無人島生活12話 頼れるバカ隊長、と便座カバー

 蓄えたエネルギーが体を巡り、脳もしゃっきりして色々と考えられるようになった。この無人島からの脱出方法を色々と考えている内に、エリーはあることに思い至った。


「ねえ。カバー隊長」


 エリーは砂浜で日光浴をしているカバー隊長に声をかけた。

 掛けているマッカーサーのようなサングラスを親指で持ち上げて、カバー隊長は、「何だね?」と応じる。


「想い出したんだけど、飛行機にはGPSが付いているもんじゃないの? いつまで経ってもやって来ないあたし達を心配して、誰かがGPSの発信が途絶えたところを探し当ててくれるんじゃないかしら?」


 カバー隊長はサングラスを下して、「・・・・・・」と変な間が開いた。


「言いずらいのだが……」


 エリーは嫌な予感を感じた。

 その嫌な予感は大抵的中する。


「あの飛行機にはGPSは付いていないんだ……」


 絶望したというより、やっぱりか、と的中した満足感的な感覚を感じた。


「そう。予想はしてた。だけど、GPSが付いていない飛行機なんてあんのね。スマホを置いてきたことが本当に悔やまれてならないわ。たく、あのマネージャの奴。スマホを取り上げやがって。無人島もチートアイテム、スマートフォンと共になら、何とかなるのに、たぶん」


「ん? 怒らないんだな。半殺しにされるのは覚悟してたんだが」


「あたしをどんな女だと思ってんのよ」


「いや、こんな」


 言ってカバー隊長のイメージが空中に具現化された。

 そこには髪の毛が無数の蛇で、見るだけで石になってしまいそうな恐ろしい顔をした怪物がいた。


「あたしをどんな女だと思ってんのよッ!」


 このバカを本当に半殺しにしてやろうか、とエリーはマジで思った。

 

「まあ、無駄な希望を持つより、早い内に教えられてよかった。で、これからのことなんだけど。潤弥と紅さんが見たって言う人間の骨をしっかり確かめた方がいいんじゃないかな」


「ああ、私もそう思っていたところだ。だが、エリー君も行動的になったものだな」


「そりゃあ、行動的にもなるでしょう。じっとしてたら、飢え死にするだけだもの。それに、肉食動物に襲われたのか、そうでないのか確かめないと夜もおちおち眠れないじゃない」


「それもそうだな。では、何人かで様子を見に行こう」


 カバー隊長は立ち上がり、背中についた砂を叩き落とした。


「みんなッ」

 

 カバー隊長を中心に扇状に並んで、皆は集まり話を待つ。


「今から、森の中で発見したという人骨を調べに私を含む、ゴリッチ君、潤弥君、エリー君、で出発しようと思う」


「俺っちも行くのかよ……」


「当然だ。君が目撃したのだから、案内してもらわないと場所がわからないじゃないか」


「そうだけどよ……」


 煮え切らない表情でうじうじする潤弥。

 これが潤弥の固有スキル、硝子のハート。

 打たれ弱く、すぐにネガティブになるが、そんな姿から母性本能をくすぐり年上の女性にモテる。だが無人島では効果がない無能スキル。


「あんた、だらしない男ね。こっちには百獣の王、ゴリッチがいるんだから安心よ」


 エリーはゴリッチをバン、と示した。ゴリッチは自慢の大胸筋を上下させて、ボディービルダーのようなポーズを決める。


「わかったよ。案内すればいんだろ……」


 ゴリラと一緒にいた方が逆に安心かもしれない、と思った潤弥。


「よし。それでは、龍之介君。すぐに戻ってくるがその間、女性たちを守ってくれるか」


「フン、当然だ。レディーを守るのが男の使命。任せてくれッ!」


 中二病的なポーズを決める中二病。


「うち守られんでも、自分の身くらい自分で守れるで。女を馬鹿にせんといてえな」


 モーリアンはほっぺたを膨らませて、何故かムキになっていた。


「よし、それでは行こう」


 潤弥を先頭にして、エリーは森の中に足を踏み入れた。

 






