29 とりあえずの解決

 家と言っても壁が半壊しているから中の様子を外から見る事が出来る。

 モリさんは家の中へ入ると奥へ向かって呼びかけた。

「モーリだ」


 奥からわらわらという感じで子供が出てくる。

 数えると全部で12人だ。

 

「悪いな。今日は食材だけだ。ちゃんと皆で分け合って食べるんだぞ」

「ううん、いつもありがとう」


 もう俺達にも状況がわかった。

 つまりモリさんは自分の稼ぎでこの子達を養っていた訳だ。

 この辺の身寄りがない、またはあっても頼りにならない子供達なのだろう。

 モリさん自身もこういった子供達と同じ境遇だったのかもしれない。


「あと欲しい物はあるか? もし足りなくて困る物があったら遠慮無く言えよ。買ってくるからさ」

「うん、今は大丈夫。皆病気にもかかっていないし」

「それじゃ次はサエとトーマの服だな。あとイノエは無理するなよ。E級冒険者じゃ大した稼ぎにはならないしさ」

「それでも稼げるだけましだよ。それよりお兄ちゃんこそ無理しないでね」

「大丈夫、学校にはいい仲間もいるし結構稼ぎも多くなったしさ。あと火の始末とかはちゃんとやれよ」


 ミリアが家を離れる。

「状況はわかったわ」

 ミリアはため息をついた。

「仕方ないわね。そんなの言ってくれれば何とかしたのに」


「何とかとは?」

「孤児院に入れるなり他に部屋を借りるなりいくらでもあるでしょ。それくらいのお金は持っているわ。モリさん相手なら後で報奨金から返して貰えばいいし、それくらいの儲けは雨が続かない限り大丈夫だし」


 本当にお節介だなミリアこいつは。

 いや、それは子供らにこうやって食糧等を持って行っているモリさんもか。

 その辺も普人の甘さという奴なのだろうか。

 でも悪いとは俺も思わない。

 おそらくその辺が普人の余裕というか豊かさなのだろう。


「とりあえず後でモリさんに話をするわよ」

 それまでは待機という事か。 

 

 ◇◇◇


 モリさんがあの家を離れ帰る途中。

 貧民街を抜けたところでミリアは隠形魔法と気配隠匿魔法を解除した。


「モリさん」

 ミリアが呼びかける。

 モリさんが立ち止まって振り向いた。


「あれ、ミリアとハンス」

「見たわよ。言ってくれればお金を貸すなり家を借りるなり、孤児院にあたるなり手伝えたのに」


「それって」

「悪い。後をつけさせて貰った」

 とりあえず俺が謝っておく。


「そういう事か」

「お金なら実は貸せるくらいあるわよ。モリさんなら後で稼いで返して貰えばいいから利子はいらないわ。それに親がいないなら孤児院なり何なり方法はあるでしょ」


「いや、親はいるんだ」

 モリさんはため息をつく。


「孤児院は常に定員いっぱいだ。だから親がいる場合にはまず預かってくれない。いくら酷い親であってもさ。それに何もしてくれない親だって親は親だ。子供の方が親を慕っているから引き剥がす訳にもいかない。かといって金を渡すと親だのあの辺の悪いのだのに取られるからな。現物支援しか出来ない訳だ。まあ貧困スラム街にはよくある事だ。俺もそういう環境で育ったしな」


 つまり孤児院は引き取らない。

 別に家を借りて子供達をそこにやる訳にもいかない。

 他に手を貸してくれるところもない。

 そういう事か。


 ミリアもその辺がわかったようだ。

「仕方ないわね」

 そう言ってため息をついた後、続ける。

「幸いモリさんもレベルアップしたし、明日からは多少儲かるように考えるわ。でも平日は昼からだからあまり期待しないでね」


 確かにその辺が妥協点だな。


「悪いな、色々」

「言っておくけれどモリさんの為じゃないわ。私も収入が多くなる方が嬉しいからそうするだけよ。勘違いしないでね」

 この辺は相変わらずだ。


 ふと思い出す。

 モリさん実は女性なんじゃないか問題を。

 今聞いた方がいいだろうか。

 それともよしておいた方がいいだろうか。

 やはり本人も隠しているし言わない方がいいんだろうな。

 そう思った時だった。


「ハンス、何か言いたそうね。何を隠しているの」

 いきなりミリアにそう聞かれてちょい焦る。


「何でも無い」

「無くはないわよ」

 ミリア、厳しい。


「でも大体想像がつくから私から言うわよ。モリさんが何で男のふりをしているのかって事でしょ。違うの?」


 図星だ。

 いきなり直撃で言われてしまった。


「えっ、ひょっとしてバレてる?」

「当然よ。多分アンジェも気づいているわよ。ライバーはまあ、ああいう奴だから気づいていないかもしれないけれど」


 2人とも気づいていたのか。

 俺は鎧を脱がそうとするまで気づかなかったのだが。

 

