75 偏見の理由

 ナイワさんの家は村の少しだけ外れの方にあった。

 同じタイプの部屋が横に連なっているタイプの建物だ。

 確かここは避難してきた獣人の一時滞在場所だったよな。

 ラウルさんにそう聞いたおぼえがある。


「さあさ、入って入って。中はちょい散らかっているけれどさ」

 言われるがままに家の中へ。


 中は広い一部屋。

 所々に肩くらいまでの高さの低い壁がありキッチン、居間、寝室と区切っている。

 そう言えば村にいた頃はこういう家が普通だったなと思い出した。


「ちょっと待ってね。今、飲み物を出すから」

 漂ってきた香りで麦芽茶だとわかる。

 そう言えば村時代は飲み物はだいたいこれだった。

 大人だとこれに蒸留酒を加える形で。

 そんな事を思いながら待つ。


「はい、お待ち」

 ナイワさんが持ってきたのは麦芽茶と豆のようなもの。

 ただこの豆は初めて見る。

 村時代には無かったものだ。


 俺の視線にナイワさんは気付いたようだ。

「ああ、この豆かい。これは熊獣人が好んで食べるハニーナッツだよ。この村に来てから知ったんだけれど案外美味しいものだね」


 さっきアンジェが探しに行ったものだな、これは。

 熊獣人の食べ物なのか。


「ところでハンスは今、1人? 他に一緒に逃げた子はいるのかい」


「いえ、俺はちょうど山菜取りに行っていて村を離れていたんです。村へ帰る途中、馬に乗った普人に追いかけられて逃げたので」


「それじゃ今までどうやって暮らしていたんだい」


「親切な人の山小屋で暮らしていました。此処へ来たのはつい半月前です」

 

 冒険者学校の事は隠した方がいいような気がした。

 だからとっさにそんな嘘をついてしまう。


「そうかい。それなら良かった」

「それでナイワさん達はどうやって助かったんですか?」


 それでうちの母や父は、本当はそう聞きたかった。

 でもそれはあえて口にはださない。

 此処にいないというのがその答のような気がしたからだ。


「村が襲われた後、つかまった獣人は縛られて馬車で運ばれて、2日かけて奴隷市場のような場所に閉じ込められたんだけれどね。そこに連れてこられた狐の獣人の1人が術持ちでさ。こっそり縄や鍵を外して回って、深夜に大反撃に出たんだよ。

 勿論見張りもいたし他の普人もいたけれど、狐の獣人が術を張って援護してくれたからね。その建物と付近にいた普人を全員殺して」


 普人を全員殺してという台詞を何でもないことのように言うのに少しショックを受けつつ尋ねる。


「それじゃうちの家族も何処へいるかはわからないですね」

「ごめんね。まあマルクやダフネならそこらの普人に負ける筈ないから、何処かで元気だと思うけれどさ」

 

 そんな事を言いつつも俺は別の事を考えていた。

 何も普人だからといって全員殺すことは無いだろうと。


 でもそう思ってしまうのはあくまで普人としての見方だ。

 その事を獣人である俺は知っている。


 普人は弱そうに見えても魔法を使えたりするので油断出来ない。

 魔法を使えれば縄で縛っていても意味はないのだ。

 そして一般に魔法を使えない獣人は魔法使いを見分ける事は出来ない。

 更に言うと平和に暮らしている中に暴力で踏み入ってきたのは普人側だ。


 それはわかっている。

 だから俺は何も言えない。

 でも普人と生活している俺としては何かやりきれないものを感じる。

 

「普人に見つかると危ないし、大勢で動いていると見つかりやすいからね。だからそこからはバラバラに逃げた。あの村の皆もちりぢりさ。

 うちはそこから山奥へ入って、小さな小屋を建てて家族でしばらく暮らしてた。本当はレマンツへ行きたかったのだけれどね。現在地もわからなかったし、山暮らしでもある程度は何とかなったからさ。

 ただ普人の山狩りが近くに入るようになってね。それでまた逃げた際に、ここの事を偶然聞いてね。それで3ヶ月前にやってきた訳さ」


 何故山狩りが入るようになったのか。

 その理由を聞きたかったが俺は聞かなかった。

 でも想像はつく。


 おそらく不幸な出逢いがあったのだろう。

 そして家族と暮らしを護るために戦い、証拠を隠滅した。

 一方普人側は行方不明者が出た事で、捜索及び原因調査の為の山狩りを行った。


 今の俺には双方の言い分がわかる。

 だから余計にやりきれなさを感じる。


「どうしたんだい。黙っちゃって。何か普人に悪い事でもされたかい?」

「いえ、俺は逃げた後は比較的平穏に暮らせていましたから」


 メディアさんとの山小屋暮らしは体力的には平穏とは言えなかったかもしれない。

 特に最初の3ヶ月は何度も死ぬかと思うような目にあった。

 今思うと俺を魔の山で暮らせるように能力上げしていたのだろうけれども。

 いざという時は助けられるような状態で。


 でもナイワさん達のように人相手の血なまぐさい事案に遭ったりは無かった。

 そういう意味では間違いなく平穏に暮らせていたというべきだろう。


「そうかい。此処の村も普人がいるしね。普人は本当何を考えているかわかりゃしない。今来ている代理の冒険者も普人なんだろ。しかも魔法使いが何人もいるというじゃないか。本当怖くて仕方ない。

 本当は隙を見てやっちゃった方がいいと思うけれど、共存がこの村の方針だって言うからね。門番の人達も普人だからいざという時はわからないしね。

 だからもう少しここで蓄えたらレマンツへ行こうと思うんだ。何ならハンスもどうだい? 一緒にレマンツに行かないかい?」


 わかっている。

 ナイワさんに悪気はまったく無い。

 彼女の今までの経験と知識では普人はそういう存在なのだ。

 なぜそういう風になったかも想像出来るし理解も出来る。

 出来るのだけれど……


「すみません。此処に寄ったのは一時的なもので、またすぐ別の場所へ行くので」

「そうかい。それでしっかり暮らせているならまあ、いいけれどね」


 そろそろお暇して頭を整理しよう。

 そう思って、そして聞いておく事を思い出した。


「そう言えば、前暮らしていた獣人村、あそこは何という名前だったんですか。あとどの辺の場所にあったかも知りたいです。かなり逃げ回ったので場所が全然わからなくなったもので」


「ああ。あの村は外部的にはムテル村って名前だったよ。場所はここから山沿いに100離200kmくらいかねえ」

 

 なるほど、それがわかっただけでも収穫だ。

 今はそう思う事にしよう。

 どうしても重くなりそうな心をそう誤魔化して、俺は立ち上がる。


「それじゃお茶、ごちそうさまでした」

「おやもう行くのかい。マーシャやイミアが帰るまでゆっくりしていけばいいのに」

「いえ、もう少ししたらこの村を出るので」

 俺はナイワさんに頭を下げ、そして家を後にする。

 重くなりすぎた気分を抱えて。

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