第17話 ダンジョン初級編

34 迷宮に入るまで

 翌朝8時半。

 俺達は学校の事務室前でシャミー教官を待っている。

 今回は皆さんフル装備だ。


 モリさんは俺がサイズをなおした後、更にフィンが改良した革鎧を装着。

 今は弓メインだから動きやすいよう、肩や腰部分をかなりカット。

 その代わり胸部分は薄い金属板で強化され、頑丈な割に軽く出来ている。

 メイン武器はフィン特製の短弓。

 あとレベルアップした後、水属性魔法がそこそこ使えるようになった。

 威力はアンジェの火属性魔法よりやや弱い。

 だが火災になる等の心配がないので森や草原でも使える。

 結果、モリさんは前衛から後衛に変更となった。


 ライバーは革の胸当てに大盾、片手剣。

 ただし片手剣は普通の人の両手剣とそう変わらないサイズだ。

 胸当てや大盾は俺が作ってフィンが改良したもの。

 大盾は前に書いた通りスパイク付き。

 胸当てはモリさんの鎧と同じく金属板を貼り合わせ強化された。


 アンジェの装備は一番フィンの恩恵を受けている。

 モリさんに代わって前衛もやるようになったため、新たに鎧が作られた。

 ゴブリンの革鎧5つをつなぎ合わせて俺が作ったものをベースに、フィンが鱗状の金属板を貼り合わせた鱗鎧もどきで、かなり防御力が高くなっている。

 武器は魔法槍で、これを魔法杖としても使用。

 ただ持ち魔法は相変わらず火属性主体なので、延焼に気をつける必要がある。

 結果遠距離攻撃よりも前衛として戦う方が多くなった。


 フィンは革鎧と服の中間のような格好だ。

 一見普通の服なのだが、胸とか肘、腕まわり等が革で強化されている。

 動きやすさ重視という事だろう。

 武器はあの異形の弓と矢、あとは槍だ。

 でも待てよ。

「フィンは今日はバイトは大丈夫なのか」

「せっかくの機会だからね。今日は休みを貰ってきたよ」

 なるほど。


 そしてミリアは魔法効果付きの魔法銀ミスリルのスケイルアーマー。

 温度調整加護付きのマント。

 収束率向上の加護付きの魔法杖。

 靴や籠手もいちいちいいのを使用している。

 これだけで幾らするんだという豪華装備だ。

 

「こうやって見るとハンスの装備は比較的普通なんだな」

「両手剣はちょっと特殊に見えるけれど」

「確かに剣は注文品だけれども、鎧は市販品だからな」


 俺の装備は革鎧と両手剣。

 確かにミリアのチート装備やフィンによるカスタム品と比べると一見普通。

 だが革鎧は実はメディアさんの魔法で物理防御・魔法防御の加護付き。

 剣も細身でそりの強い刀と呼ばれる両手剣で、魔獣との乱戦を前提に耐久性強化の加護がついている。

 見た目ではわからないがどちらもかなり特別な逸品だ。


「それにしても迷宮ダンジョンは始めてだ。どんな感じなんだろうな」

「ハンスは迷宮ダンジョンの経験はあるか?」

「実は無いんだ。田舎にいたからな」

 正確に言うと無い訳でもない。

 洞窟や遺跡等に自然発生したタイプの迷宮ダンジョンなら何度かある。

 だが普人の街に出来るタイプの迷宮ダンジョンははじめてだ。


「僕も無いな。試し打ちはだいたい外でやっていたからね」

 フィンも無しと。


 自然視線は経験ありそうな1人に集中する。


「確かに私は数度あるわ。でもここの迷宮ダンジョンははじめてよ。それに迷宮ダンジョンは場所と階層で性質が全く異なるの。だから他の迷宮ダンジョンの経験はここでは使えないわ」


 つまり全員未経験と考えた方がいい訳か。


「街にある迷宮ダンジョンは本当は攻略がある程度出来ているから、ギルドで攻略情報を購入して入るのが正しいんだけどね。ここの迷宮ダンジョンはCランク以上でないと入れないから、攻略情報もCランク以上で無いと手に入らないの。だからその辺は教官に頼るしかない訳」


