3 入学試験(その2)

 左右を気にしながら走る。

 どうやら俺の左右ともにかなり速い方のようだ。

 それ以外は既に遅れ始めている。


 ちなみに右側の男子も左側の女子も身体強化魔法を使っている。

 だが魔力は左側の女子の方が明らかに強い。

 右側の男子は元々の身体能力を使ってやっと互角という感じだ。

 更に言うと左側の女子はまだ余裕がありそうに感じる。


 俺自身としてはまだ5割以下。

 身体強化魔法を使わなくても大丈夫な程度だ。

 まわりにあわせて一応魔法も使ってはいるけれど。


 ならもう少し速度をあげてみよう。

 俺は獣人なのだ。

 こんな体力勝負で普人に負ける訳にはいかない。


 少しだけ速度をあげてみる。

 右側の男子が少しずつ遅れ始めた。

 でも左側の女子は食らいついてくる。


 少しこの速度で様子を見よう。

 建物の角を左へほぼ速度を落とさずに曲がる。

 左側の女子はまだついてきている。

 ただ流石に余裕は無さそうだ。


 本当はこの場で引き離してしまいたい。

 だがメディアさんに『受験生の中でなんとか1番をとれる程度』と言われている。

 だからこのペースを維持しておこう。

 俺はそう決める。

 

 この速度で走ると700腕1,400mはあっという間だ。

 建物の角を更に2回曲がり、あとは直線。

 最後だから更に少しだけペースを上げる。


 女子はついてこな……いや、ついてきた。

 かなり必死な表情をしているけれど。


 ならもう少しペースを上げよう。

 俺としてももう少しで全力という速度だ。

 流石に差が開き始めた処で終わりゴールの白線。

 予定通りぎりぎり1番でクリア成功だ。


 それにしてもこの普人の女子、なかなかやる。

 獣人と普人では筋力がまるで違う筈なのに。


 ただ流石に限界だったらしい。

 ゴールを少し過ぎた処で横にそれ、そのまま倒れている。

 大丈夫かなと思ったらシャミー教官がさっと回復魔法をかけた。

 無詠唱でかつ手慣れた感じだ。

 やはりこの教官はただ者ではない。

 それなりの腕を持つ魔法使いなのだろう。

 注意しておく必要はありそうだ。


 かなり遅れて3位以下の連中が戻ってきた。

 普人なら普通はこんなものだろう。

 そう思いつつ俺は次の試験で使うらしい模擬武器の方を見てみる。


 両手剣だけで3種類、更に片手剣や短剣といったメジャーなものからナックル、爪といった特殊な武器、更に盾各種まで揃っている。

 鎧も革製のそこそこの物がサイズごとに多数用意されていた。


 学校の中でも最底辺である筈の冒険者学校でさえこれだけの装備がある。

 学校の建物も獣人世界で見たどんな建物より大きい。

 やはり普人というのは恐るべき存在だ。

 体力や戦闘力とは違う別の怖さがある。


 だが負ける訳にはいかない、獣人の誇りにかけても。

 そう思ったところで先程の女子がやってきた。

 何回かの回復魔法で復活したらしい。


「何者なの、あんた」

 いきなりそんな事を聞かれる。


 普人に恨みがある獣人だと正直に言う訳にもいくまい。

「冒険者学校の入学希望者」

 当たり障り無い答えをひねり出す。


「普通の冒険者見習い程度ならあんな速度で走れない筈よ。たとええ身体強化魔法を使っても」

 確かにそうだ。

 でもそう言われても困る。


「でもほぼ同じ速度でついてきた」

「私でさえ今のが全力なのよ。でもあんたは全然余裕だったじゃない」

 私でさえ、ということは相当な自信があったのだろう。

 結果からみてその自信も妥当だとは思う。

 相手が俺でなければ楽勝だったはずだ。


「俺も今のが全力だ」

 普人である以上敵には違いない。

 だからそうごまかしておく。


「嘘よ。そんなに余裕もって。本当はもっと速いでしょ」

 そう言われても正直に言う気も無ければ必要性も無い。

 確かにその通りだけれども。


「まあいいわ。魔法では負けないから」

 勝手にライバル認定されているようだ。

 俺としては別にかまわない。

 どうせ普人は敵だ。

 強いて言えば俺の正体がバレると困るかな程度。


「君の変身魔法は国の大賢者レベルでもそう簡単にはバレないよ。心配しないで自信を持っていればいい」

 そうメディアさんは言っていたけれど。


「さて、次は戦闘術の試験だ。最初に自分が使用する武器をここから選んでもらう。俺はさっき言った通り両手剣、このタイプだ。あと鎧は自分に合うサイズのものを必ずつけてくれ」


