64 作戦実施準備

「ハンス。なんで下の地面じゃなくて岩壁に罠の魔法陣を描いているんだ?」

 初歩的な質問がライバーから出る。

 質問をするという事そのものは悪い事ではない。

 疑問をそのままにしているよりよっぽどましだ。

 だから面倒くさがらずに教えてやる。


「山羊の類は平らな場所より岩場とか尖がった場所を好んで移動する。だから下よりもこういったとっかかりのある岩壁に魔法陣をしかけておいた方がいい」

「そんなものなのか」

「そうらしいよ。僕も本でしか知らないけれど」

 フィンは予習済みのようだ。


「それで山羊はここの岩場の下の谷にいるんだろ。わざわざ上の此処へあがってくるのか?」

「山羊とはそんなものだ。逃げる時に上へ上へと逃げる」

「俺だったら下へ勢いつけて逃げるけれどな」

 そんな事を話しながら罠である魔法陣を描いていく。


 実際の作業は、

  ① 罠の場所を俺が選定する

  ② ライバーが魔方陣を描く場所を平らに削る

  ③ 俺かフィンで魔法陣を描く

という形だ。


 なお女子3人も同じ要領で別の場所に魔法陣を描いている。

 何せ追い立てても予定通りの場所に逃げてくれるとは限らない。

 だから幾つも罠を仕掛けておく訳だ。

 今回は合計12個。


「すげえ面倒だよな。魔獣退治って、いつもやっているような方法じゃ駄目なのか?」

「村付きの冒険者だからね。要望第一でやらないと」

「あの魔獣牽引トレインのように引っ張ってはこれないのか」

「角山羊は厳密には魔獣じゃないんだよ。魔力を持っていて角がある山羊だけれどね。だから人を見ると襲ってくるんじゃなくて逃げるんだよ。足が速いからまず捕まらない。だからこうやって罠をしかけたり追い立てたり、魔法を使って待ち伏せしたりする必要がある訳」


 フィンはその辺全て理解しているようだ。

 ライバーにそんな説明している。

 女子の方でもモリさんとアンジェが同じような会話をしているのだろうか。

 そう思いつつ何とか最後の魔法陣を仕上げた。


『どう、そっちは?』

 伝達魔法でミリアが聞いてくる。


『今、完成した』

『なら合流するわよ』

『わかった』

 なら行くか。


「フィン、ライバー。向こうも罠を完成させたそうだ。合流する」

「わかった」

 合流場所はフィンとモリさんが待機する予定の岩場の上だ。

 そこなら現場全体がほぼ見渡せる。

 えっほえっほと三点確保で岩場を這い上って無事到着。

 女子3人は既に到着していた。


「それじゃハンス、作戦の説明は任せるわよ」

 今回は俺が説明担当らしい。

 仕方ないので説明を開始する。


「今、角山羊はここの岩場から西側に二段降りたところにある岩場にいる。あそこは地形的に人間も猛獣も近づきにくい。水もあるしそこそこ草も生えている。だから当分はそのままだろう」

 これが前提条件だ。


「これから俺とライバーが大回りして、谷側から角山羊に近づく。角山羊は魔力こそあるが魔獣ではなく草食動物だ。だから気が付けば反対側へと逃げ出す。


 山羊一般の習性として、より細いところ、より高いところを選んで移動する習性がある。これは逃げる場合に特に顕著だ。つまり逃げ出した角山羊は岩伝いにより細く高い足場を狙うように移動する筈だ。


 まずはここで岩の上からフィンとモリさんに弓で狙ってもらう。注意点はひとつ。山羊が岩場の下を通り過ぎてから矢を放って欲しい。そうしなければ山羊が引き返してしまう恐れがある。そうすると仕掛けた罠が役に立たない」


「向かってくる方が楽なんだけれどな。わかった」

 フィンも大丈夫そうだから次へ。


「ここからはミリアとアンジェの役割だ。弓ではせいぜい1~2頭に当てるのがやっとだろう。そこで罠をどう使うかはミリアに任せる。アンジェはミリアの指示に従ってくれ」


「どういう事だ?」

 ここで聞いてくるのがライバーの良い点であり悪い点でもある。

 素直だが自分で考えない。


「その時次第で判断という事よ。片方に4匹以上行った場合は直撃よりも早めに罠、それも爆発系の方を起動させてこっちに山羊を戻す方がいいわ。行ったのが3匹以下なら冷凍系の罠を使って動きを止めて狩ればいいし。わかった?」

 まさにそういう事だ。


「それじゃ角山羊が動く前に仕掛けよう。こっちは頼む」

「どれくらいで開始?」


 これから角山羊達の処まで迂回する時間を考える。

半時間30分というところだろう。仕掛ける直前に伝達魔法を入れる」

「わかったわ」

「では行ってくる」


 俺とライバーは岩の上を出発。

 今度はロープでさっさと降りる。


「こうやって下の谷に一気に下りれば楽なんだろうけどな」

 歩き始めて早速ライバーがそんな事を言った。

 気持ちはわかる。

 角山羊の現在地はこの下の谷部分。

 だがこちらへ追い立てるのだから相手の背後まで大回りする必要がある。

 ぐるっと下に回り、谷へ降り、そこから登る形だ。

 遠いし高低差もあるし何気に結構きつい。


「こういう役目はクーパーがいれば任せるんだけれどさあ」

 ライバーが更にそう言ってため息をつく。


「諦めろ。今のパーティメンバーなら体力系は俺とライバーの仕事だ」

「でもこういう場所は俺向きじゃないぞ。身軽系だろ、本来は」

「身軽系の体力系はうちにはいない」

 確かにクーパーがいれば適役だっただろう。

 魔獣の気配がわかるし身軽で足も速いから。


「でも実は俺よりミリアの方が適任なんじゃないか」

 確かにミリアの方が身軽だし、進化種スペルドだから体力もある。

 本気になれば角山羊と同等以上の速さで追いかける事も可能かもしれない。

 だがその案には重大な欠点がある。


「ライバーが見えない山羊の位置を把握して、遠隔で罠の魔法陣を起動できる魔力を持っていれば可能かもな」

 そんな事を出来るのはミリアか俺、訓練すれば出来る可能性があるのはモリさんとフィン。

 前衛業専従で脳筋一直線のライバーとアンジェには無理だ。

 そしてアンジェとライバーではどう考えても体力作業はライバー向け。


「持って生まれた不運という奴か」

「諦めろ」

 そんな話をしながら何とか予定の場所にたどり着く。

 角山羊はあの場所から移動していない。

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