53 自覚は無かったのだけれど

「でも翼竜ってどうやって倒すんだ?」

 ライバーの素朴な疑問から議論は始まる。


「基本的には大型弩砲バリスタよね。皮が厚くて普通の弓矢では傷を負わせるのは無理よ。ハンスかフィン、まさか大型弩砲バリスタは持っていないわよね」


 俺は首を横に振る。

 ミリアの言う通りだが、バリスタなんて大物を持ち歩く奴はいない。

 あの自在袋を使用不可の今、余分な武器も持ち歩いていないし。

 しかしだ。


「バリスタは流石に無いけれど、空中の敵を狙えそうなものはあるよ」

 フィンが予想外の事を言う。待ってくれ。自在袋の容量が足りないというのに何を持ち歩いているんだ。


「どんな物だ?」

「ケイト達に渡した自衛武器の強力版だよ。弾をより大きくて長い鉄の塊にして、本体もより長くより頑丈にしたもの。その分腕力と魔力が必要だからね。ハンスかミリアでないと使えないと思う。僕の腕力と魔力では試射がやっとだった」


「俺じゃ駄目か」

 ライバーの質問にフィンは首を横に振る。

「射る時に微妙な魔力調整が必要なんだ。最大限に威力を発揮するには水属性、火属性、風属性3種の魔法を同時に使う必要があってね」


「でもミリアの腕力で大丈夫なのでしょうか」

「ミリアは俺より腕力があるぞ」

「本当ですか」

「ああ」


 ケイトやエマ等新しいメンバーがライバーの台詞に目を丸くしている。

 甘いな君達、ミリアは進化種スペルドだから腕力においても普人とはレベルが違うのだ。

 前からの面々は経験上、ミリアの腕力についても承知している。

 進化種スペルドという事は俺以外知らないけれど。


「なら現場に着き次第、試すわね。本当は今すぐ試したいところだけれど。ここは急いだほうがいいんですよね、シャミー教官」


「ええ」

 ミリアの問いにシャミー教官は頷く。


「地表が温まって上昇気流が出てくる前に想定の場所についておきたいですから。このペースで歩いてあと半時間30分程度で到着です。翼竜が出てくるのはさらにその半時間30分後以降になるでしょう」


「つまり障害になる近くの魔獣や魔物を掃除して、準備を整える時間はギリギリあるって事ね」

 完全にミリア、やる気満々だ。

 でも確かに気持ちはわかる。

 俺もそうだからだ。


「何か本来の討伐が、『掃除する』程度のニュアンスになってるような気がします」

 エマがそう言って苦笑している。


「俺っちたちが加わる前はこんな感じだったのか?」

 クーパーの台詞にモリさんが首を横に振った。

 

