12 誤算の夜と朝
ミリアはまず土魔法で溝を作る。
湿原の水たまりから封鎖した入口直近まで水が流れてきた。
次に岩はそのままにまわりを塞いでいる土をやはり土魔法で除去する。
水が穴の中へと流れ始めた。
ボン!
突如軽く地面が揺れる。
衝撃でまわりの土が崩れ、岩が動いた。
中に入った水が蒸発して膨れたせいだろう。
だがミリアは落ち着いている。
あらかじめ予期していたようだ。
「氷魔法、氷塊形成、連射!」
俺の氷衝撃弾とは違い、ただ連続的に氷塊を作るだけの魔法。
だが穴の中は坂なのでこれでいい。
出来た氷塊は次々に穴の億へと転がっていく。
先程の衝撃で一度吹き出した水もまた中へと注がれ始めた。
そして……
ドドドドド……
地響きとともに穴の中からそんな衝撃音が聞こえた。
魔物の気配が一気に消失する。
「これでおしまい?」
振り返って尋ねるミリアに俺は頷く。
「ああ。今のは圧縮していた土が元に戻った音だ。中にいた魔物は全滅した」
「あっけないのね。魔石とはかどうするの?」
「もう一度穴を掘ればとれるが面倒だ。レベルアップで我慢しろ」
そう言った時だ。
ミリアが不意に顔を歪めた。
「どうした」
「身体中が痛い。う、立っていられ……」
しまった!
とっさに俺はミリアに駆け寄る。
何とかミリアが倒れる前に抱きかかえる。
何が起きたかはすぐわかった。
レベルアップだ。
レベルアップはただ技能が増えるだけではない。
身体構造もより強化され、体質それ自体も書き換わる。
せいぜい1~2程度のレベルアップなら身体全体が少し痛むくらいで済むだろう。
でも5以上レベルアップするとその分身体が大幅に変わる訳だ。
結果、成長痛なんてものじゃない痛みと意識混濁が襲ってくる。
取り敢えずミリアを乾いた草の上まで運んで横たえ、俺は考える。
こいつをどうしよう。
流石にここに放っておくわけにはいかない。
意識を失っている間にわいてきたスライムに消化されてしまう。
この調子ではミリアがいつ目覚めるかもわからない。
かといってここで夜明かしするのも何だ。
つまりは連れて帰るしか無さそうだ。
面倒だが仕方ない。
俺はミリアの魔法杖と俺の刀を自在袋に収納。
そしてミリアを背負う形で抱える。
自在袋が入ったカバンの背負い紐を背後に回してミリアを固定すればOKだ。
人間も自在袋に入れられれば楽なのだがとふと思う。
残念ながら自在袋は意思を持つ生命は入れることが出来ない。
魔物では無い植物くらいがやっとだ。
それでも俺は獣人の
だから女の子1人くらい抱えても夫人の常人以上に動ける自信はある。
両手が使えなくとも魔法で戦えるから問題は無い。
ただ問題は門番だ。
この状態で門を入ろうとしたら質問攻めにあうだろう。
それは避けたい。
つまりは……
俺は道の方へ戻らずに森の中をそのまま南下する。
湿気た森だけにスライムも多いがその辺は魔法で見敵必殺という奴だ。
魔石が拾えないのは勿体ないが仕方ない。
いちいち立ち止まって拾うのは面倒だし時間も食う。
森を抜ける前に魔法を唱える。
「風魔法、隠蔽! 水魔法、隠蔽! 水魔法、変身!」
風魔法の隠蔽は音と気配の隠蔽。
水魔法の隠蔽は視覚の隠蔽。
変身も今回は視覚の隠蔽用として使う。
これで門番程度なら俺を見つける事は困難な筈だ。
しかも門を通らなければまず大丈夫だろう。
森を抜けて街を囲む壁と、それを囲う草地まで出た。
草地を壁まで歩くが今の処他の誰かに気づかれた気配は無い。
無事壁までたどり着いてとりあえず一安心だ。
「水魔法、身体強化!」
まずは身体強化。
「土魔法、固化!」
更に足元の草地を土魔法で固く強化する。
これで準備はOKだ。
念のため壁向こうの気配をうかがう。
人の気配は感じない。
よし、では超えようか。
軽く膝を曲げて、そして本気でジャンプ!
