第15話 壁を強化中

30 ライバーの不安

 翌日午後。

 俺はフィンに事情を話して了解を得た後、昼食をさっさと食べてそのまま強化習得レベリング場所へ移動。

 午後1時過ぎにはフィンを抱えて寮へ戻り、俺の部屋に寝せて事務室前へ。


 事務室前でライバーが所在なげに待っていた。

 他の皆さんは姿が見えない。

「まだ来ていないのか」

「寮の引っ越し中だと」

 なるほど。


「なあハンス、モリさんが実は女だったって知っていたか?」

「一応」

 細かいことはあえて言わない。


「くうっ、気づいていなかったのは俺だけかよ」

「長い事隠していたみたいだからな。気づかなくてもおかしくない」

「そうだけどよ。確かにあいつ、小柄だし顔も中性的だし声も高めだったけれどよ。まさか女だなんて思うわけないだろ」


 それにしてもライバーは何を気にしているのだろう。

 俺には今ひとつわからない。

 だから率直に聞いてみる。


「別にモリさんが女子だったからといって何か変わるわけでもないだろう」

「ハンスはそうかもしれないけれどさ。結構俺、あいつに色々馬鹿言っちまった気がするんだよな。この前の安息日なんてかなり収入あったから一緒に娼館のぞきに行こうってつい誘っちまったし」

 おいおい。


「他にもクラスの連中と好きな女のタイプとかの話をしているのも聞かれちまっているしな。ああ、そういえばヌードグラビア画集を買ったのも……」


 明らかに自業自得だがそう言う訳にもいかない。


「あまりモリさん自身は気にしていないと思うぞ。元々男子のふりを長い事していたからその辺ある程度わかっているだろう」

「ならいいんだけどよ。何かあいつに会うのが怖くてさあ……」


 普人男性というのはこんな感じに性欲まみれの癖にナイーブなのだろうか。

 単にライバーがそうだというだけなのだろうか。

 その辺元々の文化が違う俺にはあまりよくわからない。


 多分まあ、この辺は個人の資質であり文化とかには関係ないのだろう。

 獣人社会でもきっとこういう奴はいたのだろうし。

 単に里にいた頃はまだ子供だった俺が知らないだけで。

 とりあえず俺はそう結論づける。


「俺はあまり問題無いと思うけけれどな。これからそういう点に気をつければいいだけだ。

 それに今日からは皆強くなったからお金になりやすい魔獣も狙おうとミリアが言っていた。今までの分はこれから格好いいところを見せて挽回すればそれでいい。モリさんは弓メインになったしアンジェは前衛の練習もしているが基本は魔法。前衛の看板はライバーだ」


「そうか、そうするしか無いよな」


「特に猪系や鹿系の魔獣だと突進してくる事がある。前衛が作る壁が最後の砦だ。そういう意味で前衛のライバーの役割は大きい。見せ場も多くなる筈だ」


 何故俺はこんなところでライバーを慰めているのだろう。

 微妙に納得がいかない気がする。

 でもきっとこれも普人社会に慣れるということなのだ。

 いまはとりあえずそう思う事にする。


 そうだ。

 そう言えばこの場にちょうどいい物を昨夜作っておいたのだった。


「ただ魔獣相手だとその革盾じゃ小さすぎる。本格的な改良は明日以降、フィンに任せるとして、こういう物を用意した」

 木製の大盾だ。

 昨夜俺が拾い集めた木の枝等を形態変化と構造調整で加工して組み合わせたもの。

 一応猪の突進くらいには耐えられる筈だ。


「凄いな。これを作ったのか」

「この辺の木の枝を魔法で加工したものだから魔法剣に耐えられる強度は無い。でも魔獣相手なら問題無いだろう。重さもライバーなら問題無い筈だ」


「持ってみていいか」

「当然、使うのはライバーだからな」

 ライバーは左手に持ち、構えたり上下に動かしたりして使い勝手を確認している。


「いいなこれ。授業のものと違って軽くて振り回せる」

「授業の物は対人戦も考慮した鉄製だからな。ただ盾はあまりよく知らないから、明日以降フィンに聞いて改良して貰おうと思っている。革を貼るとか重くならない方法で強化する方法がある筈だ」