「いや、どちらかというと討伐特訓教室的な感じだった。まだE級で外へは薬草採りに行った程度の経験なのに、今日は1対1でゴブリンを倒せとか言われたりしてさ」

 そう言えばそんな時期もあったな。

 モリさんの台詞を聞きながら思い出す。


「あの迷宮ダンジョンの罠部屋、今でも夢に見るわよ。魔物がうわっと発生して数えられないくらい迫ってきて、もう駄目だって……」

「あの時は死ぬ気でとにかく目の前の敵だけを見るようにしていた。でも倒しても倒しても次が出てきたんだよな。そう言えばあの時、シャミー教官もいたよな」

「いたというか、教官が主犯だよね」

 アンジェとライバーはあの罠部屋の事がかなり印象に残っているようだ。


「僕はその前の魔力特訓の方が厳しかったかな。限界まで魔法を使ってもう駄目だと思ったところで無理矢理回復させられて、以降その繰り返しで……」

「あれもきつかった! 魔力不足でもう気力体力ともにボロボロ」

「確かにあれも酷かったよな。もう何もかも力尽きて灰になって意識を失ったて倒れたらハンスに起こされてさ。『さあ地獄の続きだ』って洒落にならねえ」


 そう言えばあの頃に比べれば今は楽しく訓練をしているよなと思う。

 でもこの辺の事をはじめて聞いた皆さんには別の思いがあるようだ。


「そんな厳しい訓練をしていたの……」

 メラニーの多少引いたような台詞にモリさん、ライバー、アンジェ、フィンの4人はうんうんと頷く。


「今はモリさんとフィンがリーダーだから大分マシだよね。無理はしないから」

「ミリアがリーダーだと出来るギリギリを狙うからなあ」

「失礼ね。ちゃんと安全を確保して最高効率で技量が伸びるよう考えてやったのよ」


 確かにその通りではある。

 でも今となっては少々ハイペース過ぎたかという気がしないでもない。


「確かにハンスやミリア的には余裕があったんだと思う。ゴブリンが切りつけてきてもぎりぎりで魔法で飛ばせるとかそんな感じでさ」

「でも討伐初体験でこれはかなり怖かったな。しかもぎりぎりまで引きつけろ、動くなってさ。今となれば理由もわかるけれど」


「でもそうやって実力がついてくると逆に今は物足りない感じも時々するのよね。フィンのおかげで装備もやたら充実したし」

 おっと、少し話の方向が変化したぞ。

 アンジェの今の台詞を聞いて思う。


「アンジェは元々魔法使いで後衛だったのにさあ。いつのまにか私と交代で前衛担当だもんな」

「だって前衛の方が楽じゃない。とにかく前の敵を倒せばいいだけだし、手応えもあるし」

「そうそう。前衛最高! この盾でガンガン突くのも楽しいしよ」

 モリさんに前衛2人がそんな脳筋的な前衛道を説いている。


「あと武器や防具がやたら充実するのもいいよね、このパーティ」

 アンジェ、今度はフィンに話を振った。


「僕としてはこのパーティ、新しく考えた武器や防具をすぐに試せるから離れられないんだよね。ほぼ毎日討伐やっているし」


「毎日!?」

 えっという顔をしてケビンが回りを見回す。

「普通は1日行ったら1日休むものでは……」

 メラニーも同様の表情だ。


「6人パーティだとそこまで疲れないからな。それに昇級試験の後からは雨の日は迷宮ダンジョンに行けるしさ」

「むしろそれ以前は雨の日の方が大変だったよね。あの魔力を極限まで使う地獄の訓練とか」

「でも毎日討伐に行けると小遣いは増えるよな」


 あ、新しいメンバーの皆さん、視線が何やら微妙な感じになってきた気がする。

 そして……


「なるほど。つまり翼竜が相手と聞いてもそれほど驚かないのは、そうやって慣れているからなんですね」

 エマのその台詞、何故か今まで以上に丁寧な口調だったように聞こえたのは気のせいだろうか。


「確かにそうかもしれないなあ。ミリアの無茶振りは毎度だったし、シャミー教官も迷宮ダンジョンで無茶振りしたしなあ。でもだからこそ、ミリアやハンス、シャミー教官が何とかなると言っているならかなり無茶な状況でも何とかなると思えるんだろうな。その辺の判断は信頼していいとさ」


「何かモーリ、随分変わったなあ。前は俺っちと同じで危険を感じる勘と逃げ足の速さが生き延びる武器だなんて感じだったのにさ」

「俺、いや私1人なら今でも同じだよ。相変わらず弱いしさ。でもこのパーティで組んでいればなんとかなるというだけかな」


「なるほどな」

 クーパーは頷いて、そして今度は俺に向かって尋ねる。

「それじゃハンスに聞くな。翼竜、このパーティで倒せると思うか?」

 その答えはまだ出せない。


「フィンの新兵器次第だ。本当は今すぐにでも試したいところだが、翼竜が与える被害を考えると現地に着く方を優先した方が良さそうだ。到着次第、実際に試して答えをだそう。それでいいか、ミリア」


「妥当だと思うわ」

 ミリアも同意見のようだ。

「本当はもっと急ぎたいところだけれど、この後の活動の事を考えるとこれ以上の速さで歩くのは愚策だわ。だから今のペースで進んで、現地についてからね」

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