65 本来の作業

 角山羊6頭がいる岩場にあと50腕100m程度まで近づいた。

 目の前にある1腕2m程度の岩を登れば同じ高さになる。

 隠形魔法と気配隠匿魔法を使ってもこれ以上近づくと察知されてしまうだろう。


 俺はミリアに伝達魔法で伝える。

『山羊は6頭だ。それでは作戦を開始する』

『わかったわ』


 それでは始めよう。

『ライバー、作戦開始だ。一気にジャンプで上へと出て追い立てを開始してくれ。俺は山羊が他の方向へ行かないよう、風魔法等で多方向から追い立てる』

 今のライバーの体力なら2腕4m位は飛び上がれる。

 無論身体強化をしてだけれども。


 ライバーが頷く。

『では頼む』

 ライバーが自分に身体強化の魔法をかけ、飛び上がる。

 俺も同時にジャンプし、風魔法を左右に放った。


 シャッ、シャッ、ザザザザザ、ザワザワザワ……

 左右の草木が風魔法で動き音を立てる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 ライバーが大声で吠えた。


 角山羊が一気に動き出す。

 既に見えないが魔力探知で様子はわかる。

 予定通り谷を登っていったようだ。

 あとは向こうで待機している皆さん任せ。

 俺達の仕事は終わりだ。


「じゃ帰るか」

「だな」

 俺達は獣道を通り、岩場を三点確保でのぼり、飛びあがったりして移動。

 何せ山羊しか通らないようなところだ。

 まともな道は無い。


「何気にこっちもきついな。ところで上の方はどうだ?」

「もう終わったようだ。6頭とも倒した」

 2頭は弓で、残り4頭は罠と魔法で。

 魔力探知で状況はわかっている。

 

「なら戻るだけか。これだけ準備して苦労して、実際の討伐はあっという間だな」


「狙ったものを倒すなんてそんなものだ。今回はそれでも半日で済んだ。これが熊とかの害獣なら数日がかりなんてのも珍しくない。行動パターンを分析して罠を仕掛けてなんてやる事もあるからな」


 ライバーはうえっという顔をする。


「いつもの平原のように出てくるのを倒せばいいのとは違って面倒なんだな」

「小さい村はエデタニアと違ってフリーの冒険者がほとんどいない。だから村付きにして衣食の面倒を見る代わり、面倒な依頼もやらなければならない訳だ」


「でもここは特殊な村なんだろ。普通の小さな村もそうなのか」

「そんなものらしい。そんな中ではこの村の待遇はいい方だろう。家が立派だし食事も支給がしっかりしている。村が貧しいとその辺が怪しくなる」


 この辺は本で知った知識だ。

 実際に経験した話ではない。


「ならやっぱり、エデタニアのような大都市近郊の方が楽だな」

「その代わり生活費が高い。家賃も食費もかかる。だからほぼ毎日討伐なり依頼仕事なりをしなければならない。雨が続くと生活が苦しくなる。雨の日は迷宮ダンジョンも混んだり魔獣が少なくなったりするから」

 

 そんな話をしながらよいしょよいしょと戻っていく。


 作戦開始の場所から4半時間15分かけてやっと待ち合わせの場所へ戻った。


「遅かったわね」

 そう言わないでくれミリア。


「人間は山羊の通る場所を歩くように出来ていない」

「まあそうだけれどね。こっちは片づけ終わったわ。使わなかった罠も全部潰し終わったし」

「なら後は帰るだけだな」

 いやライバー、それは甘い。


「何を言っているのよ。これからが本当の討伐の時間よ。この村より上から来る魔獣の討伐が本来の私達の仕事よ」


 そう言うと思った。

 俺は山羊を6頭も討伐したのだからもう今日は終わりにしていいと思う。

 でもミリアは俺より真面目だしある意味融通が利かない。

 それに時間もまだ昼前だ。

 ついでに言うと昼飯を作る準備も持ってきている。


「少しは休ませてくれ。その崖を登って疲れているんだ」

「現場に行ってから休むわよ。今日は初日だし、どんな場所なのか実際に確認した方がいいわ」

 正論だけに逆らいにくい。


 仕方ない、少しサービスしてやるか。

「回復魔法を軽くかけておこう」

 生命系はあまり得意ではないのだがこの程度なら問題ない。


「ありがたい。でも回復魔法は確かに歩けるようにはなるけれどさ。疲労感はとれないんだよな」

「そんなもんだ。諦めろ」


 自分にも回復魔法をかけ、俺達は歩き出す。

 なお狩り場はここより更に上方向だ。

 先程の崖と違い村の中経由。

 だから一応道はあるけれども。

 

 上に向かうとすぐにわかる。

 確かに今日中に来て正解だったようだ。


「多いね、小さい気配ばかりだけれど」

「だな」

 牙ネズミよりやや小さい気配を大量に感じる。

 

「気候が良かったしね。これはすぐ増えるのよ。特にこの季節はね」


「これも牙ネズミなのか?」

 モリさんの台詞にミリアが首を横に振る。


「山魔リスよ。尻尾が小さいしネズミに似ているけれどリスの一種らしいわ。山岳地域に多いのよ。大きさは牙ネズミよりやや小さくて、岩場の隙間とか土に穴を掘ったりして生息している。

 この季節はあっという間に増えるから3日に1度は退治しないとならないんだけれどね。この状態だと1週間くらい放っておいたみたい」


「詳しいんだね」

「ここではないけれど山岳地帯でそう聞いたわ。討伐を手伝った事もあるし」

 

 そう言えばミリア、ゼネガ山脈越えで密入国したと言っていた。今の山魔リスの話もその頃の話だろうか。


「どうやって狩れば一番手っ取り早い?」

「私の場合は水魔法で周りを濡らした後に雷魔法ね。ある程度顔を出してからかけないと回収が大変だけれど。でもハンスがいるなら氷属性魔法の方がいいと思うわ。小さいけれど肉は美味しいし毛皮も使えるから」


「ならライバーに盾を持って立ってもらって、向かってくるのを冷却魔法だな」

「それがいいわね。そうすれば肉も毛皮も傷なく回収できるわ」


 山魔リスは先程の角山羊と違い小さくとも魔獣。

 だから人間を認識すると勝ち目がなかろうと襲い掛かってくる。

 その分危険ではあるが討伐は楽だ。


 村の端まで来た。

 土魔法で作ったと思われる防壁が横方向に伸びている。

 下の防壁と比べると段違いに頑丈だ。

 つまり下からより上からの方が脅威が多いという事だろう。

 そしてその向こうにはカベック以上の密度で魔力反応がある。


「ライバー先頭で次は俺、あとはモリさん、ミリア、アンジェ、フィンだな。基本的に出て来た魔獣は先頭のライバーと俺で倒す。モリさんは回収、ミリアは横方向確認と魔法攻撃、アンジェとフィンで後方警戒を頼む」


「俺は盾でいいのか」

「ああ。扉は俺が開けるから盾を構えてゆっくり前進してくれ。出て来たのは俺が魔法で倒す。盾にぶつかってきても気にしないでいい、いつもの半分以下の速さでゆっくり歩いてくれ」

「わかった」


 一列になった後。俺はゆっくりと門扉を開く。

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