第1話 入校試験
1 長い道のり
俺はじっと耐えていた。
狭い乗合馬車の中、見知らぬ普人に挟まれた場所で。
馬車というものに乗ったのははじめてだ。
でももううんざりしている。
ただ乗っているだけとは言え揺れは酷いし振動が厳しい。
こんな中に2時間も乗っていろなんて拷問だと思うのだ。
しかし俺と同様馬車内にいる普人は皆それに耐えている。
皆よほど足が遅いのか、それとも歩くのが嫌なのか。
この乗合馬車の場合、時速はおおよそ
自分で走った方が遙かに速い。
俺は平坦な道ならこの倍の速度で10時間程度は走れる。
それをしないのは目立つという事もあるが、メディアさんに馬車で行くようにと言われたからだ。
まずは普人と同じ生活をする事に慣れろと。
馬車で移動するのも教育の一環だと。
ここは普人の国ウァーレチア。
俺のような獣人はおろかもエルフもドワーフも、つまり普人が亜人種と呼ぶような人間はまずいない。
俺も変身魔法で普人に化けている。
馬車が向かうのはウァーレチア東部の海沿いの街エデタニア。
ウァーレチアの王都であり最大の都市。
そこにある冒険者養成学校に入ることが俺の目的だ。
既に入学試験に向けて準備はしてある。
カステル語や歴史、計算の勉強もしたし魔法も中級程度には使用可能。
筆記も実技も試験は問題ないだろうとメディアさんも言っていた。
授業で必要な模擬剣、実剣ともに両手剣を貰ったし、魔法杖やペン、紙等の筆記具も収納鞄に仕込んだ自在袋に入れてある。
ただこの自在袋の性能は他の人には見せるなと言われていた。
ここまで容量の多いものは普通では存在しないからと。
俺は普人の世界がどんなものなのかほとんど知らない。
1年前までは獣人の村で暮らしていたし、村が滅んだ後はメディアさんの山小屋風の家で2人暮らしだったから。
普人の集落へ行ったのは2回だけ。
メディアさんに付き添って買い物に出た時くらいだ。
今朝馬車に乗るためテレルの街へ行ったのが3回目になる。
普人の街へ行くのも、ましてや普人の学校に入るのも気が進まなかった。
俺自身は犬の獣人だ。
何処かの獣人の里へでも行って暮らす方がいい。
それに俺がかつていた獣人の村は普人に襲撃されて無くなった。
普人一般に対する恨みとか憎しみがない訳でもない。
それでもメディアさんの指示だから仕方ない。
「ハンス、君はまだ普人の事を全く知らない。だが普人はこの大陸でもっとも広い範囲で生活している種族だ。だからこれから生きていく上で普人の事をよく知っておいたほうが何かと便利だろう。
知るためには普人に混じって生活してみることだ。それも普人として」
そんな訳で俺は馬車の中で耐えている。
まわりを敵である普人に囲まれた状態でだ。
それでもメディアさんの言葉に逆らう気にはならなかった。
何せ1年前、メディアさんがいなければ俺は生きていないだろうから。
生まれ故郷である獣人の村が普人に襲われた時、たまたま俺は離れた場所へ薬草採りに行っていた。
村に戻りかけた時、匂いで襲撃があった事に気づいた。
さらに乗馬した普人が追ってきた。
追われるまま俺は魔獣が多い黒の森へと逃げ込み、まさに魔獣に襲われる寸前でメディアさんに助けられた。
以降メディアさんと暮らしながら魔法や剣術、文字の書き取りや計算、歴史などについて教わったのだ。
メディアさんが何者かは未だに知らない。
黒の森の奥深くに独りで住んでいて、付近の魔獣を狩ったり薬草を採ったりして生きている。
たまにそれらから作る薬を売りに出ているようだ。
魔法も剣術も弓も使いこなし、山奥に住んでいるのに世の中をよく知っている。
見かけは20代後半の普人女性だが本人曰く普人でもエルフでもないそうだ。
面倒なので普人の外見に偽装したままだと言っている。
偽装を解いた姿を見たことがないからわからないけれど。
馬車の外が大分賑やかになってきた。
どうやら街に入ったようだ。
やっとこの拷問じみた空間から逃れられる。
それが敵地であったとしてもこの狭い空間よりはまだましだ。
俺は安堵のため息を小さくついた。
◇◇◇
なるほど、大きい街とはこういうものか。
俺は正直圧倒されていた。
勿論表情や態度には出さないようにしているけれども。
2階建て以上の家々が立ち並ぶ通り。
確かに異様に人が多い。
この通りの1ブロック分だけでもかつて俺が育った獣人の村より多くの人が住んでいるだろう。
そんな場所が延々と続くのだ。
確かにこれは一見の価値がある。
本等で知ってはいたが実際に見るとまた別物だ。
普人とはこんなに集まっているのかと実感できる。
だが物珍しげにまわりを見まわして田舎者扱いされるのもまずい。
だから極力他と同様に前を見て歩く。
幸い道順は何度も地図で見ておぼえている。
そんな訳で乗合馬車を降りてから地図を見て歩くこと
俺は無事目的地、冒険者学校の正門前へたどり着いた。
門横にある受付に一礼し、メディアさんに言われた通りの口上を述べる。
「冒険者学校に応募しに参りましたハンス・ギュンシュと申します」
「入って右側の事務室で書類作成だ。今ならまだ本日の試験に間に合うだろう」
受付にいた男も普人だが特に敵意や警戒感は感じない。
もっとも俺は普人に見えるよう偽装している。
だからだろう。
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