2 入学試験(その1)

 言われたとおり正面の入口から入り、右側の事務室へ。

 カウンター風になっていて、普人の若い女性が俺の方を見て口を開く。


「入校志望者でしょうか」

「はい」

「それではこちらに記載をお願いします」

 この女性も警戒する様子はなさそうだ。


 ここへ記載べき事項については事前にメディアさんに設定を教わった。

 記載項目は姓名、出身地、年齢、ギルド登録があれば登録ギルドとクラス。


 俺はどのギルドにもまだ登録していないからギルド欄は無しに丸印。

 名前はハンス・ギュンシュ。

 このうちハンスは本名だがギュンシュという名字はメディアさんの作った設定だ。

 元々獣人族には名字というものは存在しないから。


 出身地のテレルというのも設定。

 単にさっきの馬車の出発地だっただけ。

 ただし年齢の12歳というのだけは事実だ。


「これでいいでしょうか」

 俺が提出した用紙を受付嬢は確認して、そして水晶玉を出す。

「それでは試験受付を兼ねて冒険者ギルドに登録いたします。この水晶玉に右手の平をのせて下さい」


 これは個人照合用の魔法装置だ。

 確かこれで個人を識別して、犯罪歴が無いかを確認するらしい。

 これもメディアさんに聞いている。


 俺が右手をのせると水晶玉は一瞬だけ光って、そしてカードを吐き出した。

 受付嬢はカードに何やら記載して俺に渡す。


「これが冒険者ギルドの登録証です。今回の試験の結果もこれで照合します。それでは奥の1番と書かれた部屋に入ってお待ち下さい」


 やはり俺が獣人だという事は水晶玉でもわからない模様。

 少しほっとする。

 大丈夫だとメディアさんは言っていたけれど。


 言われたとおり廊下を奥へ進むと1番と書かれた扉があった。

 扉は開いている。

 中へ入ると小ぶりな机と椅子が60程並んだ部屋だった。

 うち1番前の列から3番目の列まで、10人ずつ合計30人の普人が座っている。


 また一番前、少し高いところにある大きな机にはいかにも筋肉質な中年の普人男性がついていた。

 どうやらこの男は学校側の人間で、手前の小さな机に座っている連中が俺とおなじ入校志望者らしい。


 入校志望者の方は男女比2対1程度で年齢は俺と同じくらいかちょい上くらい。

 普人ばかりなのはウァーレチアが普人の国だから当然か。


「今来た君はそこの机を使ってくれ。座ったら登録証を机の左上に出して、筆記用具以外は机の中にしまって」


 やはり特に警戒する様子はないようだ。

 言われたとおりに登録証を置き、自在袋からペンとインクを出して机上に置く。

 一息ついたところでもう1人、入校志望者がやってきた。

 俺の隣の席に座るよう指示され、同じように登録証とペンを出す。


 ゴーン、ゴーン……

 何処かで鐘が鳴り始めた。

 鳴り終わるとともに前にいる男から説明がはじめる。


「それではこれからエデタニア冒険者学校の入学試験を開始する。私は当学校の戦闘実技を担当する教官のガリウスだ。

 これからの試験は全て私の指示に従って貰う。従わない場合はその場で不合格として帰って貰うから心するように。


 まずは試験用紙を配る。はじめと俺が宣言するまでは用紙に手を触れずに待っているように。また他の人の答案を覗き見した場合も不合格とするからそのつもりで。


 なお最初に名前を右上の氏名欄に書いてから問題を解くことをお勧めする。毎年4~5人は名前を書き忘れて不合格になるからだ」


 ガリウスと名乗った男が立ち上がり、試験用紙を1人ずつ裏向きに配る。 

 用紙は1枚、つまり問題と回答欄が同じ紙にある形式のようだ。

 配り終えて前の机に戻った後、前をまっすぐに見てガリウス教官が宣言する。

「それでははじめ」


 試験開始だ。

 ざっと用紙全体を見る。

 簡単な歴史問題、3桁の足し算引き算、あとは常識問題だ。

 これなら楽勝だな。

 俺はハンス・ギュンシュと名前を記載した後、上から順に問題を解き始める。


 ◇◇◇


 筆記試験は簡単だった。

 簡単すぎて時間が余ってしまった。

 だが寝て時間を潰すというのもまずい。

 試験を担当している教官の気分を損ねる可能性があるから。

 だから問題を読んで確認するという面倒な作業を何度も何度も繰り返す。


「試験終わり。ペンを置いて両手を膝においてくれ」

 そう宣言された時に本当にほっとしたものだ。

 馬車の時といい耐える時が長い気がする。

