86 年長者の嗜みと旅行の終わり

 ウラートに関する伝説の内容は、要約すればジャンナヴェッグさんの言った通り。

 だが本には要約からはわからない様々な話が詰まっていた。


 たとえば伝説でウラートから来た船が到着したとされる場所について。

 アンダナ公国にパス・ダ・ラ・カザという遺跡があり、湖の中央に船の残骸とされる遺跡が残存しているそうだ。

 他の地に比べると段違いに魔素マナが濃く、結果強力な魔物や魔獣も多い。

 だから強力な冒険者を連れて行かないとたどりつくことは出来ないそうだ。


 パス・ダ・ラ・カザは境界山脈の高所にあり海から遠い事から、船はおそらく飛行したのだろうとか。

 周囲の魔素マナの異常な濃さから船は魔法を利用していて、一部の魔法装置は未だに動いているのではないかとか。

 遺跡について現存する最古の記録にも残っている事から、最低でも千年以上昔からある事とか。


 遺跡にたどり着いた者が残した記録も載っている。

 遺跡の一部は未知の素材で出来ていて今なお新品同様に光り輝いていたらしい。

 またその周囲で未知の魔道具と思われるものを発見したそうだ。

 使い方どころか。壊れているのかどうかすらわからないままだそうだが。


 刀についても少しだけ書いてあった。

 かつてウラートの一部族が使用した武器で、今では実物も使用する術も失われていると伝えられている。

 遺跡でも数振りほど発見されたらしい。


 それにしても刀からはじまって随分妙な方向に興味を持ったなと思う。

 今まで伝説とかそういった方向に興味を持った事は無かった。


 メディアさんの山小屋には結構本があった。

 個人宅としてはめったにないらしい本棚があった位だ。

 そういった伝説・伝承系の物語の本もあったと思う。


 しかし俺がそこで読んだのは各国の地理とか魔獣や猛獣についてとか、魔法について等といった実利的な本ばかり。

 エデタニアの図書館や学校で読んだのもそうだ。

 それが役に立つかわからない遙か昔の話に惹かれるとは 


 こういった憧れをロマンとか言うのだろうか。

 つい実際に行ってみたいと思ってしまう。

 行っても何の実利もないだろうし、危険なのにだ。

 

