83 遙かなウラート
案内図には所々に番号が振られている。
よく見ると洞窟の分岐には壁に金属製の番号板がはめ込まれていた。
これで同じような洞窟の中でも迷わないようにしているのだろう。
案内図に導かれた先はメインの洞窟から狭い洞窟に入り、角を3回位曲がったところだった。
洞窟は普人の大人なら中央をやっと歩けるか程度の高さ。
一見さんは絶対来ないような場所だ。
一応鍛冶ギルド会員のマークらしい槌のマークが表示されている。
でもそれ以外は工房名も何も表示されていない。
本当に大丈夫かと思いつつ、中へ。
「失礼します」
一声かけて入ってみる.
案外中は広いし内装もちゃんと店らしい。
メインの洞窟くらいの広さで奥行きは30歩くらい。
小さなカウンターの他は棚で、びっしりと剣が並んでいる。
更に奥に工房があるようだ。
「おっと珍しい。お客さんか」
奥からドワーフが出てきた。
いかにも鍛冶場のドワーフという感じだ。
もっとも俺にはあまりドワーフの見分けがつかない。
皆背が低く頑丈そうで髭を生やしているから。
「ええ。鍛冶ギルドの店から紹介して頂きました。これが紹介状です」
渡された封筒を受け取る。
彼は開いてさっと中身に目を通した。
「これは珍しいな。刀の使用者か」
名乗っていないけれどこの人がきっとジャンナヴェッグさんだろう。
なら早速聞いてみよう。
「この里では刀は知られているんですね」
「ドワーフなら知っている者も多い。作っている者はほとんどいないが。半ば伝説化されている種類の剣だ。もはや刀の現物も使い手もほとんどいない」
伝説か。
俺は現に使っているのでちょっと違和感がある。
「そんな珍しいものだったのですか」
彼は頷いた。
「ウラートの辺境で発達した特殊な剣と特殊な剣術、そう伝えられている。だが一般にはその術は既に失われ伝説だけが残っているとされている。儂も実際に使用者に会ったのは始めてだ。もし良ければ君の刀を見せて貰ってもいいかな」
ウラート、聞いたことが無い名前だ。
使われ方からしておそらくは地名だろうと思うけれど。
「ええ、どうぞ。ところでウラートとは何ですか」
先程と同じように鞘ごと渡しつつ聞いてみる。
「俗に遙かなウラートと呼ばれている場所だ。我らの先祖は遥か昔、ウラートから船で大いなる海を渡り、この大陸に移り住んだ。そう伝えられている」
その話は初めて聞く。
「ドワーフに伝わる伝説ですか?」
「ドワーフにもエルフにも同じ話が伝わっている。普人や獣人は寿命が短い。故にそんな話も忘れ去られてしまったのだろう」
話をしながらも彼は刀を観察している。
柄の部分を外して刀身の隅から隅までをじっくりと見て確認している様子だ。
さらにささっとメモまでとっている。
しばらくして、彼は小さくうなって、そして呟くように言った。
「おそらくこれは本物の刀だ。ウラートで作られたか、そうでなくともまだ技術が残っていた時代に作られた本物だろう」
またウラートという言葉が出てきた。
「技術が残っている、ですか」
「既に刀の製造方法は失われている。だから今あるものは剣の技術を応用し、こうではないかという仮定で作られたものだ。
だがそういった模造品とこれとは構造も金属の質もかなり異なる。だから本物で、まだ製造技術が残っている時代に作られたものと判断した」
なるほど。
特に気にせず使用していたが、そんなたいそうな代物だったのか。
でも技術が失われたのは何故だろう。
刀がマイナーだったからだろうか。
その辺がよくわからない。
「この刀は君が普段使っているのか」
ウラートについて考えているとまた尋ねられた。
「ええ。でも魔法も使うので、素材を取れないゴブリン等くらいしか最近は使っていませんけれど」
でもよく考えたらゴブリンさえもここのところ魔法で倒している。
だからこのところ訓練でしか振っていない。
「なら据え切りは出来るか。ここはやや天井が低いが」
「ええ、藁台か、無ければ木の枝でもあれば」
狭いところでも刀を振るえるよう訓練している。
このくらいの高さがあれば問題無い。
「藁台は用意してくる。勿論無料でいい」
藁台とは木で出来た台の上に藁を編んだものが巻き付けてあるものだ。
