35 迷宮の攻略実践中

 入口から入って階段を降りる。

 40段ほど降りると階段は終わった。

 そして幅1腕半3m、高さ1腕2m強、両側が土壁で下に歩きやすいようにか木の板が渡してある通路のような場所に出る。

 発光コケが壁に生えているのでそこそこ明るい。

 照明魔法を起動する必要は無さそうだ。


「ここからがラトレの迷宮ダンジョンの第1階層になります。基本的に一本道ですので索敵をしながら前へと進んで下さい」

 ライバーが大盾を構えつつ慎重に歩き始める。

 どれどれ。

 ちょっと走査魔法を起動して調べてみよう。


 なるほど。

 どうやら走査魔法はこの階層にしか働かないようだ。

 そしてこの階層はだいたい直径100腕200mの円形。

 いるのはスライムとケイブフロッグだけ。

 これなら索敵に失敗しても大した事は無い。

 ちなみに最初の敵は10腕20m先のスライムだ。

 いくらライバーでもそれくらいは気づくだろう。


 でも最初に反応したのはライバーではなかった。

 前から3番目にいるモリさんだ。

「ライバー、あれスライムだよな」

 モリさんのそんな台詞でライバーの足が止まる。


「どれだどれ」

 5腕10m先にいるのだがまだ発見できない模様。

「見つけた。火属性魔法、火球ファイアボール!」

 ライバーが見つける前にアンジェの魔法でスライムが破裂する。


「あんな処にいたのかよ。透明だからわかりにくいよな」

「待てライバー。まだいる」

 不用意に近づこうとするライバーをモリさんが止める。

「何処だ何処!」

 ライバーとアンジェ、見つけられない模様。


「動くなよ」

 モリさんが弓を引く。

 5腕10m先にいて土と同化していたケイブフロッグに命中した。

 モリさんも大分弓が上手くなったな。


「うわっ、よくあんな土と同じ色わかるよな」

「何となく魔力が見えたんだ」

「これはもっと注意しないと駄目ね」

 なおフィンやミリアは当然気づいていた模様。

 つまりライバーとアンジェの索敵が駄目駄目なのだ。


「索敵の練習を兼ねてこのまま行きましょう」

 教官がそう言うのでこのまま行く。

 さて、次のスライムは……。


「よし、今度は俺の剣でやるぞ」

 ライバーも無事見つけられたようだ。

 慎重に近づいて、剣で叩きつけるように切る。

 スライムがはじけ魔石が残った。

「よし、1匹クリア」


 その後はライバーもスライム5匹程自分で発見して倒した。

 10匹いたケイブフロッグは1匹も見つけられなかったけれど。

 そのうち7匹まではアンジェは見つける事に成功した。

 残りは先に後ろのモリさんに見つけられてしまったけれど。


 ライバーが7匹目、少し大きめのスライムを切った先でこの洞窟は終点だった。

 だがよく見ると下へと続く階段がある。

「次の階層も同じ隊列でいきましょうか」

 教官がそう言うのでそのまま階段を降りる。


 ◇◇◇


 第2階層も第1階層と全く同じつくりだった。

 円形にぐるっと回る一本道だ。

 走査魔法によると敵は他にポイズンバットがいる。

 だが群れてはいないようだ。

 そういう意味ではここも比較的安全な階層だな。


「ここの迷宮ダンジョンって初心者にも親切な作りなんですね」

 ミリアがそんな事を言う。

 俺もそんな感じに思ったけれど。


「大きな街にある古い迷宮ダンジョンは浅い階層では大した魔物は出ません。近い階層では出る魔物がいきなり強くなるという事も比較的少ないです。そういう意味では確かに親切な作りですね。

 ですが出来たばかりの迷宮ダンジョンや山などの人里離れた場所に出来る迷宮ダンジョンは第1階層でいきなり強力な魔物が出てくる事もあります。また小さい迷宮ダンジョンでは階層が違うといきなり魔物が強くなるなんて事もありますね。その辺は迷宮ダンジョンごとに違いますから注意した方がいいでしょう。もし情報や地図がギルドにあるのなら最初は多少高くてもそれらを入手した方がいいですね」


