51 野営地にて

「何それ、ずるい」

 アンジェがそんな事を言う。


 本日の夕食はパーティごと、なのだが何故かうちは3パーティ合同だ。

 今日の訓練で一緒だったミメイ達の班とお馴染みミリア達の班である。

 更にブランカ教官、ナタリエさん、そして今日に関しては全く関係ない筈のシャミー教官までいる。

 理由は勿論ショーンの夕食だ。


「槍ダツってのはもっとないの?」

「昼にも食べたからこれが最後なんだな」


 槍ダツを使った料理は夕食では2品。

 生の身を野菜と一緒にしてオリーブオイルが混ざったソースをかけたもの。

 あと身をからっと揚げた揚げ物にさっとビネガー入りソースをかけたものだ。


 でも夕食序盤の争奪戦であっという間になくなった。

 おかげで今回は俺も食べられなかったくらいだ。


「このサラダに使っている生の、お昼も食べたの?」

 争奪戦の勝者の1人、ミリアがレタスと一緒に食べながら尋ねる。

「ああ。あとバターで焼いたのもあったな」

 そこでアンジェが冒頭の台詞を吐いた訳だ。


「魚なんて滅多に食べないのに」

「俺も実は初めてだ」

「私は前に食べたことがあるけれどこんなに美味しくなかったわよ。もっと生臭かったし塩味ばっかりで」

「私もそんな記憶があります。あと小骨が多くて食べにくかったような」

「サラダに使ったのは骨が取りやすい部分なんだな。小骨が多い部分は二度揚げしたからそのまま食べられるんだな」

「やっぱりずるいよね。お昼にこんなの食べていたなんて」


 アンジェのずるいがとまらない。


「あとはあの固いパンが柔らかくて美味しくなるのも驚きですよね。普通あれは黙って噛み砕くか、スープを浸して柔らかくするくらいしかしないのですけれど」


「基本的には同じなんだな。その後にバターで焼いたりするだけなんだな」


「あれ、今回は甘いバージョンはないのね」

「甘いのもあるんですか」

「私も食べた事がありません!」

「あれはおやつ用なんだな」

 シャミー教官まで生徒に混じってショーンの食事談義をしている。


 一方で、

「俺もショーンのように料理が上手くなればモテるかな」

なんて事をライバーが口にしていたりもする。


「あれは無理だよ。知識も真似できないけどそれだけじゃないよ。魔法も水風火3属性使いこなしているし。料理限定だけど」


「器用さもとんでもないよな。俺っちも解体とか得意な方だけれど、あれはちょっと真似できねーし。同年代で俺より上手いのモーリくらいだと思っていたけれど、奴より上手いしさ」


「腕力も見た目相当にあるよね。魔小猪イベルデミボアの解体やっている時に片手で持ち上げたりしているし」


「腕力だけなら勝負出来るんだけれどなあ」


 まあ確かに食事時はショーンの独壇場だよなと思う。

 実際美味しいしバリエーションも豊富だ。


 俺にとって料理の多彩さというのはかなり目新しいものだ。

 まず獣人村時代はそんなに食事に多様性があると思っていなかった。

 基本的に食べ物は煮るか焼くだけで味付けも塩かその辺の野草を入れる程度。


 メディアさんと住んでいた時代にやっと他の味付けも覚えた。

 それでも食べたメニューはせいぜい数種類程度。

 

 学校に来て、無料の夕食なのに毎回変わったものが出るのを見て驚いた。

 それまで油で揚げるなんて料理の方法をそもそも知らなかった。

 ミンチにして焼いたり揚げたりするような原型とあまり違いすぎる料理もパン以外には食べた事が無かった。

 味を楽しむなんて感覚が初めてわかったのも実は学校へ来てからだ。


 この辺は普人に特異な事なのだろうか。

 それとも人が集まった事からこういった生きるのに必ずしも必要とは思えない事まで工夫する余裕が出来たのだろうか。

 俺にはまだその辺はわからない。

 ただ美味しいというのが楽しい感覚のひとつである事は理解出来るようになった。

 

