76 休み予定・案

 途中で変装魔法を使用していつもの姿に戻る。

 商店街は獣人も普人も普通に混じっている。

 でもその光景が今までとは違って見えてしまう。

 嘘くさく見えてしまう。

 一触即発を何とか隠しているように見えてしまう。


 勿論実際は先程までと変わった訳では無い。

 変わったのは俺の見方だ。

 それはわかっている。


 まだレマンツに行くのは早い。

 そう思った。

 たった1人の意見でこれだけ揺れてしまっている。

 もう少し今の環境で自信を持てるようになってからの方がいい。


 更に思う。

 そう思うという事は、俺は普人の側に立っているのだろうかと。

 いや違う、俺自身は獣人だ。

 その自覚は間違いなくある。


 なら何故普人を嫌う考えを嫌がるのだろう。

 そんな考えを聞いて落ち込んだりするのだろう。

 俺自身だって普人の被害者の筈なのだ。

 それなのに。


 こんがらがった思考を抱えつつ家に戻る。


「あ、ハンス。遅かったけれどどうしたんだ?」

 もう寝ていたと思ったモリさんがアンジェとお茶をしていた。


「いや、ちょっとふらふら散歩していたら思った以上に遠くまで行ってしまってさ。それよりモリさん、もう寝ていたんじゃないのか」

「アンジェに起こされた」

 なんだそれは。

 そう思ってアンジェの方を見る。


「だってこのハニードングリ、美味しいの。これはやっぱりいる人皆で食べないとと思って。ハンスがなかなか帰ってこないから、ちょっと先に頂いてたけれど」

 

 ああ、そうか。

 俺は気づく。

 俺はこいつらが好きなのだと。

 好きという言い方が悪ければ、こいつらと一緒である事に慣れ過ぎてしまったと言い換えてもいいかもしれない。

 だから普人の事を悪く言われたり、普人と問題を起こしたりするのが嫌なのだ。


 それと同時に理解する。

 普人だ獣人だと言っても、結局は相手次第なのだろうと。

 もちろん構造的な問題はあるのだろう。

 獣人と普人の間に諍いが起こりやすい構造が。

 でもだからと言って獣人と普人が仲良く出来ないという訳ではない。

 多分きっと。


「おっとハンス、どうかしたのか。らしくなくぼーっとしているけれど」

「いや、何でも無い。それよりどうかな、そのハニードングリ」

「食べてみた方がわかるわよ」

 確かにそうだな。

 俺もテーブルについて、早速試食させて貰う。


「うん、何気に美味いな。ものはシンプルに見えるけれど」

 炒った豆に水飴を搦めて固めただけに見える。

 でも食べると甘さと香ばしさと少しの渋みが調和して実に美味しい。


「でしょ。ちょうど買い物でよく出会うおばさんに出会ったから聞いてみたの。美味しい店はどこかって。やっぱりこういうのは人に聞いてみるものね」


 そんな台詞に頷きながら思う。

 もう少しこの環境でじっくり暮らしてみようと。

 せめて普人も獣人も変わらないと自信を持って言えるくらいまで。


 ◇◇◇


「休みはここ待機が終わった後、3日してからの方がいいわね。上の方もかなり魔獣が増えてしまっている筈よ。まずそれらを狩ってからでないと面倒な事になるから」

 本日引き継ぎの際、ミリアがそんな事を言った。

 言われてみれば確かにそうだ。


「そうだな。そうすればまた山魔リスの美味い丸焼きが出回るしさ」

「ライバーは狩る事と食べる事直結だよね」

「でも折角晴れてきたんだ。そろそろ狩りをやりたいぜ」

 その気持ちはわからないでもない。

 待機ばかりだと身体がなまる気がする。


「ならそれでラテルさんに言っておくわ」

「わかった」

「あと2日の休み、こっちの3人の案をまとめておいたから。もし別の案があったら書いておいて。待機勤務が終わったら検討しましょ」

 そう言ってミリア達は帰っていく。

 俺達は待機勤務開始だ。


 とりあえず走査をかけ、魔物や魔獣がいない事を確認する。

 ミリアから引き継いですぐだから問題無いとは思うが念の為だ。


 堰堤は水位がかなり下がってきている。

 この調子なら明日には池状態もなくなりそうだ。


 堰堤付近にいたゴブリンは姿が見えない。

 どうやら水位が下がったので山を下りたようだ、

 あとは魔小猪イベルデミボアがずっと下の方にいる程度。

 この村も村への通行路も特に問題は無いだろう。


「今の処問題は無さそうだな。水位もかなり下がっている」

「とすると明日あたりからまた門番も忙しくなるな」

 休憩中のダリオさんがそんな事を言う。

 確かに雨の間は人が来なかったからな。


「だいたい普通は何人くらい門を通るんですか?」

「この季節だと10組程度だ。主に此処とレマンツ等を行き来している商人だな」


「此処の事を知らない普人が来てしまった場合はどうするんですか?」

「門で事情を聞きながらラテルさんに連絡だ。そうすると魔法担当のエルフを呼び出してくれる。エルフの魔法で眠らせた上、この村に入るべき人間かを確認して貰うんだ。

 この村に入るべきではないと判断した場合、記憶を消して違う街の近くまで送るらしい。まあ滅多にないけれどさ。俺もまだ扱った事は無い」


「普人と獣人だけでなくエルフもいたんですね、この村」


「ああ」

 ダリオさんは頷く。

「何でも村同士の協定があるらしくてこの村にも何人かエルフが住んでいてさ。魔法関係はやってもらっているらしい。この村は魔法を使える人が少ないからさ。

 あと他にドワーフもいる。ただエルフはこの村でもまず人前に出てこないし、ドワーフも鍛冶場からあまり出てこないからさ。人数も少ないし。だから気づかないだけだ」


 うーむ。


「全然知らなかったなあ。エルフもドワーフもいたなんて」

「でも昼の3人はドワーフの事を知っていたようだぞ。今度の休みで里に行くとかそんな話をしていたし」


 えっ? 

 そんな話聞いたことがなかったけれども。

 でもこの勤務態勢になった後、引き継ぎ以外で話していないからな。


 そういえば休みの案を書いた紙は……

 そう思った時だ。


「ハンス、こっちに詳しく書いてあるぞ。休みの案でドワーフの里へ行く案としてさ。どうやらフィンがこの村のドワーフと仲良くなって誘われたらしい。良ければ一緒に行かないかってさ」


 なんだと!

 

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