「声や体形、喉仏、更に言うと立ち方なんかも違うのよ。あと魔力なんかも男女よく見れば微妙に違うからね」


 そうなのか。

 俺は全然わからなかった。

 そもそも普人はその辺に男女差があるという事すら知らなかった。

 でもまあその辺はとりあえず言わないでおこう。


「それで何故男子のふりをしていたの?」


「元々俺の住んでいた場所がああいう場所だろ。だから女子だと危ない。だから必然的に性別を隠す癖がついていたんだ」

 そこまではわかる。


「じゃあ何故学校でもそうしたの?」

「冒険者証は昨年、男で取った。そして今年もそのまま試験を受けたからな。男のまま合格してしまったという訳だ。あとは貧困街スラムへ毎日行くからさ。ならこのままでいいやと思って」


「そんなのそのうちバレるわよ。それに貧困街スラムに行くときだけそういう格好をすればいいだけじゃない。だいたいもう少しレベルアップして魔法をおぼえたら姿も気配も隠して行けるわよ」


「そう言えばハンスやミリアが後を追っているの、全然気づかなかったな」


 そりゃ魔法を重ねかけした上で、ある程度間を取って歩いているので当然だ。

 でもミリアはその辺を説明せず小さく頷く。


「そういう事よ。まあ今日はもう無理だけれど明日の午後、一緒に教官室へ行って説明してあげるから。だから明日の昼までに心の準備をしておく事、いいわね」


「でも本当に変えた方がいいのかな」

「冒険者証は身分証明書も兼ねているのよ。万が一他の街へこのまま行って性別がバレたら投獄ものよ。冒険者なんだから護衛任務とかで他の街へ行く可能性は低くないわ。だから今のうちに変えておくこと、いいわね!」


「わかった」

 ミリアの剣幕に負けたのかモリさんは頷く。

 でもこれはミリアが正しい。

 だからそのままにしておく。


「明日は忙しいわね。モリさんの冒険者証書き換えてフィンの強化習得レベリングもして。明日からメインの獲物を魔獣にするから狩り方も少し変わるわよ。それにはハンスと私が揃っている必要もあるから……」


「俺は最初別行動をとろう。フィンの強化習得レベリングをした後、フィンを寮に運んでその後パーティを追いかける。それまではゴブリンとスライム、薬草をターゲットにしていればいいだろう」


「それもそうね。モリさんの事務手続きでこっちも少し出発が遅れるからちょうどいいわ」

「何なら俺の事務手続きは俺だけが行けば」


「駄目よ」

 恐る恐るという感じのモリさんの意見はミリアにあっさりと却下された。


「あの子たちの為にも稼ぐんでしょ。それにまだまだモリさんも実戦で鍛えないとね。最低でも自力でD級昇格できる位まで」


「でも寮を引っ越せとか言われたら時間がかかるし……」

「どうせモリさんの荷物なんて少ないでしょ。自在袋を貸すからそれに全部入れて運べば一発よ。あとはハンスに清拭魔法をかけてもらえば問題ないわ。

 何なら明日の朝、ハンスに荷物を全部自在袋に入れて貰いなさい。そうすれば昼に新しい部屋を貰ってすぐ移動完了よ。わかった」


 この状態のミリアには何を言ってもかなわない。

 反論しても正論で攻められるだけだ。

 その辺は俺達のパーティの全員がよく知っている。


「わかった」

「あと明日、事務手続きが終わったら言葉遣いも変える事。あと服は適当に私のを見繕って貸すから必ず着替える事。今までは男子に変装という事でそうやっていたんだろうけれど明日の午後からは女子だからね。その辺ビシビシ指導するからそのつもりで」


 ミリア容赦ない。

 正しい事は間違いないのだが、モリさん早くも疲れている模様。

 だがミリアが言っていることは確かに正しいし、その勢いでやった方が後々楽なのもきっと間違いない。

 俺としてはだからこれくらいしか言えないのだ。


「まあモリさん、頑張れ」

「ああ……」

 モリさんの返答の余韻にある意味感じるものがあったが、あえて無視した。

 俺としてはどうしようもない。

 

 とりあえず別の事を考えるか。

 魔獣を仕留めるなら装備も少し考えた方がいいだろう。

 例えばライバーの革の盾。

 金になる中型魔獣、例えば魔小猪イベルデミボアあたり相手には小さすぎる。

 直撃を正面で止める事が可能な大型の盾があると楽だ。


 今まで拾った木を魔法で加工して、やや大きめの木の盾を作っておこう。

 本格的なものはフィンにお願いするとして、必要最小限程度の物でいいから。

 あれがあれば牙ウサギの突進に対しても俺やミリアの支援無しで対応出来る。

 重くなるがレベルアップしたライバーなら問題無いだろう。


 モリさんの方は……まあ、頑張れ。

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