68 とある夕刻に

 1日1カ所の狩り場を回って、だいたい60匹前後の山魔リスを討伐する。

 そんな感じで村付き冒険者(代理)業務は順調だ。

 獣人交じりの村というのにも皆さんすぐ慣れたし抵抗も無いようだ。

 契約期間も目一杯まで延長した。


 だが俺の家族、もしくは知り合い探しは今のところ不発。

 この近くではなかったのだろうか。

 

 ある日、狩りから帰った後の自由時間で一人の時、ラウルさんに聞いてみた。

「ここ以外にも獣人の逃げ込み場というか、隠れ村はあるんですか」

「勿論あります。でもこの村の住民は何処にあるかは知りません、私を含めて。いざここが見つかってしまった際、連鎖的に他が見つかってしまうのを防ぐ為です」

 なるほど。


「なら2年前に行方不明になった獣人の知り合いを探すと仮定した場合、ここにいなければ何処を探せばいいでしょうか」

「難しいですね」

 ラウルさんはそう言って一呼吸置く。


「この村関係で一番知ってそうなのはやはりシャミー様でしょう。あの人なら他の隠れ村も知っているだろうと思います」

 シャミー教官か。

 確かにあの人は何となく知っていそうな感じはする。

 でも学校の教官という立場上、俺が獣人であるという事を言いたくはない。

 気付いているかもしれないが、自認するとなるとまた別だ。


「あとはレマンツ国へ行ってみるかですね。こういった隠れ里経由で、または直接逃げ込んだ獣人が大勢います。マサナレス辺りならここからもそう遠くありません。現にこの村経由でレマンツ国を目指す獣人も多いですから」

 

 確かにここからならレマンツ国は近い。

 国境付近の街マサナレスならむエデタニアより遙かに近い筈だ。

 国境は封鎖されているがここから山越えで入れば問題ない。

 現にラウルさんもこの村経由でレマンツを目指す人がいると言っているし。


 レマンツへ行ってみるかと少しだけ考える。

 冒険者学校を退学するつもりでここから向かえば行くのは容易いだろう。

 だが行ってどうするのかと自問する。

 行って昔の知り合いがもし見つかったとしてどうするのかと。


 そう考えると俺が行くにはまだ早い気がする。

 せめて冒険者学校を卒業してからだろう。

 正規の冒険者資格があればレマンツ国でも有効だ。

 冒険者ギルドは国際組織だから。


「わかりました。どうもありがとうございます」

「家族の方ですか?」

 ええと頷きかけて、そして気付いた。


「わかりますか」

 俺が獣人だという事を、とはあえて言わない。


 ラウルさんは頷いた。

「私は魂の形とでもいうべきものを見る事が出来ます。かつて獣人は皆持っていたと言われる能力ですが、今では私くらいしか使えないようです。この能力が使えるからここで村長代理を務めているというのもあります」


 だから何に気づいた等は言ってはいない。

 でも今の台詞だけでラウルさんが俺が獣人だと気付いている事がわかった。


「すみません。この件を言わないでいて」

「いえ、言う必要はありません。ウァーレチアで生活をする以上、必要な方法でしょう。ただそこまで見事な変装魔法を見たのは久しぶりです。シャミー様に教わったのでしょうか?」


「いえ、別の方です」

 ふとここでメディアさんの事について聴いてみようかと思ったが、やめておく。

 今、そうする必要は何処にもない筈だから。

 今はまだエデタニア冒険者学校のハンスでいい。

 そう、今はまだ。


「それではどうもありがとうございました」

「いえ、また何かありましたら何でもどうぞ」

 俺は頭を下げて事務所を出る。


 街はちょうど夕刻だ。

 大回りして商店街を見ながら帰る。

 規模は小さいが人の様子はエデタニアとそう変わらない気がする。

 ここが普人の国にある隠れ村だからだろうか。

 それとも獣人も普人もそう変わらないのだろうか。

 今の俺はわからない。

 わからないまま何となく周りを見て歩く。


「おーい、ハンス!」

 ふと声をかけられた。

 見るとライバーだ。

 熊の獣人がやっている屋台で何やら食べている。

 他の普人や獣人の客と話しながらだ。


「何食べてるんだ、夕食前に」

「いや、この店の串焼き、旨くてさ」

 見ると既に十数本が串入れに入っている。

 レモン水も数杯開けているようだ。

 酒ではないのでまだいいというべきだろうか。

 それともライバーの年齢を察して酒はあえて出さないでくれているのだろうか。


「おっちゃん達からここの普段の村付き冒険者の話を聞いていたんだ。熊の獣人と猫の獣人、普人2人の4人組でさ。大物狩りは得意だけれど小物は苦手だってんで、この季節はレマンツの奥地へ大物狩りに行っているんだと」


「確かに強くて頼りになる事はなるんだよ。魔熊なんて出てもあっさり片づけるしさ。だが4人ともどうも大雑把でいけない」


「そうそう山魔リスとかは狩るの下手でね。狩ってもぐちゃぐちゃにしてしまうから肉や毛皮が入ってこないんだよ。だから毎年この季節は代理さんを頼むんだと。そうすると途端に旨い魔獣の肉が出回る訳でね」


 ライバー、完全に店やおっちゃんらと同化していやがる。

 何だかなあと思う反面感心もする。

 少なくともライバーには獣人も普人も関係ないようだ。

 その辺俺は難しく考えすぎなのかもしれない。


 でもそれなら何故差別だの迫害だのが起きるのだろうか。

 何故教会はそれを助長するような教えを説いたのだろうか。

 でもとりあえず今はライバーを回収しよう。


「帰るぞライバー、そろそろ飯だ」

「でもここの串焼きが旨くてさ。特に軟骨串、このコリコリ感がいいんだよな」

 仕方ないな。


「なら土産ついでに包んでもらおう。ライバー、30本位買って帰ろう。金は出す。おすすめを注文してくれ」

「ハンスの驕りなら任せろ。それじゃおっちゃん清算、あと別会計で軟骨串12本、カシラ串12本、背肉串12本お願い」


 30本と言ったのに36本も買っている。

 わざとなのか計算ミスなのか。

 でもまあいいか。

 そう思いつつ巨大な葉っぱで包んだ串焼きの包みを受け取り、小銀貨3枚と正銅貨6枚を支払う。

 アルコール気は無いのに出来上がり気味のライバーをつついて家へ。

 

 本当は難しい事は何もないのかもしれない。

 でも俺にはわからない。

 そんな風に頭の中で思いをぐるぐると行き来させながら。

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