第21話 野外遠征実習

? とある場所にて

 コンコンコン。

 扉がノックされた。


「はい」

「僕だよ」

 入ってきたのは褐色の肌に白くて長い髪の小柄な人物、ペレスだ。


「何だまたペレスか」

 読書をしていたメディアが本から視線をあげる。

「それで今度は何の用だ?」


「メディアが投入した駒、全然動きがないようだからね、ちょっと様子を見させて貰おうと思ってさ」


 メディアは顔をしかめる。


「だから人を駒扱いするんじゃない。それに奴がここを出てからまだ4半年3ヵ月だろう」

「でも動かない盤面を見ていても退屈だよね。だからちょっとだけ盤面にちょっかいを入れてみようと思ってさ。見た目動きがないけれど実際はどうなのかって」


「やめた方がいい。基本的に私達は直接タッチしないのが規則ルールだ。それはわかっているだろう」

 メディアはそう言って紅茶を軽く口に運ぶ。


「勿論僕が直接どうかする訳じゃないよ。僕がやったのはちょっとした気温の操作だけ。それだけだよ。

 結果的に季節風の流れがすこしだけ変わったかもしれないけれどね。例年ならゼネガ山脈の南側を通る気流が北側を通る程度に。

 更に言うとそのせいで明後日辺りモネ・カンパの翼竜が少し東に流されるかもしれないけれど、それは僕が操作したわけじゃない。僕はあくまで気温の操作をしただけで、そうなったのは偶然さ」


 はあっ。

 メディアは紅茶のカップをソーサーの上に置き、大きなため息をついた。

「やる前にイアソンに相談するべきだったな。もしそうしたら奴がそんな事をさせなかっただろうが」


「気温操作くらい僕の権能で問題無いよ」

 メディアは大きく首を横に振る。


「問題はその言い訳が彼女に通用するかだ。もし結果が彼女の望まない方向へ傾いた場合は覚悟を決めておいた方がいい。千日戦争サウザンズ・ウォーまで持ち込めればめっけものだ。そうなる前に潰される可能性の方が高いと思うが」


 ペレスは不審げな表情になる。

「あの辺を見ている亜神以上はメディアとイアソンしかいないよね。その上の存在がその程度で出てくる事もない筈だよ」


「上ばかり見ていると脚を掬われる。神殺しなんて言葉も事例も知らない訳でもないだろう」

「あの駒はまだそこまでの力はない筈だよ。うまくいってせいぜい賢者ってところじゃないかな」

「人を駒扱いしない方がいい。あと私は彼女と言った筈だ。彼ではなくてな」


 メディアは再び大きくため息をついて、そして続ける。

「中にはいるのだよ。その資格を持ってもあえて神とならず人のままでいる奴が。彼女もその一人だ」


「でも所詮人なんだよね」

「人を甘く見ないほうがいい。少なくとも私は彼女と事を構える事はしたいとは思わない」

「メディアともあろう存在ひとが弱気だね」

「わかっていないな」


 メディアは首を左右に振って、そして続ける。

「彼女が本気なら私が相手でも千日戦争サウザンズ・ウォーになる。人間ヒトは古来神殺しの技術も磨いてきた。彼女の力とその技術をもってすれば私とて本気にならねば勝ち目はない。双方本気で五分五分というところだ。更に言うと彼女は人であることを選んでいるだけ。その気になればいつでも選択肢を変える事も出来る。そうなった場合は私と同格だ」


 ペレスの顔色が変わる。

「なら今すぐ風向きに関与して」

「やめた方がいい。更に余分な事象を引き起こして彼女の怒りをかう可能性がある」


「で、でもメディアやイアソンの力を借りれば」

「神殺しの千日戦争サウザンズ・ウォーは当事者以外の存在が関与出来ないように設定できる。彼女が本気ならそうするだろう」

「それじゃ僕はどうすればいいのさ」


 そこではじめてメディアが別の表情を浮かべる。

 にやり、そんな感じでだ。


「これに懲りたらこういった出来心での介入はしない事だ。それにペレスが関与した事すら彼女の計算通りなのかもしれない。どっちにしろ今は事の推移を見守る事しか出来ないな。だから今は落ち着け」


「でも落ち着いてどうにかなるの?」

 メディアはふっと息をついてから口を開く。

「最悪の場合でも彼女にとりなす事くらいはしてやる。私と彼女とは古い付き合いだからな」

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