33 雨の日の夜

「まだ頭がガンガンするの……」

 アンジェが青い顔でそんな事を言いつつ、夕食のスープをすすっている。

「魔力不足の典型的な症状よ。一晩寝ればすっきりするわ」

 そう言っているミリアも顔色が悪い。


 全員何回か倒れた後、俺も魔力が残り少なくなったので訓練を終わりにする。

 訓練場の土を魔法で均し元の状態にした後、夕食時間前まで休憩。

 予鈴とともに全員に魔力譲渡をかけてたたき起こし、食堂まで連れて来た訳だ。


「でも確かにこれは効果ありそうだよね。余力がほとんどなくなるけれど」

 フィンはこんな状況でも口調がいつもと変りない。

 ライバーとモリさんは無言で食事中。

 話す気力も無いという感じ。


 確かに今回の特訓、相当厳しかった筈だ。

 体力に例えるなら、動けなくなるまで走れというのと同じような状態。

 なおサポートしていた俺も魔力枯渇寸前。

 倒れた奴に補充してを繰り返したから仕方ない。


「でもその訓練法、効果は確かですよ」

 いきなり別の方から声がしたので思わずそっちを見る。

「シャミー教官、見てらしたのですか」

 そう、魔法担当のシャミー教官だ。

 

「こちらの席、失礼しますね」

 教官は俺達の横の席にトレーを置く。

「昔懐かしい訓練方法をやっているなと思って教官室から見てました。ハンスもお疲れ様。あれだけ他人の魔力を回復させたら自分の方もぎりぎりでしょう、もう」

「その通りです」

 気付かれていたようだ。


「この方法って古い方法なの?」

「古いけれど効果的な方法です」

 シャミー教官はアンジェにそう答える。

「効果は確かですけれどかなりきついですし、標的を作ったり回復させたりするのも大変ですからね。最近はここでもやらなくなりました」


「確かにきつかったよな」

 ライバーがぼやく。


「でもミリアやハンスはもっときつかったと思いますよ。自分の魔力の残りを確認しながら他の人のサポートをしていたのですから。まあ2人とも今の1年生では魔力がずば抜けていますからね。だからこそ訓練が成り立ったのでしょうけれど」


「やっぱりハンスやミリアは魔力が大きいんですか、そんなに?」


 フィンの質問に教官は頷く。


「ええ。2人とも並みのB級冒険者以上ですよ。このまま外に出ても討伐メインなら充分やっていける実力です。ただ年齢的なものがありますし、冒険者社会も討伐の実力だけで全ての仕事が出来る訳ではありません。それをわかっているから、あえてここに入学したのでしょうけれど。