 俺自身は盾を使わないスタイルだから詳しくない。

 だから重さと強度を考慮した以外は授業などで使っている大盾をそのまま真似た状態だ。

 だがライバーは気に入ったらしい。


「これなら角がある小型魔獣でも怖くないな。そう言えばフィンは今日は?」

「昨日ライバー達にやったのと同じ事をして貰った。今は寮で寝ている」

「なら一段と魔力が上がって戻ってくる訳か」

「ああ」


 フィンは元々ライバー達より経験がある分、能力上昇は少ないかもしれない。

 でも少しでも魔力が上がれば更に物作りには有利になる筈だ。

 元々知識や技術は既にかなりのものだし。


 先日1の曜日にあった金属性魔法の実習でも、棒状で連射できる弓なんて俺の想像外の物を作っていた。

 バネの力で専用の小型棒状の矢を飛ばす仕組みで、試作武器で見た連射可能な弓を更に改良したものだそうだ。

 授業で作ったのは超小型の試作品というか模型だそうだが、先生も絶句していた。

 奴が充分な魔力と資材を揃えた時、何を作るかと思うと楽しみではある。


「よし、これで今日は猪か鹿を仕留めるぜ」

 ライバーがそう言ったところで見覚えある2人と微妙に見覚えがあるような1人がやってきた。

 引っ越しは無事終わったようだ。


 見覚えある2人と微妙に見覚えがあるような1人。

 そう表現したのはそれなりの理由がある。

 見覚えある2人とはミリアとアンジェ。

 だから当然もう1人はモリさんの筈だ。

 実際着用している革鎧もモリさんの物だし。 


 よく見ると顔の構成要素そのものは確かにモリさんだ。

 だが髪型を変えて髪の手入れをし、薄くではあるが化粧をしたおかげで雰囲気がまるで変わってしまっている。


「変わるな、雰囲気が」

「今は時間が無かったから最低限よ。これからは女の子として恥ずかしくない程度には身だしなみにも気を配って貰うからね」

 モリさんの表情がどことなく疲れて見えるのは気のせいだろうか。

 でも俺はあえてその辺には気がつかないふりをする事にした。

 面倒が起こりそうな気配がしたから。


「さて、それじゃ今日は北へ向かうわよ。場所はカベック平原。半日しか時間が無いから今日は効率的に魔獣を狩る方法を実践するわ。皆、体力も魔力も上がった筈だから遠慮無くガンガン行くわよ」

「大丈夫かな」

 この辺で弱音が出るのはいつものモリさんと同じ。


「問題無いわ。今回は壁役をライバーにやってもらうから。他は弓や魔法で攻撃するだけよ。

 それじゃ歩きながら方法を説明するわ」

 俺達は学校を出て歩き始める。


 ◇◇◇


 やや早足で半時間30分ちょっと。

 俺達は休養日にも来たカベック平原に到着した。

「それじゃまずはハンス、頼むわよ」

「間違えても俺に攻撃を当てるなよ」

「基本的にはハンスが真横まで逃げてから攻撃するから問題無いわよ」

「基本に忠実に頼むな」

 今ひとつ不安だ。


 今回行う狩りの方法は俗に魔獣牽引トレインという方法だ。

  ① 索敵が出来て敏捷性が高い奴が

  ② 魔物や魔獣を引きつけた後

  ③ 追われるような形で仲間のところへ引っ張っていき

  ④ 全員で袋だたきにして倒す。

という手順である。


 この方法、偶然の遭遇に任せる狩りと違い、狙った獲物を全員で倒す事が出来る。

 しかも牽引トレイン役以外が待ち受ける場所を選ぶ事が出来る。

 つまり確かに効率的なのだが牽引トレイン役の負担が異常に重い。

 しかも魔法や弓の脅威に牽引トレイン役がさらされるという危険もある。

 今回は俺とミリアで交互にやる予定だが、大丈夫だろうか。

 でもミリアがやる気である以上仕方ない。


 さて、最初の獲物は何を選ぶか。

 走査魔法の範囲を広げて周囲を確認する。

 無難なのは牙ネズミとか牙ウサギ。

 数が多いので出来るだけ大きいのを選ぼうと探していると……


「ハンス、北西100腕200m魔小猪イベルデミボアを頼むわよ?」

 おいおい。


「ちょっと魔小猪イベルデミボアを魔獣牽引トレインで狙うのは難しくないか。それにあの位置だと小物も最低10匹はついてくるぞ」


「その方が儲かっていいじゃない。主役の魔小猪イベルデミボアだけは途中魔法である程度弱らせれば。ただ最後、最低30腕60mは直線で余裕持たせて。こっちははじめてだからね」


 注文が多い。

 まあミリアの言っている理由もわかるけれど。

 確かに魔小猪イベルデミボアは値段的になかなか美味しい獲物ではあるのだ。

 仕方ない、やるとするか。


「それじゃ行ってくる。頼むから俺に攻撃を当てるなよ。ライバーはとにかく盾で後ろに魔獣を逃がすな」

「こっちは大丈夫よ。だからさっさとお願い」

 はいはい。

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