58 実習最後の日に

 本日は荷物運搬任務の実習。

 自在袋の束を持ってエデタニアに帰るだけの簡単な実習だ。

 コースも自由に選んでいい。


 今回の荷物運搬任務は俺達のパーティ単独。

 天幕で話し合った結果、帰りも行きと同じ海沿いコースを取ることに決定した。

「あの魚の料理が美味しかったよな」

「ああ、出来ればもう一度食べたい」

「魚の料理は滅多に出来ないから嬉しいんだな」

 コースを選んだのはそういう食欲的な理由だ。


「それにしても昨日は俺っちにしてみれば空前絶後の稼ぎだったぜ。前からのパーティも毎回こんなに稼いでいるのか?」

「そうでもないさ。俺にしても最高額だ」

「1年遊んで暮らせるかな」

「せいぜい3か月だろ」

 クーパーとライバーがそんな事を話している。


 昨日の稼ぎは全部で正金貨20枚1千万円を超えた。

 そのうち6割は翼竜のおかげだ。

 ただはぐれオーク、戦鹿ワーディア魔小猪イベルデミボア、横縞蛇なんてあたりも何気に買取は高い。

 更にエマの薬草も馬鹿にならない額となっている。

 俺としても今までにない収入だ。

 この冒険者学校にいる限りあまりお金は使わないのだけれども。


「それで魚獲りは何処でやる?」

「まだ岸に近くて深そうな場所が無いね。もう少し様子を見ようよ。途中まで無かったらハロミド川の橋下流あたりで。情報本ではあの辺に多いって書いてあったから」

 実習というよりいつもの討伐と同じような感じだ。

 もっとも荷物運搬任務なんてそんなもの。

 俺が持っている模擬荷物を落としたり無くしたりしなければ問題はない。

 本日夕方5時までに着けばいいだけだから余裕もかなりある。


「おっと、あの岩場の先の浜、いい感じに気配あるぞ」

 クーパーが気付いたようだ。

 確かに海の中に多数の魔力の反応を感じる。

 だがあの槍ダツとは少し違う気がした。

 これは注意した方がいいだろうかと思ったところで。


「訂正、ちょい違った。動きと魔力の大きさ的にあの槍ダツじゃねえ」

 自分で気付いたようだ。


「動きとか魔力の大きさはどんな感じだ?」

「槍ダツよりかなりでかいなあ。魔小猪イベルデミボアくらいある感じだ。海底でほとんど動かない」


 ケビンとクーパーのやり取りを聞いたフィンが頷く。

「ならデビルフィッシュオオタコの小さめの奴かな。電撃魔法が無いと倒すのは厄介だって書いてあった。剣や槍で戦おうとすると長い触手で水の中に引っ張り込むって。強力な吸盤があって死なないと取れないから接近戦はやめた方がいいって」