 なるほど。

 ギルドで攻略情報を売っている訳か。

 確かに迷宮ダンジョンの魔物が溢れたら困るからな。


 その攻略情報は一枚紙に書かれたメモやパンフレットのようなものだろうか。

 それとももっと詳しい本みたいなものだろうか。

 単に言葉で伝える程度のものだろうか。

 ちょっと見てみたいなと思った。


 ◇◇◇


 シャミー教官は8時半を告げる鐘の音と同時に現れた。

 今日は授業の時と違う、冒険者用の所々革で補強が入った服だ。

 彼女は俺達の装備を見て頷く。

「皆さんきちんとした装備をしていますね。これなら今日は心配いらないでしょう。冒険者証は皆さん持っていますね」

 念の為俺も確認する。

 大丈夫だ。


「今日はどれくらいの魔物が出るんですか?」

「今日は5階層までの予定ですから、ゴブリン程度だと思ってもらっていいです。具体的にはゴブリンとスライム、ポイズンバット、ケイブフロッグといったところでしょうか。落ち着いて対処すればそれほど怖くない敵ばかりです」

 なるほど。


「後は歩きながら話しましょう」

 そんな訳で事務室から玄関を通り校外へ。


「皆さんラトレの迷宮ダンジョンについてはどれくらい知っていますか?」

「場所だけは」

 モリさんがそう言った後、

「私も」

「俺は全然」

「私も名前だけです」

と続く。

 俺もそこに、

「俺もそうです」

と付け加えておく。


「それでは簡単に説明しますね。ラトレの迷宮ダンジョンの規模はおよそ60階層程度と推測されています。この迷宮ダンジョンはエデタニアの街から発生する魔素マナを処理するのに必要ですし、有用な資源も採掘出来ます。ですので迷宮ダンジョン保護の為に、50階層に存在する階層主の部屋より先は現在国及びギルドにより侵入を禁止している状態です」


 なるほど。

 迷宮ダンジョン魔素マナ管理だけでなく資源という意味でも有用なのか。


「教官はどの辺の階層まで行かれた事があるんですか?」

「50階層の階層主のところまでです。あそこの階層主は地竜で、かなり大きめの魔石や有用な竜素材を取ることが出来ますから」

 おい待ってくれ。


「シャミー教官は竜狩人ドラゴンスレイヤーだったんですか!」

 台詞はアンジェだが他全員、俺を含めて思い切り視線が集中する。

「単独では地竜までです。5人パーティなら黒飛龍まで狩った事がありますけれど」

 本物の竜狩人ドラゴンスレイヤーか。

 ちょっと洒落にならない。

 俺でも地竜は単独で相手にはしたくないのに。

 やはりシャミー教官、只者ではないようだ。

 というか何故にそんな強者が教官なんてやっているのだろう。


「それはともかく、本日行く階層は5階層までです。ラトレの迷宮ダンジョンは5階層までは洞窟でほぼ一本道。出てくる魔物も先に話した程度で注意さえしていればそれほど怖くはありません。階層主ボスは5階層の部屋にいるアークゴブリンです。今日は出会った魔物全てを倒しつつ5階の階層主まで進み、階層主を倒すところまでやろうと思います」


 なるほど。

 アークゴブリン程度なら大した事はないな。

 俺とミリアなら。

 でも他の皆さんはどうだろう。


「アークゴブリンって強いのか?」

 早速モリさんが警戒しはじめた。


「少し頑丈で体力があるだけのゴブリンよ。特殊な能力も無いから攻撃魔法で力押しするだけで問題ないわ」

 確かにミリアの持ち魔法ならそれで充分だろう。

 でも一応補足は入れておこう。


「アークゴブリンは人間より腕力があって頑丈だ。だから接近戦はライバー以外やめたほうがいい。ライバーも基本的にはシールドバッシュのみ。硬くて剣が通らないから。あとは遠距離攻撃。フィンだけ弓であとは魔法だな。モリさんの水魔法が距離を取るにはちょうどいいかもしれない」


 ミリアと俺は極力手を出さずに倒すとすればこの戦法がベターだろう。

 というかミリアか俺が本気魔法を使えばおそらく一発だろうから。


「それよりポイズンバットが大量に出る方が面倒よ。フィンの弓だと命中したとしても接近戦になるまでに倒せるのは3匹限度。だから見つけ次第アンジェとモリさんで魔法攻撃ね。とにかく早く見つけて早く倒す事。そうしないとライバーが噛まれて毒がまわっちゃうから」


