第16話 ダンジョンへのお誘い

32 雨降り始めの午後に

 昨夜は疲れた。

 あのライバーの盾をフィンと仕上げ、夕食後はミリアの強化取得レベリングの補助。

 俺の非常宿泊セットを貸しても良かったのだがミリアはあれでも女子だ。

 見かけも残念なことに悪くない。

 だから結局はいつも通りに俺の部屋まで連れて帰った。

 結果、朝起きたらまたモフられていた訳だ。


 この次はモリさんかアンジェに女子寮との境まで引き取りに来て貰おうと思う。

 実は昨夜もモリさんに伝達魔法で連絡しようとしたのだ。

 だが伝達魔法は女子寮周囲に張り巡らされた結界に弾かれた。

 どれだけ厳重に女子寮を守っているのだ、ここのスタッフは。


 仕方ないので来週は夜11時と時間を定めてモリさんとアンジェの2人に迎えに来て貰おうと思っている。

 どちらか片方だとミリアを運ぶのは大変そうだし。


 さて、本日は5の曜日。

 つまり明日は休養日だ。

 そして天気は下り坂。

「そろそろ帰った方がいいわ。雨が降ってきそう」

 3時の鐘が鳴ってすぐ、ミリアがそう宣言する。


「まだ昨日の半分ちょい程度だぜ」

 ライバーは不満そうだ。

 だから言っておく。


「雨の中で討伐をするのはやめた方がいい。雨スライムが出ると面倒だ」

「授業でも言っていたな、雨スライム」

 雨スライムとは名前の通り雨が降ると出現するスライム。

 雨の水分と泥が魔素を吸収すると発生する。

 こういった街の周辺だと雨量にもよるがそれこそ大量に出てくる代物だ。


 雨スライム自体は弱い魔物。

 火属性の魔法だけでなく棒でも某でもとにかく振り回して当たれば崩壊する。

 ただあまりに弱すぎて魔石すら残さない。

 それに晴れれば自然と乾いて消える。


 だから倒したところで報奨金も何も出ないのだ。

 それでいて衣服や装備を溶かしたりする。

 皮膚に触れれば軽い火傷のような状態にもなる。


 つまり雨スライムと関わっていい事は何もない。

 だから雨が不利そうならさっさと街に帰り、雨の日は街の外に出ないのが一番だ。


「明日も雨だと辛いな。収入が一気に減る」

 モリさんが憂鬱そうな顔で空を見る。

「それでも昨日今日の稼ぎがあれば来週まで持つでしょ」


 そんな話をしている間にも雨の匂いが近づいてきた。

「走ろう。思ったより早そうだ」 

「そうね」

 俺達は走り出す。

 最初は体力が無かったモリさんもレベルアップ後はかなり走れるようになった。

 何とか雨が降る前に北門までたどり着き、更に走って小雨のうちに学校に到着。


 校舎に入ったところでザザーっと雨音が一気に激しくなった。

「何とか間に合った感じね」

「だな。濡れると服が乾かなくて面倒だし」

「それくらい魔法で何とかなるでしょ」

「俺は魔法が苦手なの」


 確かにモリさんよりライバーの方が魔法が下手だ。

 モリさんは結構こつこつ努力する派だからな。

 腕力も魔力も無いことを自覚しているし。

 一方ライバーはなまじ体力も力もあるだけに魔法の訓練は手を抜きがち。

 そのせいでこの前のレベルアップでも魔力があまり上がらなかったしな。

 このままだと脳筋戦士一直線だ。


「ちょうどいいわ。時間も余っているし魔法の特訓よ。折角この学校で魔法も教わっているのにこれでは勿体ないわ」

 どうやらミリアも同じことを考えていたようだ。


「魔法の特訓か。それじゃ俺は関係ないな」

 そう言って逃げようとするライバーを俺は捕まえる。


「いや、一番やる必要があるのはライバーだろう」

「そうよ。ちょうどいい機会だからじっくり鍛えてあげるわ」

「面白そうだね。僕も参加していいかな」