「それって食えるのか?」

「デビルフィッシュは下拵えが面倒なんだな。でも美味しいんだな」

 クーパーとショーンのそんなやりとりを経て、全員の視線が俺に注がれる。

 ミリア達のパーティと違い、こっちで攻撃魔法が得意なのは俺だけなのだ。

 仕方ない、サービスしてやるか。


「わかった。何とかする」

「獲ったら塩が大量に必要なんだな。その場で塩でこすってヌメヌメを落とさないと生臭くなるんだな」

「それは僕がやるよ。まずハンスがデビルフィッシュを獲ってからだけれど」

 フィンは金属加工の要領で熱魔法も使う事が出来る。

 攻撃魔法にはならないけれど、火力そのものはかなり強力だ。


 さて、それではデビルフィッシュを獲るか。

 海に近寄ると海底付近から魔力がもぞもぞ近づいてきた。

 確かに魔小猪イベルデミボアくらいの大きさがある。

 攻撃される前に倒すとしよう。


 ミリア程ではないけれど俺もある程度の雷属性魔法は使える。

 だからゆっくり浮き上がりかけた処を狙って一発。

『球雷!』

 一発目で動きが鈍くなったがまだ倒れない。

 海中だから魔法の効きがかなり悪いようだ。

 だから続けて5発程バシバシとかける。

 他の魚が浮いてきたのはまあ仕方ない。

 水属性魔法でまるごと集めて浜に引き寄せて回収する、が……


「この化物、本当に食えるのか」

 出てきたのはまともな生物とは思えない異形だった。

 一応俺も情報本で形は知っていたのだが、実際に見ると予想以上に化物だ。


「これが美味しいんだな。それではフィン、頼むんだな。あとこの魚も調理するから自在袋に仕舞っておくんだな」

 魚の方は手のひらを広げた位の全長と小さいが普通の魚だ。


「ここで下拵えするのかな?」

「早いほうがいいんだな」

「なら待っていてね」

 フィンが自分の自在袋からインゴットを取り出し、大きめの鍋に変化させる。

 それで海水を汲んでは魔法で蒸発させを数回繰り返して、ちょい濁った塩が大量にできあがった。


「料理にそのまま使うにはちょい雑味が多いけれどこれでいいかな」

「充分以上なんだな。あとこのデビルフィッシュが余裕で入る位に大きな寸胴があると嬉しいんだな」

 ショーンはそう言いつつも既にデビルフィッシュの解体を始めている。


「わかった。すぐ出すよ」

 フィンは鍋釜類をインゴットの形で持ち歩いている。

 必要がある度にインゴットから魔法で作り上げるという方法論だ。

 こうやって節約した自在袋の容量で翼竜を倒したあの特殊弓を持ち歩いていた。

 だから大きさや形はその都度最適なものを用意できる。


「これでいいかな」

 人が余裕で入りそうな寸胴鍋ができあがった。

「これがあると楽なんだな」

 ショーンは内臓を取ったデビルフィッシュを寸胴鍋へ入れ、更にフィンが作った塩を上から全部入れる。更に氷魔法を使って寸胴内部に細かい氷を大量に作る。


「ここからは力と魔力任せなんだな」

 自分の自在袋から取り出した料理用の金属棒でかき回しはじめた。

 力だけでなく魔力でも複雑な力をかけているようだ。

 それにしてもこれで攻撃魔法が使えなかったというのはどう考えてもおかしいよなと思う。

 それだけの魔力を氷魔法とかき混ぜ用に使っているのだ。


「これであの化物も食べられる訳か」

「薄く切って食べると独特の歯ごたえで美味しいんだな」

「ならここで昼食でいいよね」

「もとよりそのつもりなんだな」


 かき混ぜまくった後は魔法で洗って、大部分は自在袋に仕舞って、太い脚3本だけ取り出してささっと切る。

 ついでに獲れた魚も捌いてささっと調理。

 こういった海系のものはショーン以外調理のやり方を知らない。

 だから結果として全部任せてしまう事になる。

 でも本人はそれを気にする様子もなくむしろ楽しそうに調理をしまくる。


 半時間30分程度であんな化物がベースとは思えない綺麗な料理が完成した。

「今日は最終日だから予備食糧も放出なんだな」

 そう言いつつ出てきたのは4種類。

  ○ タコと魚のカルパッチョ風サラダ

  ○ タコの唐揚げ

  ○ タコとその辺の貝と魚のスープ

  ○ パンペルデュのサンドイッチ

   (※堅パンを甘くないフレンチトースト化してサンドイッチに使ったもの)

 品数は少ないけれど美味しそうだ。


「デビルフィッシュは熱を通して食べやすくしたものと生を薄切りして噛み応えをたのしむのと両方サラダに入れたんだな。その辺は各自で比べて欲しいんだな」

との説明の後、昼食開始。

 

「この揚げたの、無茶苦茶旨え!」

 揚げたものは確かに食べやすいし美味しい。

 塩味でそのまま食べてもいいしレモン汁をかけてもいい。

 サンドイッチにたっぷりの野菜と一緒に入っているのも悪くない。 

 というかどれも食べると美味しい。


「これ、メラニーやアンジェ達が知ったらずるいって言うだろうな」

 にやにやしつつケビンが言う。


「残りはとってあるんだな。今日の夜か明日の昼、休養日に食べればいいんだな」

「確かにそうだけれどさ。でもあんな化物がこんなに美味しくなるなんてよ」

「本当だよね。僕も始めて食べるけれど止まらなくなりそうだよ」

 そんな話をしてふと気づく。

 この実習パーティも今日で解散だという事を。


「この実習が終わったらどうするんだ?」

 何とはなしに聞いてみる。


「その辺は昨晩メラニー達と話し合ったんだけどさ。俺っち、ショーン、ケビン、エマ、メラニー、ケイトの6人パーティで当分活動しようと思うんだ」

 おっと、そういう方向性になったか。


「ケビンもそれでいいのか。元々は単独派だろ」

「ああ。でもこのパーティでの経験で単独派の限界も感じるようになった。仲間がいるのも悪くない。だから暫くはパーティで動こうと思う」

 なるほど。


「ショーンもそれでいいのか」

「パーティなら街の外に出る事が出来るし、料理素材にも困らないんだな」

「ショーンも牙ネズミや牙ウサギ、ゴブリンまでなら頼りになるしなあ。あのフライパンメイス、何気に無敵だしさ」

 確かにゴブリンならあれ一発でまず倒せる。


「何ならまだ12人パーティでやってもいいんだけれどね」

「そうだよな。せっかくお互いわかるようになったんだしさ」

 フィンとライバーの台詞に俺も頷く。

 これで別パーティかと思うと少し寂しい。


「それも考えたんだけれどなあ。このパーティと一緒だとつい自分の実力を間違ってしまいそうでさ」

「翼竜を倒した後の感覚でついはぐれオークなんかも相手にしてしまった。でも本来の俺達のレベルはまだそこまで行っていない。だからこれからしばらくは地道にやっていくつもりだ」

 確かにその考え方は正しいと思う。

 モリさん達に対しては俺やミリアが少しばかりやり過ぎてしまった気がするし。


 行きと違い自分たちのペースで歩けるから割とのんびりだ。

 このペースでも予定時間には余裕をもって間に合うだろう。


「ただまだ料理の材料は残っているんだな。それに休養日の遠出なんかは途中まででも一緒の方が気が楽なんだな」

「ああ、その時は宜しく頼む。ミリアやアンジェも喜ぶだろう」

 奴ら予想以上にショーンの料理に固執していたからな。

 でも確かにこれが食べられなくなるのは結構痛い気がする。

 以前は学校で出される食事もかなり美味しいと感じていたのだけれども。


 こうやって普人社会に毒されていくのかなとふと思う。

 獣人社会はこんな複雑な料理の文化なんて間違いなく無かった筈だから。

 でもそれが悪いとは思わない。

 生きていく上で絶対必要だとは言い切れないけれど、こういった事もまた豊かさとしてあっていいと思うのだ。


 ふと思う。

 メディアさんはこういった豊かさというものを俺に教えたかったのだろうか。

 それともあの人が意図していた事はまた別の事なのだろうか。

 まだその辺は俺にはわからない。


 でも焦る事は無い。

 まだ冒険者学校は1年半以上あるのだ。

 その中でメディアさんの意図について、ゆっくり考えてみるのも悪くない。

 少なくとも今の俺はそう思う。

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