74 休みを前にして

 翌日、やっと雨が止んだ。

 だが常駐警戒はもう少しだけ続く。

「雨が止んでから水が引くまで概ね3日程度かかります。ですからその間は常駐警戒を続けて下さい。これが終わったら2日ほどお休みにします」

 そうラウルさんに言われたから。


 夕方に交代していつもの待機開始。

 魔獣も魔物も動く気配は無いので待機室にいっぱなしだ。

 現在は深夜時間帯で衛士さんは立番2人、待機1人、睡眠中3人。

 待機中のナターシャさんは俺達より少しだけ年上の若い女性で話しやすい人だ。


「お休みか。何をしようかな」

「この辺でお勧めはないですか?」

 早くも2人の心は休みに飛んでいる模様。

 ナターシャさんにそんな事を尋ねている。


「うーん、この辺だと休みは買い出しに行ったりするけれど、普段は王都にいるならその必要はないよね」

 ナターシャさんの言う通り、確かに買い物の必要はない。

 ここでしか買えないとか、ここの方が安いものなら別だけれど。


「そう言えば昼番の冒険者の男の子は、この期間が終わったら鉱石やインゴットを買いに行きたいっていっていたわ。もう一人はとにかく狩りをしたいって言って、仕事休みでも仕事したいのかって女の子に言われていたけれど」

 フィンとライバー、そしてミリアらしい話だなと思う。


 俺はどうしようかなと思って、ふと思いつく。

 獣人の国レマンツはどうだろうかと。

 国境にあるマサナレスの街なら休みが2日でも俺の足なら何とか往復できる。


 だが行って俺はどうするのだろうと考えてしまう。

 行けば何かあるかというと、特に何もない。

 知り合いにだって会える可能性はあまり高くないだろう。

 会ったとしてもそれでどうにかなる訳では無い。


 それでもレマンツの事が頭から離れない。

 仕方ない、後でラウルさんに相談してみよう。


「それにしてもあと3日で終わりとなると、この夜食も終わりなのね。美味しいのに残念だわ。特にこの柔らかくてふよふよのパン、凄く美味しい」

 彼女は名残惜しそうに甘焼きふわふわトーストをつまむ。

 これは男性女性双方に好評だ。


「浸け置いて焼くだけだからそんなに難しくは無いですよ」

「そうなんだろうけれどね。こういうのは他人に作って貰うから美味しいってのがあるのよ」

「それ、わかります」

 アンジェがうんうんと頷く。


「こっちのお肉も美味しいけれど、これはちょっとお酒が欲しくなるよね」

「そう言えばこの辺で美味しいもののお勧めってありますか? 山魔リスや串焼き以外で、出来れば女の子向けのもので」


 アンジェの質問にうーんとナターシャさんは考え込む。


「この甘いパンより美味しいのはそうそう無いなあ。強いて言えばハニードングリかな。美味しいのと不味いのと当たり外れが大きいけれど。見た目では美味しいかどうかわからないのよね。だいたい安定して美味しい店は……」


 今日は魔物も魔獣も動く気配は無い。

 だからそんな感じで時間は過ぎる。


 ◇◇◇


 翌朝、家に帰って。

 もう夜食も充分に作ってあるので作る必要は無い。

 だから朝食と、ついでに夕食まで作ったら睡眠含め自由時間だ。


「買い物行ってくるね。昨日聞いたハニードングリ、探してみる」

「睡眠時間は残しておけよ」

「わかっているって」 

 アンジェはモリさんとそう会話してお買い物に出かける。

 モリさんはそのまま睡眠の模様だ。


 俺は少し考え、外に出てみることにする。

「散歩に行ってくるよ。1時間くらいで帰ると思う」

「わかった」

 モリさんを残して外へ。


 ラウルさんにマサナレスに行くことを相談しようか。

 相談しない方がいいだろうか。

 そう思いつつブラブラと商店街部分を歩いてみる。


 ここは獣人と普人が普通に混ざり合って暮らしている。

 最初は少し違和感があったが今ではすっかり慣れた。

 こうやって普通に暮らしていると獣人と普人の違いなんてほとんど無いと感じる。

 それは事実なのか、錯覚なのか。

 この村が特別なのか、そうでないのか。


 ちょっと思いついた事があって路地に入った。

 人が誰も見ていないのを走査して確認。

 身体の変装魔法を解いて、いつもとは逆に服装の方を変装魔法で変化させる。

 この村で一般的ないわゆる普通の作業服に。

 そして再び商店街へ。


 犬の獣人のままの俺が見ても、やはり商店街や村の様子は変わらなく見える。

 なら普人と獣人で問題が起こるのは何故だろう。

 そう思った時だ。


「あれ、ハンス、ハンスじゃないか」

 その声に思わずそっちを見る。

 中年女性、犬の獣人だ。

 自然に名前が出てきた。


「ナイワさんですか。隣の隣に住んでいた……」

 獣人の村に住んでいた時、近所に住んでいた話し好きのおばさんだ。


「やっぱりハンスか。無事だったんだね。今までどうしていたんだい。此処へはどうやって」

 矢継ぎ早にそう連続して尋ねられてどう答えようか戸惑う。

 その様子にナイワさんも気づいたようだ。


「悪かったね。何なら今、時間あるかい」

「それは大丈夫です」

「なら話を聞こうじゃない。マーシャもイミアも会いたいだろうしね。あ、でも今はマーシャもイミアも外か。2人とも働いているし」

 マーシャはナイワさんの夫で、イミアは娘。

 イミアは俺より2歳年上だった筈だ。


「ナイワさんのところは皆無事だったんですね」

「何とかね。まあその辺の話もゆっくりしようじゃない。今借りているロッジがすくそこだからさ。さあさ、こっちだよ」


 半ば強引に彼女に連れて行かれる途中で思い出す。

 そういえばナイワさんはこういう人だったと。

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