮らしで外の明るさに依存しないからだろうか。


 なお個人の店は昼夜関係なく店主の気のままに時間を気にせずやっているらしい。

 そういう意味ではジャンナヴェッグさんの店があいていて幸運だったとも言える。


 もっともああいう個人の店は24時間あいていて、客が来たら起きてくるなんて事もあるらしい。

 洞窟の中なので泥棒も逃げられないから出来るのだろうか。

 ドワーフは睡眠時間も短いと聞くからそれでも問題無いのだろうか。

 その辺普人や獣人の常識ではよくわからない。


 さて、図書館もまた一見さんが来ないようなわかりにくい場所にあった。

 ジャンナヴェッグさんに案内図を書いて貰い、分岐にある番号板を確認しなければ絶対に辿り着けない場所だ。


 ここに住んでいるドワーフはこういった全く同じように見える分岐でも番号板無しで違いがわかるのだろうか。

 それともやはり番号板を目安にするのだろうか。

 土地勘のない獣人には番号板以外は何処も同じようにみえるのだけれども。


 証明書として冒険者証を出して受付。


「こちらの入館料は正銅貨5枚500円になります。更に申し訳ないのですが、此処の住民以外は図書館内での閲覧と販売だけで、持ち帰り形式の貸し出しはしていないのです。それでも宜しいでしょうか」


 確かに貸しておいて持ち去られたら大損害だから仕方ない。

「わかりました」

 お金を払って見に行こうとして、ふと思いつく。

 探すのにも時間がかかるだろう。

 ここで直接聞いた方が早いのでは無いだろうかと。


「それではここにウラートに関する本はありますでしょうか」

 そう尋ねてみる。


「遙かなウラートですか。そちらで少々お待ち下さい。持って参ります」

 あっさり通じた。

 そんな訳でカウンターの向かいにある椅子で待たせて貰う。


 彼女は10半時間6分もしない間に5冊ほど本を抱えて戻ってきた。


「お待たせしました。こちらの5冊がウラートを主に取り上げている本になります。内容は……」

 どうやら彼女はこの図書館にある本を内容まで把握しているようだ。

 流石プロというべきだろうか。


 彼女の説明によると、2冊はウラートに関する伝説や童話をまとめた本。

 2冊はウラートへ行ったという冒険記形式の小説。

 1冊はウラートに関する言い伝えや記録を集めた学術資料的な本だ。


「そちらの閲覧室でお読み下さい。買取の場合は最終ページに値段を記載した付箋が入っています」

 その辺のシステムは普人の図書館と同じようだ。

 俺は1回しか行った事がないけれど。


「わかりました。それではお借りします」

 持って行って閲覧室の空いている机に陣取る。


 まずはささっと中身を見てみる。

 小説の方は2冊とも完全にフィクションで、何処までが言い伝えで何処までが作者のオリジナルかかわらない感じだ。

 伝説や童話をまとめた本のうち、1冊は子供向けの童話風の本。


 だが伝説をまとめた本の片方と学術資料的な本はなかなか中身が濃そうだ。

 この2冊はじっくり読んでみたいと思い、値段を確認する。

 どちらも正銀貨5枚5万円だ。


 1冊あたり、2日か3日狩りをした時の1人分の収入程度。

 高価だけれども買えない額ではない。 

 それに俺はあまりお金を使っていなかったからまだまだ蓄えはある。


 ウラートについての興味を割り引いても面白そうな本だ。

 ちょっと勿体ないが買ってしまおう。

 刀を買ったことだしかなり散財したなとは思うけれども。


 そんな訳で本を持って、再びカウンターへ。

「この2冊を購入したいです。こちらは返却をお願いします」


「わかりました。ですが2冊で小金貨1枚10万円になります。本当に宜しいでしょうか」


 店員さんは俺に確認する。

 確かにこの年齢の、しかも冒険者風がこの値段の本を買うなんて変だよな。

 確認したくなる気持ちもわかる。


「ええ、結構です。ではお代を」

 ちょうど小金貨も持ち合わせがあった。

 正銀貨1万円まではそこそこ使う事があるのだけれど、小金貨10万円は使う機会はほとんどない。

 ちょうどいいから使ってしまおう。


「はい。確かに頂きました。お買い上げありがとうございました」

 店員さんにこちらも一礼して、図書館を出る。

 宿へ帰って夕食を食べたら早速読んでみよう。

 ちょっと、いやかなり楽しみだなと思った時だった。


『ハンス、ハンス、聞こえる?』

 伝達魔法が入った。

 これはミリアだ。


『どうした。何かあったか?』

『フィンが素材を買いすぎて、フィンの自在袋帳と私の自在袋と両方使っても入りきらないのよ。申し訳ないけれど応援に来て貰っていい?』


 うーむ。

 ある意味予想出来る事態だ。

 これは応援に行ってやるべきだろう。

 俺の自在袋はかなり余裕がある、というか実際何処まで入るのか未だに限界がよくわからない状態だし。


『わかった。少し待ってくれ。これから向かう』

 問題はどうやって行くかだ。

 ジャンナヴェッグさんの店と図書館に行ったので、現在位置がよくわからない。

 案内図を見比べてみると、微妙に矛盾があったりもする。

 空も見えず樹木も無い洞窟内では絶対的な南北すらわからない。


 伝達魔法が入るという事は、きっっと遠くはないのだろう。

 でも最短経路で向かえる自信は全く無い。


 一度ジャンナヴェッグさんの店の近くを経由していく方が無難だろう。

 俺は近道より安全策を選んで歩き始める。

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