「おいおい本当に毒くらったらどうするんだよ」

「私もハンスも毒消しくらい使えるわよ。ただ噛まれると痛いわよ。それが嫌なら出来るだけ遠くから発見する事ね」

 そんなところだな。


 しばらく歩くと左側が高く頑丈な塀になった。

「この向こう側が迷宮ダンジョンだよな」


「ええ、そうです。迷宮ダンジョン内から魔物があふれて出て来たりしないよう、頑丈な塀で囲まれています。またいざあふれてきた際には魔物が街の中心方向を向かないよう、入口は南側の門を向いて作られています。

 他に討伐数の管理なんて事もしています。討伐数が少なすぎる場合はこの中で買い取る魔石の額を通常より上げたり、騎士団が討伐を実施したり。そうやって魔物があふれる事がないようにしている訳です」


 なるほど。

 ここの管理もこの街を管理する上で必要だという事か。

 人口が多い街だとこのような事も必要になる訳だ。


 塀をぐるっと回り込む形で迷宮の門にたどり着く。

 入ってすぐ頑丈そうな建物に入り、受付らしいカウンターへ。

「本日は7名で討伐です」

「わかりました。それぞれ冒険者証を提示して下さい」

 言われた通り冒険者証を受付に提示。

 受付は俺達の冒険者証の名前をさっと書き取る。

「受け付けました。それではどうぞ」


「ありがとうございます」

 シャミー教官はそう一礼して奥へ。

「先程の場所で入出場者を管理しています。また迷宮ダンジョン内で討伐あるいは採取したものの買取もあの場所で行っています。迷宮ダンジョンは危険でもありますが資源を生み出す有用な場所でもあります。ですのでああいった形で一元管理している訳です」

 つまり魔素マナ吸収施設と鉱山を兼ねたような場所という訳か。


「それで隊列はどうしますか」

「もう少し進んでからで大丈夫です。迷宮ダンジョン区画の入口がありますので、そこを過ぎてから編成しましょう」

 進んでいくと広い場所に出る。

 そこで先生は立ち止まった。


「ここが階層転移陣の部屋です。ここには第5階層、第10階層への階層転移陣が作られています。第10階層の転移陣の部屋には第15階層と第20階層への転移陣が、第20階層では第25階層と第30階層までの転移陣というように、各転移陣の部屋を経由する事によって5階層ごとに簡単に移動できるようになっています。また5階層ごとに設けられた転移陣の部屋にはこの部屋へ戻ってくる転移陣も設けられています。本日は第5階層まで迷宮ダンジョンを進んでいって、転移陣でここに戻ってくる計画です」

 

 ちょっと疑問に思った事があるので聞いてみる。

「下の階層の経験が無くても、いきなり第45階層へ行ってみるというのは可能なのでしょうか」


「可能です。ですがギルドでは経験していない階層は飛ばさないようにという指示をしています。理由は階層が進むにつれ、出てくる魔物の強さが強くなっていくからです。それでもたまにいきなり第45階層に挑戦なんて冒険者もいるようですけれどね。そんな冒険者は大抵何の収穫もなく逃げ帰ってくるか、もしくは逃げ帰る事すら出来ずに行方不明になってしまいます。ですから皆さんも級が上がって挑戦する際は、第1階層から順に攻略していくことをおすすめします」


 なるほど。

 その辺の選択権は一応冒険者自身にあると。

 でもその結果は甘受しろと。

 そういう事だな。


「それではこの部屋を出ると迷宮の第1階層です。ここはまず、ライバー先頭で次がアンジェ、あとはモーリ、フィン、ミリア、ハンスの順で進みましょう。敵が出てきたら各自の判断で倒して結構です。またパーティ内での会話は自由にどうぞ。私は特に何かある場合だけ声をかけます」


 つまり自分達の実力でやってみろという訳か。

 そして第1階層はそれほど怖い敵が出ないからライバーでも何とかなると。


「いきなり先頭か。腕が鳴るな」

「ライバーは索敵をしっかりしなさいよ。毎回どうにも信用できないんだから。アンジェとモリさんは索敵のサポートもお願い」

「わかったよ」

「わかりました」

「OK」


「それでは行きましょう」

 俺達は言われた順番で入口へと入る。

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