壁の高さはせいぜい
俺の強化した脚力はミリアを背負ったまま余裕で壁を越え、向こう側へ。
街外れの路地に無事着地成功。
さて、それでは寮に帰ろう。
もちろん女子寮に忍び込んでミリアを寝せるなんて面倒な事は出来ない。
幸い寮の俺の自室は獣人である正体がばれないよう、念入りに魔法陣等で隠蔽措置を行ってある。
ミリアは起きるまでベッドで寝せておけばいいだろう。
俺が寝る場所は床になるが仕方ない。
俺は寝静まった深夜の街を駆け抜け、寮の自室へと戻る。
俺の自室は男子寮1号棟の1階103号室。
だから気配を殺したまま部屋の窓際に向かう。
風魔法で窓の内鍵を開け、ついでに窓も開け、ジャンプして中へ。
回していたひもをほどいてミリアを下ろし、靴を脱がせてベッドの上へ。
本当は鎧を脱がせるべきだが脱装魔法は着用している本人しか使えない。
同年齢の女の子の身体に手をやるのは憚られるのでそのまま寝かせる。
俺も装備を外して自在袋へ。
靴や服の汚れを清拭魔法できれいにして、予備の毛布を床に敷く。
明日もどうせ皆とスライム討伐。
だからさっさと寝ておくに限る。
幸い俺は何処であろうと眠れる体質だ。
だから窓を閉めて床の毛布の上に転がって……
◇◇◇
何やら気持ちいい。
耳の後ろや尻尾を撫でられている感じだ。
気持ちいいのはいいが問題もある。
獣人にとって耳と尻尾はかなり敏感な器官なのだ。
撫で方によっては性的な刺激すら感じてしまう。
特に耳の後ろ側なんてのはどの種類の獣人も家族とか恋人くらいにしか撫でさせない場所。
だから、うーむ、やばい……
ふと気づく。
ここは何処だと。
見覚えのある毛布。
固い木の床。
目が覚めるとともに記憶が戻ってくる。
そうだ俺はミリアを連れて帰って床で寝た筈だ。
なら今俺の耳の裏側を撫でているのは……
はっとして身を起こす。
いや起こそうとして押さえつけられた。
「まだ早いわよ。もう少し寝てて」
間違いなくミリアの声。
つまりは……
咄嗟に逃げようと試みる。
今度は尻尾を押さえられた。
まずい、逃げられない。
「せっかくの手触りですからもう少し楽しませてよ」
しくじった。
自分の部屋だからとつい変身魔法を無意識で解いてしまったようだ。
結果俺より早く目覚めたミリアが俺の獣人姿を発見。
耳の後ろだの尻尾だのをモフっている訳だった……
「そろそろ自室へ帰ったらどうだ」
俺は一人で休みたい。
そういう意味を込めて言ったのだ。
しかしミリアには通じなかったらしい。
「もう少しこの触り心地を楽しんでいたいですわ」
「勘弁してくれ。俺は眠い」
だから俺の尻尾をモフるのは止めてもらいたい。
確かに俺の尻尾は犬の獣人の中でもモフりやすい形状ではあるようだ。
フラッグテイルといういわゆるモフモフ尻尾。
でもこうずっと撫でられているといい加減勘弁してくれと思う。
「頼むから帰ってくれ。レベルアップの痛みも消えた筈だ。ここにいる理由は無い」
「まだこの触れ心地に満足していないの」
「ここは男子寮だ。人が少ない朝食時間前までに寮に帰った方がいい」
だから頼むから帰ってくれ。
「ハンスの魔法でここで何をやっても外に漏れない筈よね。だから問題ないわ」
いや問題ありありだ。
「朝食の時間になったら皆起きてくるだろ。それまでに移動した方がいい」
「これでも隠形魔法に気配隠匿魔法、飛行魔法には自信があるのよ」
なら今帰ればいいじゃないかと思う。
言わなかったのは言っても無駄だと悟ったからだ。
こうやって尻尾をモフられ続けるとだんだん変な気分になってくる。
そうでなくとも狭い個室でミリアと2人きりなのだ。
本来の俺の好みは獣人、それも出来れば俺と同じ犬の獣人の女の子だ。
だがここは普人の国ウァーレチア。
当然獣人は俺しかいない。
俺も基本的には常に変身魔法で普人に化けている。
そうしないとどんな目に遭うかわからない。
諸般の理由でここ1年ちょい獣人の女の子なんてのに会った事は無い。
そして普人ではあるけれどミリアは確かに見かけは可愛いし綺麗ではあるのだ。
言葉はきついけれど親切だし、年齢も俺と同い年だし。
しまった、余計意識してしまった。
普人のように常時発情期という訳では無い。
しかし獣人にも性欲はあるのだ。
だからこの状況はもう……本当に勘弁してほしい。
そう思った時だ。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
起床の鐘が鳴り始める。
という事は今の時間は朝6時半。
もう半時間後には朝食だ。
「どうせ今日も奴らと討伐と薬草とりだ。帰って支度をした方がいい」
「残念ね」
やっとミリアはあきらめたらしい。
俺の尻尾をモフるのをやめて立ち上がる。
「それではまた朝食の時間まで、ごきげんよう」
彼女は部屋の窓を開けふっと姿を消した。
隠形魔法と気配隠匿魔法を起動して外から寮へと帰ったのだろう。
流石に男子寮の廊下を歩いたり寮監室の前を通ったりする訳にもいくまい。
だからそれはそれで正しい、のだけれども……
取り敢えず考えても無駄な事は考えないようにしよう。
朝から憂鬱になる事は無い。
俺はゆっくりと支度を開始した。
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