 教官が手にしているのはかなり幅があるタイプの両手剣、それも両刃タイプだ。

 もちろん模擬剣なので刃は潰してあるだろうけれど。


 俺はこの中なら両手剣の一番細いタイプだな。

 俺はメディアさんの処では刀と呼んでいた細身の両手剣を使用している。

 けれどあれは一般的では無いらしくここには置いていない。

 だから俺が使うのはここにある中で一番細いが、刀よりやや太くて短いややそりが入ったタイプの剣だ。

 これが一番俺が使っている刀に近い。

 

 革鎧を適当に選んで装着したところで声がかかる。

「それじゃ一番回復していそうな奴から行こう。まずはハンス、お前からだ」


 俺としては早いほうが面倒がなくていい。

 だから先程選んだ両手剣を持ち教官の方へ。


「それでは戦闘術の試験だ。もう一度説明すると魔法は身体強化だけ使用可能。そして俺は防御に徹して攻撃はしない。審判はシャミー教官がしてくれるので指示に従ってくれ。

 それじゃハンス、準備してくれ。シャミーの合図で試験開始だ」


 手抜きするにも最初では具合がよくわからない。

 でも一応ガリウス教官は元B級冒険者。

 その上のA級冒険者なんてこの国に片手で数える程しかいないと聞いている。

 つまりB級ともなれば立派な一流冒険者。

 だから本気でやってみて大丈夫だろう。

 そう俺は判断する。


 ならとっておきの手段を使わせて貰おう。

 俺は模擬剣をさやに入れ、鎧の左腰にベルトで結びつける。

 メディアさんから教わった抜刀術だ。


 強化魔法を使った獣人の筋力と鞘走りの併用。

 これで上段から振り下ろす以上の速度で振り出せる。

 しかも剣の間合いが相手からわかりにくい。

 向こうから攻撃してこないならこれが一番だろう。


「面白い構えだな。剣をわざわざ鞘に入れた状態にするのか」

「ええ」

 一方でガリウス教官は斜め上段の構え。

 振り下ろすだけで最大級の威力を発揮する、大剣持ちでは良くある構えだ。


「それではカウントを開始します」

 俺は3歩で間合いに入る距離で待つ。


 腕力だけなら相手の体格が良くても所詮普人、勝てる自信はある。

 だが経験は俺よりかなり積んでいるだろう。

 普人憎しのあまりそれを見誤る訳にはいかない。

 だから今回は先の先戦術だ。

 相手の知らない技で対応される前に全てを決める。


「3、2、1、開始です」

 声と同時にメディアさん仕込みの抜刀術で一気に剣を振り出す。

 狙うのは一番手前、右手。


 咄嗟に剣を下ろして防御しようとするガリウス教官。

 だがそれは読めている。

 腰をかがめ相手の剣筋を避けつつ斜め下方向へと剣をのばす。


 やったか、そう思った瞬間。

 強烈な力で剣が止められた。

 何だこれは。


「それまで」

 その声で気がついた。

 これはガリウス教官の防御では無い。

 シャミー教官の魔法だ。

 俺の身体とガリウス教官双方の身体の動きが止められている。


「ガリウスの負けですね。そのままでは完全に左手が切られていますわ、今のは」

「確かに。とんでもない速さだな。今期早くも2敗目か」


 という事は俺以前に試験を受けた者で教官に勝った者がいるんだな。

 そう動けないまま考える。

 普人にもとんでもない奴がいるようだ。


 ガリウス教官が動いて後退した後、俺の身体が動くようになった。

 剣を引いて鞘に収め尋ねる。


「今の魔法は何ですか?」

「シャミーの時間魔法だ。任意の相手の動きを数秒止める事が出来る」

「残念ですがそれ以上は無理ですけれどね」


 確か時間魔法は発動がかなり難しい筈だ。

 それを無詠唱でこのタイミングで繰り出せる訳か。

 やはりシャミー教官、ただ者ではない。

 俺ではこの魔法は発動さえ不可能だ。


「早くも1本取られたな。今回もかなり厳しそうだ」

 その台詞の割にはガリウス教官、悔しそうではない。

 むしろ嬉しそうにさえ見える。

 普人とはこう警戒感が薄くて勝ち負けを気にしないものなのだろうか。

 獣人の俺としては意味がわからない。


「でもハンス君、見事でしたわ。今の速さならわかっていなければ避けるのは無理でしょうから」


 そんな事はない。

 メディアさんなら避けた上で更に攻撃を仕掛けてくる。

 何度も練習でやられたから。

 でも流石にそこまで厳しい腕では無いようだ。

 メディアさんも『一応私はこの国最強の勇者と互角程度の腕は持っていますから』なんて言っていたし。


「さて、次の試験はミリアよ。準備なさい」

 先程の持久走で俺といい勝負をした女が片手剣を選んでこっちへ来る。

 どうやら彼女はミリアというらしい。


 さて、俺以外の生徒はどんな感じだろう。

 戦闘術の試験が終わった俺は普人の実力を観察させてもらうことにした。 

 

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