 普人は獣人より忍耐力に優れた種族に違いない。


 問題の回収もガリウス教官が歩き回って回収する。

 おかげで他の人がどれくらい書けているかはわからなかった。

 俺自身は一応全部間違いなく書けたと思うから問題ない筈だけれども。


「さて、この後実技試験をやって合否を判定する。実技試験は持久走、戦闘術、攻撃魔法の3科目だ。

 持久走は700腕1,400mを走る。かかった時間がそのまま評価される仕組みだ。

 戦闘術は私を相手にした模擬試合で、模擬武器を使用して戦って貰う。私は両手剣を使うが攻撃はせず防御に徹する。これでも元B級冒険者だからな。一本取る事を目指して頑張ってくれ。

 なお持久走と戦闘術では魔法は身体強化魔法だけ使用可能だ。


 攻撃魔法は10腕20m20腕40m30腕60m先の的に攻撃して貰う。詳細は担当の教官から別途説明がある筈だ。

 これらの実技を行っている間に今やった学科試験の採点を行い、最後の者の攻撃魔法の試験が終わった段階で合計点数により合否を発表する。合格した場合は4月1日から寮に入って2年間この学校で学ぶことになる。

 以上だ。それでは筆記用具等を片付けてくれ。片付け終わり次第、実技試験会場へ向かう」


 ペンとインク壺を自在袋にしまいつつ俺は思いだす。

 実技試験は全力でやるなとメディアさんが言っていた。

『ハンス、君は元が獣人だしかなり鍛えたからね。正直他の志望者とはかなり実力が違う筈だ。だから目立ちたくなければ実技試験は適当に手を抜け。受験生の中でなんとか1番をとれる程度で充分だ』


 確かに犬の獣人と普人では体力が全く違う。

 特に持久走は差がでまくるだろう。

 ただ普人の中でなんとか1番をとれる程度とはどれくらいなのだろうか。

 正直俺にはわからない。


 ガリウス教官は受付に立ち寄って俺達の答案を渡した後、更に廊下を先へ。

 玄関を通り越し別の部屋の前で立ち止まる。


「ここが更衣室だ。この中で実技試験の為に着替えたい者はいるか。なお戦闘術の時は革鎧と一般的な武器はこの学校で用意した物を使って貰う。特殊な加護エンチャントがついた武器や防具を使わせないための措置だ」


 誰も動かない。

 どうやらこのままでいいようだ。

 確かに皆、ある程度動きやすい服装で来ているものな。


「いないようだからこのまま会場へ行く」

 歩いて行って外へ出る。

 立ち止まったのは運動場の片隅だ。

 もう1人教官らしい若い普人女性が立っている。


「ここが実技試験会場だ。まずは全員で持久走の試験を行う。その前に紹介しよう。魔法の授業を主に担当しているシャミー教官だ」

「シャミーです。入校したら宜しくお願いしますね」


 小柄で細身、腰まで届くロングヘアの普人女性だ。

 年齢は見た目だけで判断すれば20歳そこそこ程度。

 ただ強い魔力を感じる。

 相手にしたらガリウス教官より手強いかもしれない。


「それでは持久走の試験について説明します。ここの線に横に並んでスタートして、校舎をぐるりと1周してもどってくる形になります。基本的にこれと同じ白い線を辿っていけばいいようになっていますわ。


 校舎をぐるりと回ってここの線を越えたらゴールです。どれだけかかったかは私が魔法で計ります。順位は関係ありません。あくまでかかった時間です。駆け引き無用で出来るだけ速く走るようにお願いしますね。


 なお終わってから次の格闘の試験までの間には私が回復魔法を使って回復します。ですから思い切り走っていただいて結構ですわ。また身体強化魔法を併用して走っていただいても結構です。ただし飛行魔法は禁止、あくまで足で走る事。飛行魔法を使用したら魔法解除の呪文をかけますからそのつもりで」


 身体強化魔法併用でも良ければある程度本気になっても大丈夫かもしれない。

 無論他の志望者の様子を見ながらだけれども。

 そう俺は判断する。


「それではこの線に7人ずつ並んで下さいな。最初200腕400mは大したカーブはないので左右どちらが不利という事はあまりないはずです」


 俺も白線につく。

 位置は先頭の左から3番目だ。

 右側は長身で俺よりやや年長に見える細マッチョの普人男。

 右側は俺よりやや身長が低く同じくらいの年齢に見える普人女だ。 


「それでは準備して。5、4、3、2、1、スタート!」

 一斉に走り出す。

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