78 平常勤務復活の朝

 最後の待機勤務は昨日の昼番で終了。

 結局魔物や魔獣が出てきたのは1日だけ。

 それでも一応本来の仕事とは異なるので手当がついた。 


「8日分で1人正銀貨4枚4万円か。ほとんど待機だった事を思えば悪くないよね」

「だな。今度の旅行の時に結構使えるぜ。ドワーフの里名物っていうと、やっぱ酒かつまみかだな。どんなのが売っているか楽しみだ」

「あと甘い物もあるみたいだから楽しみよね」


 朝、ラテルさんの事務所を出て狩り場へ向かって歩きながら、前衛2人がそんな事を話している。

 

「ドワーフの里といったら普通は武器じゃないの」

 ミリアが2人の話に割り込んだ。


「そんな高いものは買える訳ないだろ」

「そうそう。フィンがいれば材料費だけで済むしね」


 おい待て2人とも。


「実習の時にかなり稼いだ筈よね」

 ミリアが尋ねた。

 どうやら俺と同じ疑問を持ったらしい。


「そんな昔の事はもう忘れた」

「そうそう。もう過去の話よね」


 野外実習の時だけでも翼竜だの行き帰りの魔獣だので1人正金貨2枚分100万円は稼いでいる。

 それ以外も毎日討伐をしているから、夏休み前には相当な金額になった筈だ。

 たとえば俺は正金貨5枚250万円以上貯まっている。

 その金は何処へ消えたんだ。


 モリさんのように子供達への買い物があったらもう少しは減るだろう。

 フィンのように自在袋や素材を買いまくればそりゃ貯まらないだろう。

 でもそうでなければ、いくら何でも……


「……深く追求しないほうがいい気がしたわ」

「そうそう。金は天下のまわりものってさ」


 いいのだろうか、本当に。

 ただ冒険者の金銭感覚はえてしてそんなものらしい。

 授業でブランカ教官が言っていた。


『冒険者はどうしても刹那的な金銭感覚の人が多いんですよ。今日使い切っても明日稼げばいいやって。運が悪ければ死ぬし、死んだ後に貯金が残っても仕方ないって。


 でもそうやって貯金もせず毎日あるだけ使って暮らしていて、もしある日大怪我をしたらどうなりますか。教会に払う治療費はない。施療院は常に混んでいて王宮治療までしかやってくれない。そうなった場合生活はどうしますか。


 またどんな冒険者も死ななければそのうち歳をとります。冒険者を続ける体力がなくなった後、貯金無しでどうするんですか。そういった事を考えて、若いうちから少しずつお金をためておくことをお勧めします』


 こういう事をわざわざ授業で言うということは、それだけ金銭感覚がアバウトな人が多いのだろう。

 うちの前衛2人のように。


「でも僕も里に行くまでにもう少し稼ぎたいな。出来る限り金属類を仕入れておきたいしね」


 うちのパーティで一番金遣いが荒い奴がそんな事を言う。

 でもフィンの場合は怪我とか老後とかの貯金は気にしなくていいだろう。

 所持している自在袋や素材、装備類を売るだけで充分な老後を過ごせる財産になるのは間違いないから。


「間違いなく今日、明日、明後日は稼げると思うわよ。きっと魔獣狩り放題状態になっているわ。その分大変だけれども」


「そんなにいっぱいいるの?」


 そう聞いたアンジェにミリアは大きく頷く。


「この季節の山魔リスの繁殖はとんでもないわ。雨で回れなかった分、間違いなく増えている筈よ。それにつられて魔狼や魔熊、はぐれオークとかまで来ているかもしれないわ」


「そりゃ楽しみだな」


 ライバーのこの台詞は本心からという感じだ。


 エスタロック地区北側の門に近づくにつれ、状況がわかるようになってきた。

 ミリアの言う通りだ。

 魔獣の反応が冗談かと思う位に大量にある。

 お馴染み山魔リスとは違う大きい反応も少し遠方だけれども確認できる。

 この大きさだと魔熊だろうか。


「門のすぐ近くにもいるようね。村に入られると困るからモリさん、門を開けると同時に水圧ウォータープレスあたりで向かってくるのを押し流して。ある程度出て来なくなったらライバー、ハンス、モリさんの順で突入して魔獣討伐開始。残り3人で門近くの山魔リスを一掃しておくわ」


「わかった」


 門の前でモリさんが待機。

 俺とライバーで門の両脇につく。


「それじゃカウント0で一気に開けるぞ」

「おう」

「カウント3、2、1、0!」


 ライバーと俺とで両側の引き戸を引っ張る。

 一瞬の間の後、うじゃっと出てくる小さい魔物の気配。

 だがそれらが門内に飛び込んでくる前に。


「水属性魔法、水圧ウォータープレスっと」


 モリさんの魔法が出した大量の水で一気に向こう側へと流されていく。

 近くの巣穴から出てきた奴も同様だ。


 新しく出てくるのがなくなるまでモリさんの水圧ウォータープレス魔法でとにかく押し流した。


「それじゃそろそろ行くか」

「だな」


 ライバーを先頭に俺、モリさんと門を出る。


 ライバーの盾に山魔リスが突撃してくる。

 先程水に流されたものだけでなく、新たに寄って来た山魔リスもいる。

 前方向からの奴はライバーのシールドチャージで倒し、横方向は俺の魔法で倒す。

 その後ろでモリさんが倒した山魔リスを拾い集めるという態勢だ。

 

「いい調子だよなあ。これなら最初の3日間以上に稼げそうだ」

「焼き屋のおっさんも言っていたしな。そろそろ山魔リスの入荷が欲しいって。これで明日以降は旨い肉が食えるぜ」


「ライバーは少し節約した方が良くないか」

「前衛は身体が資本、だから食う事に金をかけるのは正義だ」


「怪我した時の為に少し貯めておけって教官が言っていなかったか」

「忘れた」


 雑談をしながらも狩りというより作業は順調に進んでいく。

 そんな調子で1往復したところで。


「ハンス、次の行きでアレ、やった方がいいか」

 モリさんがそんな事を言った。


「アレって何だ」


 ライバーは気付いていないようだ。

 もう俺もライバーの走査・索敵能力は諦めているから素直に説明する。


「魔熊らしい大きめの魔力が近づいてきている。もう少しで向こうも気付くだろう」


「面白いじゃないか」

 ライバー、完全にやる気だ。


「作戦はいつもと同じでいいのか」

 ライバーが言ういつもと同じとは、

  ① 近づいてくる敵にモリさんが水魔法を仕掛けて勢いを弱める。

  ② ライバーのシールドチャージで敵を完全に止める。

  ③ 俺の魔法で倒す

という手順だ。

 ③は場合によってはミリアの魔法だったりアンジェの槍だったりするけれども。


「ああ、それでいいだろう」

「なら大声を出して呼ぶか。小物も大分寄せてしまうけどさ」

「少し左に行った壁際でやろう。小物が後ろから来ると対処が面倒だ」

「そう言えばそうだな」


 そんな訳で2往復目は左の壁沿いに進んでいく。

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