80 出発の朝

 夕方、ラウルさんの事務所。

「これなら明日からの休暇でも十分よね」

 アンジェがそんな事を言う。


 本日の成果は山魔狼22頭、山魔リス91匹。

 3日間合わせた収入は1人あたり小金貨1枚10万円を優に超えた。

 なにせこの3日間、かなり獲物を狩った。

 山魔リスだけではなく肉食系の魔獣まで出てきたし。


 ミリアによれば山魔リスは食物だけではなく魔素でも増えるらしい。

 そして村という人の集団に近いほど魔素は多い。


 だから狩りをしなければ村に近い場所で山魔リスが増えまくる。

 そして獲物の豊富さは肉食系の魔獣も引き寄せる。

 俺達はこの3日間の狩りでそれらの帳尻をつけたという訳だ。


「近隣には肉食系の魔獣は確認できなくなりました。これで明日と明後日は大丈夫だと思います」


「お疲れ様でした。明日、明後日の休暇は楽しんできてください。確かブルグハルトとハイデマリーに付き添ってドワーフの里へ行くのですよね」


「ええ」


 一応休日の行動は申告してある。

 村付き冒険者としてはそれが普通らしいから。

 なおブルグハルトさんとハイデマリーさんは夫婦だそうだ。

 俺はまだ会った事は無いけれどその辺はフィンやミリアに聞いている。


「皆さんなら問題ないと思いますが、ドワーフは健脚です。特に坂道には強いのでその辺は心しておいた方がいいでしょう。まあハイデマリーが一緒ですからその辺は加減してくれると思いますけれど」


 ドワーフが健脚というのは初めて知った。

 書物には載っていなかった知識だ。

 他にも何か違いがあるのかもしれない。


 俺自身、獣人と普人以外に直接会うのははじめてだ。

 実際に会ってみれば書物等で言われていた事との違いが更にわかるのだろう。

 その辺が楽しみというか不安というか……

 さて、少し気になった事があるので、念のために聞いておこう。


「ところでこの村のことはドワーフの里には知られているのですか?」


 ラウルさんは首を横に振る。


「いいえ。ブルグハルトさん達は単に近くの村に住んでいるとしか言っていないそうです。ドワーフはえてしてそういった事に無関心なので、それでとおるのだとか」

 なるほど。


「では里でもこの村のことは口外禁止ですね」

「ええ。ドワーフだけならいいのですが、里には武器や希少金属を求めて様々な人種が訪れますから」

「わかりました。気をつけます」


「あとは酒の飲み過ぎに注意というところですね。ドワーフは幼児時代から酒をたしなむ種族ですから。そのせいもあってかなり度の強い酒も多いですし。勿論普通のドワーフはその辺普人と違う事はわかっていますが、年中酔っぱらっている者も少なくありません」


 その辺は書物で読んだ知識と同じだなと思う。

 そして気付くとパーティの面々の視線がライバーに集中していた。

 うちで一杯やる事があるのはライバーだけだからな。

「わかった。気をつけるよ」

 本人も自覚があるようだ。


「それでは楽しい休日を」

「本日もありがとうございました」

 ラウルさんに挨拶をして事務所を出る。


「それで明日はどうするんだっけ」


「朝6の鐘、中央門で待ち合わせよ。いつもの装備でいいわ。行動中の昼食もいつも通り。予定ではお昼過ぎには向こうに着く筈よ」

 ミリアが答える。


 予定では半日の行程か。

 ドワーフは健脚というのが少々気になる。

 でもうちのパーティも体力ステータスはそれなりに高いので大丈夫だろう。

 モリさんでさえ、今では冒険者平均以上の体力があるし。


「今度行く里は銀、銅、鉄、鉛、軽銀の鉱床があって、魔法銀ミスリル魔法銅オリハルコンも生産しているんだ。今から楽しみだよ」

 そりゃフィンは楽しみだろう。


「凄く甘い蜜のようなお酒もあるんだって。それで作ったスイーツは絶品って聞いたわ。今から楽しみ」

「今日はさっさと寝て明日に備えるわよ」

 俺達はそのまま家へと帰る。


 ◇◇◇


 ドワーフは身長的には小柄だ。

 だが体格的というか、存在感的には決して小柄ではない。

 モリさん換算3人分という感じだ。

 身長は同じで横幅や腕、脚の太さが3人分。

 体重はもう少しあるかもしれない。

 あと女性も髭が長い。


「今日・明日とお世話になります。宜しくお願い致します」

「こちらこそ同行して貰えて助かるねえ。たまに魔物が出たりもするからさあ」

「主にゴブリンだがな。数匹程度ならいいが十匹を越えると面倒だ」

 面倒適度で済むということは、冒険者としてもそこそこ以上のレベルなのだろう。

 

「それじゃ行くか。順調にいけば昼前には着くだろう」

 そんな感じで歩き出す。

 なお歩くのは道らしい道ではない。

 支尾根筋の獣道的な場所を登っていく感じだ。


「ずっとこんな感じなんですか」


「支尾根を2回超えるが、この村から行くにはこれが一番早い」 


「谷を下ってクエンカの街に出て、セーバスの街経由で行けば道はあるけれどね。向こうを回ると歩きで2日かかってしまうのよ。だから山越えが一番早いわ。谷筋だとゴブリンや魔獣が多いからねえ。尾根になっている部分を通るのが一番楽なの」


 なるほど、つまり今日はほぼこんな感じか。

 通りそうな場所付近で魔物がいるか、走査をかける。

 確かに谷になっている場所はゴブリンらしい魔力の反応があるが尾根筋には無い。

 そういう意味では合理的ではある。


 でもこれは健脚で無いと選ばないルートだなとも思う。

 ラウルさんの言った意味が少しわかったような気がした。


「これを年4回行き来するんですか」

 それって結構きつそうだなと思う。


「1人あたり年1回だねえ。今、ウーニャの村にドワーフは4家族いるから。毎年4月にくじ引きするんだよ。冬が一番人気で春が一番人気が無いね。春は雪がとけかけて道が悪いし危ないしね」


「冬は楽だぞ。のぼるのは辛いが降りるのは滑ればあっという間だ」

 そんな話をしながら急斜面を登っていく。

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