第0話 はじまりの前に

0 とある場所にて

 コンコンコン。

 扉がノックされた。


「はい」

「僕だよ」

 その台詞と共に扉が開く。

 入ってきたのは褐色の肌に白くて長い髪の小柄な人物だ。

 年齢は外見から判断するに12~13歳くらいだろうか。

 性別は見た目では判断できない。


「何だペレスか。何の用だ」

 赤毛の若い女性が紅茶のカップをソーサーへと戻し、白髪の方を見る。


「イアソンに頼まれて様子伺いだよ。メディアが育成していた駒がいなくなったようだから顔を出してこいってね」


「人間を駒呼ばわりするんじゃない」

 メディアと呼ばれた女が顔をしかめる。


「でも僕らにとっては駒みたいなものだろ」

 ペレスと呼ばれた白髪は扉を閉め、メディアと呼ばれた女性がいるテーブルの方へとやってくる。

 そのまま向かいの椅子に腰掛けた。

 その前にはいつの間にか紅茶セットが置かれている。


「僕らにとってこの世界はゲームみたいなものさ。うまく行ってようと多少壊れようとも問題ない。直接手を出す事が出来なくてもどかしいけれど、ゲームの規則だと思えば腹もたたない。そうイアソンは言っていたよ」


「イアソンはともかくペレスはこの世界の人間だろう、元は」

「もうその頃の事は忘れたよ。こっち側の立場になってからの方が長いしさ」

 ペレスはそう言って目の前の紅茶のカップを右手で口へと運ぶ。

 

「これは悪くないね。何処のかな?」

「バンダルの昨年秋の紅茶だ。安物だが悪くない」

「この世界の現在の物にこだわるのは何か理由があるのかい」

 メディアはふんと鼻をならす。


「私達もこの世界の一因子だろう」

「そうかな。イアソンは僕にこの世界をゲームボードとして認識しろと言ったけれどね。その方が判断を間違えなくて済むって」

「それはイアソンの考え方だ。私にとってこの世界は現実だし、私自身もこの世界の一員であり構成要素だ」

「その辺はきっと噛み合わないんだね」

 ペレスは大げさに肩をすくめてみせ、そして更に尋ねる。


「勉強の為聞いて来いとイアソンに言われたから聞くんだけれどね。メディアはどういう方向性でこの世界に相対しているのかな」

「相対している訳じゃない。私もこの世界の一員だ。この世界の一員として今は人の文明や文化の発達を見守っている。そんな感じだな」


「そんな悠長なプレイ、よくやっていられるね」

「時間はいくらでもあるだろう、私達には」


「まあそうだけれどね」

 ペレスはそう言った後、続ける。


「ゲームとして盤面を面白くしようとは考えないのかな」

「面白くしようとはしているさ。面白さの判定基準がイアソンと違うだけだ」

「そんな物なのかね」


「そんな物だな」

 メディアは一呼吸置いた後、続ける。


「ペレスも知ってのとおり、私はつい昨日、1人の少年を送り出した。当分は彼が普人の中で何を考えてどう成長するか、楽しませて貰うさ」


「それってメディアの立場で楽しめるものなのかな」

 ペレスの疑問にメディアは頷く。

「ああ。私達がかつて持っていたが今は無くしたもの、それを当たり前に彼は持っている。その辺を少し懐かしみつつ、見守るのも悪くはない。たとえ彼がどんな方向へ向かおうとな」

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