60 夏休みのお仕事決定

 気になる事は色々ある。

 シャミー教官は俺が獣人だという事に気づいているのではないかとか。

 何故獣人の村の依頼をシャミー教官が受けているのかとか。


「獣人の村って、危ないとか無いんですか」

「そんな事ないわよ」

 アンジェの質問はミリアに即座に否定される。

「むしろ下手な普人より安全よ。今までの私の実感だけれど」


「基本的には普人も獣人も相手次第です。いい人もいれば悪い人もいます。今回の村は基本的に心配はありません。村長代理も獣人ですが私の古い知り合いです」

 古い知り合いか。

 どれくらい古い知り合いか微妙に気になる。

 シャミー教官は年齢不詳だし、獣人は概ね普人より長生きだし。


「ただ普通の村と少し違うので、通常には無い条件があります。その村の存在及び位置を誰にも教えないことです。普人の国は往々にして獣人の人権を無視した行動を取りがちです。犯罪に巻き込まれる可能性も普人より高いです。その為村の所在地だけでなくその村が存在することそのものも部外秘としています」


「それを私達に言っていいんですか?」

「まだ村の名前も場所の詳細も教えていませんから」

 なるほど。


「難易度的にはこのパーティなら問題ありません。注意しなければならないのは村の存在を秘密にする事くらいでしょう。買い出し等の任務の際に村の存在や名前を出さないのは勿論ですが、それとなく村の所在を聞いてくる者もいると聞いています。その辺だけは充分気をつけてください。

 依頼の期間は7月3日から最低2週間で、双方の合意で更新可です。ただし最長でも8月20日までとします。こちらでもやりたい事はあるでしょうし」

 なるほど。


「また何かここエデタニアで心残り等があれば私がある程度代行しましょう。先程お話しした用件の為、私はほぼ毎日この街にいますから」

 これならモリさんも安心できるだろう。

 案外、教官はモリさんが食糧等を運んでいる事を知っているのかもしれない。

 シャミー教官なら正直知っていてもおかしくない気がする。

 何というか底知れない人だから。


「他にこの依頼の件で他に聞きたいことはありますか?」

 これは依頼受領の勉強を兼ねているのかな、そうふと思う。

 でも俺としては特にこれ以上質問する事項を思いつかない。

 ミリアも、そして他の皆も同じようだ。

 なら確認だけしておこう。


「確認します。

 場所はここから高速馬車で2日かかるセラニア山地付近の村。

 内容は村つき警戒で、買い物等の雑用ありで期間は2週間以上8月20日まで。

 居住できる家の無料貸与あり。食材配給の上自炊。他に出るのは交通費のみ。

 付近の魔獣や魔物は平常時のパトレス大平原と同等程度で問題はない。

 特記事項として村人は普人と獣人混合。村の名前と所在、存在そのものを他に教えない事。

 こんな感じでしょうか」


「そうですね」

 シャミー教官は俺の台詞に頷いた。

「勿論今すぐ回答というのは無理でしょう。ですのでパーティ内で相談の上、明日のこの時間までに決めて下さい。ただし他の人に相談するのは無しでお願いします。この村の事は秘密にしておきたいので。それでは、また」

 教官は席を立つ。

 ただ範囲秘匿ストリ・セクラの魔法はそのままだ。

 つまりこの機会に相談しておけという事らしい。


「さて、どうする。皆の意見を聞きたいのだけれど」

「その前にミリアはどう思っているんだ?」

 ライバーが尋ねる。


「私は問題無いと思うし行きたいと思うわ。気になるのは全員がちゃんと秘密を守れるかどうかだけで」


「ハンスは?」

「これが他の人からの依頼なら断るべきだろう。ギルドを通した依頼ではない上に秘密の事項が多すぎる。依頼を持ってきた奴に騙された場合どうなるかわからない。

 だがシャミー教官は信頼して問題ないだろう。経歴や能力に微妙に疑問が残る部分もあるけれど。

 その上で、内容としては悪くないと思う。だから行くに一票だ」


「なるほど、ギルドを通さない依頼の場合、騙されるという可能性もある訳ね」

 アンジェが頷く。

「それで獣人がいる村で村長代理も獣人というのは問題無いと思う? いや問題無いとミリアもハンスも思っているんだよね。ひょっとして2人とも獣人の知り合いがいたり、実際に会った事があるの?」


「私はそうよ。獣人の方にお世話になった事もあるし、獣人の友達もいるわ。その辺詳しいことは言えないけれど」

 獣人の友達って俺の事じゃないよな。

 その辺今聞ける状況では無いけれど。


「俺も似たようなものだ。やはり詳細は言えないが」

 俺自身についてはこう言うにとどめておく。

 ミリアの目が微妙に笑っているのは無視だ。


「なら私も行くに賛成かな。2人が両方そう言っているなら問題無いと思うし」

「僕も行ってみたいかな。どんなところか興味もあるしね」

 アンジェとフィンは行きたいと。


「俺も行くに賛成だな」

「ライバーは特に口に注意よ。この話をどんな状況でも出したら駄目だからね」

 いきなりミリアにそう言われてしまう。

「それは充分気をつける」


「あとはモリさんか」

「モリさんはひょっとして、あの件が気になるの? ならシャミー教官にお願いしてしまえばいいじゃない」

 あの件とは当然貧困街スラムの子供達の件だろう。


「そうなんだけれどいいのかな、教官に頼んで。あんな場所だしさ」

「問題無いと思うわよ。モリさんがどう見ているかはわからないけれど、シャミー教官、とんでもない人だから。並の冒険者なら歯が立たないし、その気になれば私以上に完全に気配を隠してあそこまで行くことだって出来るわよ」

「でもあんな場所だし」

「そんな事気にするような人じゃないわ。ハンスもそう思うでしょ」

 俺にふってきた。


「同感だ」

 それだけ言っておく。

 実際大丈夫だし、むしろふってくれと教官本人が言ったような気もするし。


「なら賛成だな。この前の訓練を除けばエデタニアの外に出るのははじめてだ」

「全員賛成ね。あとこの件で気になる事はある?」


「何を持って行けばいいのかとかそれくらいかな。でも向こうには確か家があるんだよな」

「布団や家の備品については明日、教官に直接聞けばいいと思うわ。それ以外についても基本的にこの前の訓練と同じだと思うけれど、念の為に皆で聞いてみましょ。それでいいわね」


 俺を含めて全員が頷く。

 俺自身も楽しみだ。

 獣人と普人が一緒に暮らす村か。

 どんな村なのだろうか。

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