 さて、ここからが本題ですけれど、皆さん明日は空いていますか?」


「晴れていたら魔物討伐に行くつもりでした。ですけれど雨ですよね」

 ミリアの台詞に教官は頷く。

「ええ。この様子ですと月曜日までは雨でしょう。ですけれど雨でも討伐が出来る場所があります。わかりますか?」


迷宮ダンジョンですね」

 フィンがあっさり回答した。

「でもラトレの迷宮ダンジョンは確かC級以下は入れない筈です」

 ミリアが付け加える。


 大規模な街なら大抵1カ所は迷宮ダンジョンは存在する。

 理由は簡単、人口が多い分魔素マナが大量に発生するからだ。

 勿論風等で街の外にも魔素マナは拡散するが、街の中に滞留する魔素マナも多い。


 街の外なら魔素マナはやがて魔物や魔獣に変化する。

 だが街の内部は魔法陣やら術式で魔物が生じないよう処理されている。

 故に街内部では何もしなければ魔素マナが濃くなってしまう。


 迷宮ダンジョンはその濃くなりすぎた魔素マナが空間をも浸食して出来たものだ。

 まあ俺が作る強化習得レベリング装置の巨大なものと思ってもいい。

 俺が作るものは空間浸食までは行かないうちに壊すけれども。


 そしてここエデタニアの街にも南側に迷宮ダンジョンがある。

 それがラトレの迷宮ダンジョンだ。

 ウァーレチア最大の都市にある迷宮ダンジョンだけに規模的も難易度的にもかなりのものらしい。

 その分入場規制も厳しかった筈だ。


「ええ。このパーティは今はD級ですから本来は入る事は出来ません。ですけれど来月の昇級試験でハンスもミリアもC級に昇級するでしょう。元々実力は充分ありますから。そうなるとこのパーティもラトレの迷宮ダンジョンに入る事が出来るようになります。

 その前に一度私の引率で入って、迷宮ダンジョンとはどんな場所で何に注意すればいいか、体験した方がいいと判断しました。授業でも迷宮ダンジョンについて教えますけれど、まだかなり先になりますから」


 なるほど。

 どう考えてもシャミー教官はB級以上。

 だから教官と一緒に行けばC級パーティ以上というのは余裕でクリア出来る。

 その状態で迷宮ダンジョンについて教えて貰える訳か。


「お願いします。是非連れて行って下さい」

 ミリアが真っ先に頭を下げる。

 教官の意図に気づいたのだろう。

 俺も同じく頭を下げる。

 これはあくまで好意でやってくれる事だろう。

 シャミー教官にとっては俺達を連れて行くメリットは何もない筈だから。

 だからせめて頭だけは下げておこう。

 他に敬意を示す方法もないから。


 ◇◇◇


 そして、夜も雨。

 雨の日は門の外に出たくはない。

 だが俺にはやらなければならない事がある。

 先週の休養日に仕掛けた俺用の強化習得レベリング装置がそろそろ仕上がり時だ。

 あまり放っておくと凶悪すぎる魔物が中から出てきてしまう。

 魔力も夕食を食べてかなり回復した。

 だから今夜で始末してしまおう。


 雨の日に門の外へ出ると門番の衛士に何か言われそうだ。

 だからミリアを担いで帰る時の逆順で外へと出る。

 着地点にはそこそこ雨スライムが沸いていたが風魔法で寄せて無事着地。

 あとは速度重視で雨スライムを避けて森の中経由であの湿原脇へ。


 まずは熱線魔法で付近のスライムを残らず焼き払う。

 更に威圧をかけてまわりの魔物や魔獣を除けてと。

 

 焼き払ったら森の中に設置型魔法陣を描いたシートを敷く。

「土属性魔法、土壁!」

 出入り口の1カ所を除いて土魔法でシートを囲むように壁を作成。

 あとは中にテントを立てて寝袋を置けば準備完了だ。


 さて、強化習得開始。

 雨だから短時間で行こう。

 まずは土魔法で入口を塞いでいる岩を退けた後。

「水属性魔法、水圧ウォータープレス!」

 水圧をかけてとにかく大量の水を穴にぶち込む。

 中で抵抗しようがおかまいなくとにかく圧力かけてぶち込む。

 これでいいだろう。


 ダッシュでテントに入ったところで穴が縮まる地響きがした。

「土属性魔法、土壁!」

 出入口を塞いぐ。

 これで安心だ。

「生命魔法、睡眠!」

 それではおやすみなさい……


 雨が土壁を叩く音で目が覚める。

 さて、鑑定魔法を起動……

 レベル110、5程上がっている。

 この辺の魔物ではこんなものだろう。


 これからは毎週、出来る限り強化習得レベリングをしないとな。

 そう思いつつ寝袋をたたみ、テントを収納して土壁を崩し外へ出る。

 雨はまだまだ降り止みそうに無い。


 周囲を走査魔法で確認する。

 今回の俺の強化習得レベリングから逃げ出した魔物とかもいないようだ。

 それでは帰るとするか。

 まだ暗い中、来た時と同じ要領で俺は学校へと向かった。

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