 逆に言うと大きな街にある古い迷宮ダンジョンなら、階層を飛ばさずに進めばいきなり強敵と遭うことも無いという事か。


◇◇◇


 第3階層、そして第4階層も第2階層とほぼ同じ。

 少しずつ魔物が増えてきたかな程度の差だ。

 そして第4階層もまもなく終わる。


 ここまでは基本的に円形の1本道。

 出てくる魔物も種類と数こそ少しずつ増えてきたものの大したものじゃない。

 そのせいか皆さんも最初ほどの緊張感は無くなってきた。


 でも今のような時こそが最も危なかったりする、とメディアさんに聞いたような気がする。

 ちょっと注意しておこうか、それともその辺は教官に任せようか。

 そう思ったところだった。


「さて皆さん、ちょっと立ち止まって下さい」

 何故かはすぐに想像がついた。

 多分ミリアもわかっているだろう。


 この横には隠し部屋がある。

 ただしこれは罠だ。

 モンスターハウスとも呼ばれるタイプの罠で、パーティ全員が入ると入口の扉が閉まり、中に魔物が大発生する。

 魔物を全て倒すか冒険者が全員死亡するまで扉が開かない。


「ここで皆さんに質問です。何か感じますか。どんな微細な事でもいいです。ただしハンスとミリアは黙っていて下さい。もうわかっているでしょうから。それでは前から順に」

 つまりライバー、アンジェ、モリさん、フィンの順番だ。


「うーん、今のところ特に前には魔物は感じないな」

「私も特に敵がいそうとは思えないかな」

 ライバーとアンジェは罠部屋の存在に全く気づかない模様。


「うーん、ここは早く通り抜けたほうがいい気がする。前か、さもなければ後ろに。ここには何もいないんだけれど何か近くでもやもやする気がする」

 モリさんは罠部屋の存在に何となく感づいている感じだ。


「左の壁が質感がちょっとおかしい感じですね。おそらく隠し部屋だと思います。でも何か嫌な感じです。僕なら無視して先へ行くと思います」

 フィンは一般冒険者としてほぼ完璧な回答だ。

 隠し部屋に気づいているし、おそらく罠だろうとも感じている。

  

「フィンの言う通りです。ここは左に隠し部屋への入口があります。それではどのようなものか、実際に入ってみましょう。ただし今回は隊列を変えます。先頭が私、次からライバー、モーリ、アンジェ、ミリア、フィン、ハンスの順で。あとモーリとフィンは剣や槍などの近接戦装備にして下さい」


「隠し部屋か、何があるんだろう」

 ライバーは全く罠に気づいていない。

「俺、いや私はちょっと嫌な感じがするな」

 モリさん先程と同じく、何となく罠と感づいている模様。

 あとは無言だ。


 ミリアはニヤニヤしている。

 どうやら罠部屋の状況も出てくる魔物もだいたい理解出来ているようだ。

 勿論俺もわかっている。

 確かに大量に魔物は出てくるが、主にスライムとケイブバット。

 落ち着いて対処すればそんなに難しくないだろう。 

 だからこそ罠の実践教育に教官が選んだのだろうけれど。


 教官が壁が僅かに凹んでいる場所を強く押す。

 向こう側に開く形で入口が出現した。

「それでは行きましょう。あと皆さん、何かあっても隊列は乱さないで下さいね。それ以外の必要な行動はOKです」 


 つまり魔物が出てきたら対処しろ。

 でも自分ばかり前に出るとやられるぞ。

 そういう注意だ。

 ミリアは勿論だが、フィンも今の教官の言葉の意味はわかっているかもしれない。

 元々ある程度魔獣相手の経験を積んでいたからか、冒険者としての技量や判断力は他の3人よりかなり上だから。


 教官を先頭に中へ入っていく。

 俺まで入ったところで背後の扉がドドン、と閉まった。

 俺はわざとらしく後ろを向いて確認する。

「開きません。閉じ込められたようです」


「皆さん、これは俗にモンスターハウスと呼ばれる罠です。隠し部屋、あるいは普通の部屋のように見えて、全員が入ると扉が閉まり開かなくなる。そして中に魔物が大量発生するという仕組みになっています。

 さあ皆さん、魔物が出現しますよ」


 スライムが、ケイブバットが、ポイズンフロッグが湧きはじめる。

「ミリアとハンスは適当に手加減して下さい。フィンは他の人が危険にならないよう、常に注意しながら戦って下さい。必要に応じて私を含む全員に指示も出して。あとは皆さん、隊列はそのままで全力で」

 何気に鬼のような指示だな、シャミー教官。

 でもやりたい事はよくわかる。

 罠部屋の恐ろしさの理解と、落ち着いて対処することの訓練だ。


 とりあえず他を見ながら自分の前に来る魔物を片付ける。

 あえて魔法は使わず両手剣オンリーで。

 ミリアも同じく剣のみでの対処だ。

 ライバー、アンジェ、モリさんはそれぞれ目の前に全力という感じだ。


 一方でフィンは大変そうだ。

 自分の前を片付けながら他も観察している様子。

「アンジェ、次のケイブバットをやっつけたら前に広範囲攻撃魔法! あとモリさん次に下注意して!」

 指示を飛ばしつつ、土魔法や火魔法である程度遠い敵も倒している。

 うん、なかなかやるな。

 これは俺やミリアが手を出さなくても何とか片付きそうだ。


 ラッシュ状態だったのは50数える程度だっただろう。

 でもライバー、アンジェ、モリさん、そしてフィンは長く感じたに違いない。

 しかしおかげで一気に襲ってきた敵はほぼ片付いた。

 被害も無い。

 あとは遅いスライムだけだ。


「もういいでしょう。ミリアさん、片付けお願いします」

 シャミー教官の台詞にミリアが頷く。

「わかりました。雷精召喚!」

 雷精が出現し、スライムを一気に破裂させた。

 更に雷精の電撃で一気に屍体や残骸を分解する。

 匂わないのは風魔法を同時に使って臭い成分を奥にとどめているからだ。

 結果、床には魔石だけが残る。


「臭いを動かしたくないからあとはハンスお願い」

「はいはい、風属性魔法、風取寄せ」

 魔石を集めて自在袋に入れる。

 俺の横方向でドン、と音がした。

 扉が開いた音だ。


「それでは先程の逆順で部屋の外に出ましょう」

 俺達全員が通路に出ると扉は再び閉まった。

 もう一見普通の壁にしか見えない。

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