 フィンが軽い感じでそんな事を言ってしまう。


「ええ。勿論よ。当然アンジェとモリさんにも参加してもらうわ」

 ひくっ。

 嫌な予感たっぷりという感じで逃げようとしていた2人が振り向く。

「私達も、ですか」

「当り前よ。来月の昇級試験では全員せめてD級にはなってもらわないとね」


「この前のあの方法じゃ駄目なの?」

 アンジェ、それは甘い。

「あの方法で魔力を伸ばすためにも普段の訓練は必要よ」

 その通りだ。

 俺が説明するまでも無かった。

 そしてミリア、完全にやる気だ。

 ついでに言うと何をさせる気かもだいたい想像がつく。

 きっと授業でやるような甘い方法ではない。


「とりあえず魔獣の報奨金処理をしておこう」

 雨が降りそうなので帰ってくる生徒で事務室前はごった返している。

 番号札は一応とっておいたが、少し待つ必要がありそうだ。


「ならそっちの処理はハンス、任せたわ。私達は先に屋根付き練習場を借りて訓練しているから。終わったら合流よ」

「わかった」

「もう始めるの!」

「待つ時間分も勿体ないわ」

 やる気満々のミリアに仕方なくという感じで連れていかれるモリさん、ライバー、アンジェ。

 何が起こるのかわかっていない模様のフィン。

 4人の冥福を祈りつつ、俺は事務室前で順番を待つ。


 ◇◇◇


 約半時間後。

 屋根付き練習場へ行ってみたところ、既にモリさんとライバーは倒れていた。

 そしてフィンとアンジェがふらふらになりながら魔法を連射している。


「まだ標的は倒れていないわよ。せめて標的を壊してから倒れなさい!」

「でも標的が分厚い土人形だなんて、ちょっと、厳しいです」

「でもこういうのも、楽しい、ですね。ふらふらになるまで魔法を使うの、初めてですから」

 入校試験の時より数段分厚い土人形を相手に魔法で倒す訓練をしているようだ。


「ミリア、少しは休ませたらどうだ?」

「一度魔力不足で気絶するところまでやると魔力の伸びがよくなるわ」

 やっぱりこの方法を使ったか。

 確かにこの方法、魔力を増やすには最適だ。

 だが実際にそれをやるのはかなり厳しい。

 授業ですらやらない程だ。


「ならこっちの2人、起こすか。ちょい回復させてまたやればもう少し魔力が上がるだろう」

「お願いするわ。あとハンスが来たなら私も訓練して大丈夫ね」

 おい待て。


「ミリアの魔力は充分すぎるだろう」

「でもまだハンスに勝てない程度よ。まだまだ」

 おい待て。

 つまりミリアを含めたここの連中の後始末は全部俺がやれという事か。


「夕食前に動ける程度に回復してくれれば充分よ」

 ミリアがそう言っている間にもアンジェがふらついた。

 とっさに風魔法を発動させ、頭を打たないよう支える。


「僕ももう限界かな、ははは……」

 フィンが笑顔のままその場で倒れた。

 気を失った2人を取り敢えずベンチへ運び寝かせる。


「それじゃ私自身の訓練といくわね。あとはハンス、頼むわ」

 そう言ってミリアはフィンやアンジェが相手にしていたものより数段頑丈そうな土人形を魔法で作り、氷魔法で攻撃しはじめる。


「土人形に氷魔法じゃ威力が弱くないか?」

「だから特訓になるのよ」

 はいはい。

 それでは俺はライバーとモリさんを起こすとするか。


「生命魔法、魔力譲渡!」

 2人が目を覚ます。


 この場合の挨拶はこれでいいかな。

「地獄へ、ようこそ」

 とっさに逃げようとしたライバーの腕をつかむ。

「さあ、特訓の続きだ……」

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