「ここらへんで、パロパロの実を獲ったんだ」


 いつの間にかパロパロの実、という名前が定着していた。

 潤弥はパロパロの実が実っている樹をジグザグに進み、開けた一帯に出た。木の葉の傘がこの一帯だけ開けている、広場のようなところだった。


「あれだよ……あの黄ばんだ岩みたいなやつ……」


 言って潤弥は広場の真ん中くらいにポツンと、ある黄ばんだ岩を指さした。カバー隊長はサングラスの奥で、その黄ばんだ岩を視界にとらえて近づいた。岩の目の前で止まり、しゃがんで手に取る。


「うん。これは人間の頭蓋骨だ」


 あまりに非現実的なことを、ありきたりのように言うので、三人は一瞬肩を撫でおろしてしまった。


 だがすぐに、「え……本物なの……?」とエリーは素っ頓狂に訊き返す。


「ああ、間違いないだろう」


 言ってそこら辺に落ちている木の枝のような物を拾い上げて、「これは人間の大腿骨だいたいこつだと思う。そして、この黄ばんだ石のようなものは頭蓋骨で間違いない」と怯むことなく素手で骨を掴むカバー隊長。


 やはり、この人はグリンベレーの戦士なのか?


「だが、骨になってかなり経っているようだな。専門家ではないので、断定はできないが三百年近くは経っているかもしれない。そしてもう一つわかることは、この骨は自然死ではなく、他殺の可能性がある、ということだ」


 エリーは固唾をのみ込んで訊ねた。


「どういうこと……?」


「何か鋭いもので付けられたような傷が骨に残っている。私が推測するにこれは、動物の牙が付けたものではなく、刃物が付けたものだろう」


「な、何で無人島で……そんな骨ができるんだよ……?」


 声を震わせて潤弥がカバー隊長に問うと、「可能性として、私たちと同じように、この島に流れ着いた者たちが仲間割れを起こして、殺し合いをはじめた、と考えるのが妥当だと思う。もう一つ、考えられる可能性としては、この島の植物に幻覚作用を引き起こす何かがあり、それを食した者たちが幻覚に襲われ殺し合いをはじめた、かな」と淡々と告げる。


 ちょっと待って……。

 パロパロの実大丈夫なんでしょうね……?

 エリーはその話を聞いてから気分が悪くなった。

 戻したくとも、すでにほとんどが消化されている……。


 そのあともカバー隊長は広場に落ちていた人間の骨から、切創せっそうと思われる傷を次から次に見つけた。


「これで、わかったことは、肉食動物に襲われたのではない、ということだ。鶏や馬その他にもうさぎや羊、山羊などを見た。そのどれも警戒心というものを持っていなかった。だから、この島には肉食動物はいないのだと断定して間違いないだろう」


 不思議とカバー隊長が頼れる大人のように見える。

 これはパロパロの実が引き起こす、幻覚ではないだろうか……? と心配になった。

 

「これから、植物には気を付けた方がいい。みんなの下に戻って状況を説明することにしよう」


 人骨と言う現代社会では、滅多にお目にかかることのない死の象徴を臆することなく観察して、恐怖に固まっている三人をリードした。


「そう心配するなことなない。肉食動物の心配はなくなったんだ。この無人島で一番恐れるべきことは、疑心暗鬼になることだ。だが、我々はそのような心配はない。だろ?」


 爽やかな微笑みを浮かべる、カバー隊長。

 皆は頼りがいのある先生を見るような目を、隊長に向けた。


「それでは引き返そう、と便座カバー」


 やっぱり、今思ったことはすべて取り消そう。

 カバー隊長は潤弥、ゴリッチ、エリーの背を押してその場を立ち去った――。

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