試し切り用に武器屋等には大抵常備している。
ただ1個あたり
なお学校では勿体ないから粘土等で代用。
この場合は後で手入れが大変なので、学校の模擬剣を使うけれども。
「これでいいか」
ジャンナヴェッグさんが持ってきたのは標準的な藁台だ。
これなら全く問題は無い。
「ええ」
「なら頼む。刀使いが実際に刀を使っているのを是非見てみたい」
いつの間にか刀は元の状態に戻されていて、鞘に入った状態で渡される。
さて、それではやってみよう。
鞘を左腰のベルトに差し、鞘についている紐を結んで固定する。
藁台との距離をすこしとって、準備よしと。
「それではやりますので、もう1歩だけ下がって下さい」
ジャンナヴェッグさんが下がったのを確認。
この辺は何度も練習した抜刀術の動作だ。
左掌で鞘を握り、親指で鍔を柄の方向に押し出し、右手で柄を握る。
右腕が考えなくとも動き、抜刀し抜きつけて横に払う。
藁台が中央付近で両断された。
斬られた上部が少しだけ首を傾げるように傾き、そして落ちていく。
「こんな感じでいいでしょうか」
刀を鞘に収めつつ、俺はジャンナヴェッグさんに尋ねた。
「見事だ。だが刀とは常にそうやって鞘にしまっておくものなのか」
「今のは抜き打ちと言って、抜いてすぐ斬る方法です。最初から出して構えても構いません。あと今回は抜いてすぐ斬ったので片手ですが、出して構える場合は両手です。中段だとこんな感じで構えて、振りかぶって」
ジャンナヴェッグさんはうんうんと頷いた。
「なるほど。実際にやってもらって少しわかった気がする。ところでその術は誰にならったのか聞いていいか。あとその刀をどう入手したのかも」
メディアさんの事を言っていいかどうかちょっと考える。
別にメディアさんに口止めされてはいない。
でも普人社会に住むようになって、あの人がどれだけとんでもない存在なのかはわかるようになった。
それにあの人が住んでいた魔の森が何処にあるのかすらよくわからない。
その辺もあって、具体的な名前や場所は言わないでおこうと判断する。
「森で遭難している処をある人に助けられ、そのままその人の下で1年程住み込みで修行させて貰いました。刀もその人から貰ったものです。名前と場所は言えませんけれども」
「うーむ。やはり言えないか。仕方ない。そちらの事情もあるだろうからな」
何とか納得してくれたようだ。
「ところでそのウラートについてもう少し聞いてもいいですか」
ナディアさんが何故、そんな遠い昔の伝説のような武器を使っていたのだろう。
そして何故そんな貴重品を俺に渡したのだろう。
何故技術が失われたんだろう。
俺としては気になる。
「儂も詳しい事はよく知らない。何せ伝説上の存在みたいなものだからな。
人類は昔、全員がウラートという場所に住んでいた。ウラートで人類は今より遙かに進んだ技術を持ち、高度な生活をしていた。
だが争いがあり、人類の一部は巨大な船でウラートを逃げ出した。大いなる海を渡り長い航海の末この大陸に到着。人類はこの大陸に住み着き広がったが、その途上でウラートの技術を忘れていった。そんな話だ。
またウラートからこの大陸についた当初は人類は一種類だけだったとも言われている。その後に普人、獣人、エルフ、ドワーフと別れていったと。
何処までが本当の話で何処までが単なる伝説なのかはわからない。だが時折今の技術では作成し得ないようなものが発見される。故にかつて今より進んだ技術があったというのは間違いないだろう。
儂が知っているのはだいたいこんなところだ。これより詳しい話は本か何かで調べてくれ。図書館に行けばある程度そういった資料もある筈だ」
つまり失われたのは刀の製造技術だけではない訳か。
そしてこれ以上は図書館に行けと。
よし、是非行ってみよう。
でもその前にだ。
「あとで図書館の場所を教えて下さい。それと、今回はこの刀の予備が欲しくてここに来たのですが、見せて貰えないでしょうか」
こっちが本題だ。
俺の興味は半ばウラートの方を向いているけれど。
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