「料理もですけれど、天幕も随分変わった形をしてるよね、このパーティは。設営も随分簡単に見えたけれど、これで大丈夫なの?」

 ナタリエさんが今度は俺達の天幕に目をつけたようだ。


「設営も簡単ですし中も見た目以上に広いんです。あとは隙間風も少ないですね。あと風が強くても快適です。隙間風が少ないし倒れにくいですから」

「ちょっと中を見せてもらっていいかな」

「どうぞ」


 ナタリエさんがミリア達のテントに入っていく。

「凄い、これ壁と床が全部くっついているんだ。これだと虫とかも平気だよね。あと下の方の壁がまっすぐ上に向かっているから、端まで使える」


「私も見てみていいでしょうか」

「私も」

 結局一緒に食事していたグループのうち、俺達以外の皆さんが中へ入って確認しはじめた。


「何これ。中広い!」

「でもどうやって立っているの。柱の棒が見えないけれど」

「柱はしなる棒で、このすぐ外側をこうやって曲げて立っているの」

「それって折れないのかな」

「もっと小さいのを何回か使ったけれど大丈夫よ。万が一折れた時もこの金具をつければとりあえず使えるし」


 ミリアが小さいのを何回か使ったというのは、きっと強化習得レベリングで使った時の事を言っているのに違いない。


「えっ、小さいのもあるの? それってどれくらいの大きさ?」

「これは底面が六角形だけれど、小さいのは底面が四角形で一辺が1腕2m、高さが一番高いところで私の身長より低い程度」

「それって超便利じゃない。今持っていたら見せて欲しい」


「ハンス、今持ってる?」

 やはり俺用の天幕の事のようだ。


「学校に置いてきた」


「なら何処で売っているの?」


「僕が作った試作品なんです。正確にはハンスにかなりの部分、作るのを手伝って貰ったのですけれど」


「なら帰ったら見せて貰える? これあると凄く便利よ。女性冒険者なんか特に喜ぶと思う」


 おっと、何か予想外の方向へ話が進み出したようだ。


「どういう風に使うんですか」

 早速制作者フィンが質問する。


「商隊の護衛みたいな任務になるとどうしても男女混成になるじゃない。戦士は男性が多いし魔法使いは女性が多いから。

 でも天幕って普通は立てるのが大変だし場所もとるからどうしても一緒になる事が多いのよ。


 魔法使いの女の子って結構それが気になる子が多くてね。だから護衛任務で魔法使いを探すのって結構苦労する事も多いのよ。


 でもこれがあれば寝るのも着替えるのも女子専用の天幕で出来るじゃない。見たところ棒が長いだけで重さはそれほどないから自在袋に仕舞うなら問題ない。


 隙間風の問題がないのも大きいわ。特に女の子は冷えるの苦手な子が多いから。それにこれなら入口さえ閉めておけば指定場所以外でも足下に虫が、なんてのも無いしね」


 なるほど、そういう使い方をするのか。

 俺も思ってみなかった使い方だ。


「だから学校に帰ってからでいい。出来れば小さいのと大きいのを両方、それも出来れば複数欲しいな。何なら今ここで使っている奴でもいいから。


 勿論お金は払うし、商業ギルドに正式に考案登録もする。以降この方式の天幕を作ったら5年の間は考案料で市販価格の2割が入る。勿論手続きは冒険者ギルドの方でするから」


「凄い勢いですね、ナタリエ」

 ブランカ教官が苦笑している。


「だって今は魔法使いが足りなくて集めるの凄く苦労しているんですよ。優秀なのは大手商会に専任として引っこ抜かれちゃうし。

 だから商隊によっては従来の天幕を複数張って天幕完全男女別を売り物に護衛を集めたりするんです。そうでなくとも秋以降は天幕が寒いって女性冒険者の商隊護衛希望が一気に減りますから。


 それ以外でもこの天幕なら設営も楽で時間も取らないし、支えの紐が必要ないから何処でも張れるじゃないですか。風が吹くと支えの紐が外れて悲惨な事になりますよね、今までの天幕。そういう意味でも需要は多いです、間違いなく!」


 本当に凄い勢いだ。

 逆に言うとそれだけ必要性もあるのだろう。


「でも今、実物はここで使っている大型2つとハンスが使っている小型1つしかないですし、まだ耐久性や使い勝手も試している最中ですし……」


「なら今使っているその3つでいいから冒険者ギルドに貸して。勿論使用料は払うわ。その辺のテストは冒険者にして貰うから。実際こういうのが欲しいって子がいるのよ。


 そうね、この大型ならとりあえず使用料は1つ小金貨2枚20万円、小さいのはまだ見ていないけれど小金貨1枚10万円でどう?」


「もし試していただけるならハンスと相談して早急に新品をつくります。1週間もあれば2つずつ位は出来ると思います。でもまだどんな欠点が出るかもわかりませんし、テストもしていただくのにそんなに使用料をいただく訳には……」

 フィン、完全に気押されている感じだ。


「駄目よ。いいアイディアにはちゃんとお金を払うものなの。それにこれは冒険者ギルドで正規に扱う案件です。だからちゃんとお金は払うからね。なら早速帰ったら小さい方の実物も見せて貰った上で、1週間後に2つずつ納品して貰う。それでいい」


 フィンが何か助けを求めるような目で俺を見る。

 相談相手を求めているようだ。

 でも俺もこういう事態の経験がないしわからない。

 ミリアもフィンや俺と視線をあわせないようにしている。


「いい話だと思いますよ」

 答えをくれたのはシャミー教官だった。

「納期はともかくとして、話としては悪い話ではないでしょう。ただ今は実習中です。

 ですので実習から帰った後、この大きい天幕とハンスが持っているという小さい天幕を実際に見せて、その上でもう一度落ち着いて話をしましょう。何なら私も同席します。それでいいでしょうか」


 助かった。

 魔物よりこういう話の方が経験も無いし苦手だ。

 見るとフィンもほっとした顔をしている。


「そうですね。そう言えば今は実習中でした。これはいいと思ったのでつい興奮してしまって」


「でも確かにこのパーティ、面白いですよね。料理も装備も。今日の訓練は普通に終わったみたいですけれど、明日も楽しみです」


 うーん、明日は討伐訓練なのだよな。

 俺としては楽しみというか、予想外の事が起きない方がいいのだが。

 強いて言えば討伐訓練ならショーンの料理がまた充実するかなと思う位だ。

 それは確かに楽しみかもしれない。

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