 だがパス・ダ・ラ・カザは遠い。

 境界山脈の入口であるアンダラ公国のベリヤから道なき道を歩くこと3日以上かかる。


 ちなみにベリヤへはバラセリアから高速馬車で1日。

 エデタニアからバラセリアまで高速馬車で2日。

 つまりエデタニアからだと往復だけで最低2週間かかる。

 学校がある間は行くのは無理だ。


 それでも遙か遠くの遺跡に思いをはせていると、小さく鐘の音が聞こえた。

 ドワーフの里は昼夜が無いから夜8の鐘以降も鐘が鳴る。

 そして鐘の回数は……2回だ。


 まずい。これは早く寝ないと。

 朝6の鐘でこの宿を出て、皆でこの里をもう一度見て回る予定なのだ。


 他の皆さんはとっくに寝ている。

 寝ていると言うより酔っ払って倒れているような奴もいるけれど。

 そんな訳で本にしおりを挟み、自在袋に入れ、自分に睡眠魔法をかける。


 ◇◇◇


 翌朝。

 若干二日酔い気味のライバーに毒消し魔法と回復魔法とかけて朝食をとった後、全員で観光に出る。

 案内はライバーとアンジェだ。


「昨日あちこちで話を聞いて、お勧めを聞いといたんだぜ」

「そうそう。美味しい店とかここで特に安いものとかね」


 確かに風景的には名所は無いだろう。

 里の全ては洞窟の中だから。

 だから名所がお店中心になるのはまあわかる。

 でも案内が前衛2人というのがちょい不安だ。


 案の定、10半時間6分歩いたあたりで早くも、

「確かここの分岐を左だったよな」

「私は右だったと思うけれどな」

なんてはじまってしまう。


 モリさんがふうっとため息をついた。

「昨日話していたトカゲ牧場直営店はここを右に行って、次を左」


「なんでモリさんわかるんだ!」

「なんでモリさん、わかるの?」

 驚く前衛2人。

 モリさんはもう一度ため息をつく。


「こんな事じゃないかと昨日案内図を見ておぼえておいた」


 何と言うかモリさん、流石だ。

 でもこれから何処へ行くとも2人は言っていなかったよな。


「何故わかったんだい、モリさん。2人が何処へ行くつもりかをさ?」

 フィンもその辺を疑問に思ったようだ。


「昨日話をひととおり聞いていたからさ。だから今日の予定もだいたいわかっている。

 洞窟トカゲ牧場直営店で革製品と素材を見た後、キノコのバーベキュー串を食べる。その後はバラジンバル酒房で濃蜜酒を購入し、スイーツを食べる。

 フレェグル工房で貴金属のアクセサリーと魔道具類を見て、最後はモーズソグニル広場の屋台を食べ歩いて出発前の腹ごなし。違ったかな?」


 なるほど。

 昨日の夜に話していたのか。だから俺やフィンやミリアは知らなかったと。


「あれ、でも話したっけか?」

「私も話した記憶はあまり無いけれど」

 ライバーもミリアも自覚は無い模様。


「ライバーは最後、思い切り酔っ払っていただろ。アンジェもあれだけ濃蜜酒スイーツ食べたしさ。途中から2人とも同じ事を繰り返して話していたな。最後そのままダウンしたから2人ともベッドに運んでおいたけれど」

 

「ごめん」

「申し訳ない」

 2人ともその辺の記憶は全く無かったらしい。


「まあ休みだからいいけれどさ。あと、さっきの予定でいいなら道順も全部おぼえておいたからさ」


「流石モリさん、年長者!」

 アンジェの台詞にモリさんは顔をしかめる。


「入学に1年余分にかかったというだけだからさ。それは言わないで欲しいかな」


「でも頼りになるのは確かだよね」

 フィンの台詞に俺も頷かせて貰った。


「ああ。少なくとも道案内がモリさんだというだけで安心できる」


 単なる任務分担なのだろうか。

 適材適所というのだろうか。

 いずれにせよこの辺がパーティ行動のいい点だ。

 一人で全部背負わなくて済む。


 俺は待機任務で唯一ゴブリンが出たあの日を思い出す。

 あの日も3人いたからスムーズに処理出来たんだよなと。


 個人の実力は今でも俺がこのパーティで一番だろう。

 でもだからと言って皆と一緒に行動する意味が無い訳じゃない。

 それにパーティで行動するのは実務上の利便性だけじゃない。

 これから行く店もライバーやアンジェがいなければ行く事は無かっただろう。

 そういう楽しみもある訳だ。


「さて、まず店に行ったら肉を買うぞ。鶏と似ているけれどもっと柔らかくて、そのくせ旨みが濃いんだ。買って帰ればしばらく楽しめるぜ」


「でもライバー、調理できないよね」

「その辺はモリさん頼みだな」

「なら6人分は買わないとね」

「もとよりそのつもりよ。で、費用はパーティ費で出るかな?」

 そんな話をしながら俺達は洞窟を歩いて行く。


 ◇◇◇


 その日の夕方。

 ウーニャの村についたのは7の鐘が鳴った少し後だった。


 到着した家のリビングで4人が行き倒れ状態。

 ミリアは入念に柔軟体操中。

 俺は昨日同様、治療魔法と回復魔法担当だ。


「やっぱりドワーフって健脚だよね」

 フィンは一応会話は可能。

 残り3名は会話も困難。

 ライバーは体力はあると思ったのだが、こういった持久力はモリさんと大差ないようだ。

 それとも身体と装備が重い分、体力を余計に使うのだろうか。


「場所もおぼえたし、今度行くなら私達だけで行った方がいいわね」

 ミリアの台詞にフィンが同意する。

「そうだね。僕もそう思うよ」

 フィンは口調と表情だけはいつも通り。

 でも荷物を下ろして倒れた状態のまままったく動けない。


「これで明日から村つき冒険者業務、再開だよな。大丈夫か」

 俺の疑問にミリアはふっとため息をついた。


「大丈夫じゃなくても行って貰うだけよ。休み分魔獣も増えている筈だしね。散財した分も稼がないとならないでしょ、皆」


 散財しなかったのはミリアとモリさんだけだ。


「確かに稼がないとならないのは事実だな。剣と本とで合計小金貨16枚160万円か」

「僕はもう少し使ったかな。今まで稼いだ分も貯金も思い切り使っちゃったから。だから明日、稼ぐまで残金がもう正銀貨1枚1万円無いしね」


 この辺フィンは豪快というか何と言うか。

 装備作りの素材の為に後先を考えないところがある。


 でもまあ、無駄な散財では無かったな。

 俺的にはそう思うのだ。

 あの本2冊もまだ読み終わっていないけれど、なかなか興味深いし。


 ただそのウラートと刀、刀術が関係するとするならばだ。

 今まであえて考えなかった疑問がより深く謎が多い形で俺の心に浮かんでくる。

 メディアさんは何者なのだろうか。

 どんな意図で俺を普人世界に送り出したのだろうか。

 そんな疑問が。

 

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