無人島生活11話 突如はじまったグルメ漫画的展開とグ〇メ細胞の活性化

「いったい……何を食べろって言うのよ……?」


 苛立ちを含んだ声で、エリーは誰にともなく訊ねた。


「食べるもんならいっぱいあるやないか」


 サメと悪〇の実、そして毒々しい草が入れられた容器を指さして、モーリアンは答えた。


「どこによ? そこの悪〇の実みたいな果物? それともサメ?」


 ああ、何故かわからないが涙が出そうになる……。

 お腹が空いていなければ、こんな馬鹿みたいな茶番にも付き合ってあげられるのだが、さすがに空腹時にはツッコミの力も削がれてしまうし、イライラしてしょうがない……。


「うちな前に見たねん。あるディレクターがサメを釣りあげて、食べるっちゅう番組をな。ほんでな、そのディレクターがまたすごうてな、落ちてるもんや、流れ着いたペットボトルに入った得体の知れへん飲み物でも、何でも食べるんやわ」


「何が言いたいの?」


「うちが言いたいんわ、その気になれば人間大抵のもんは食えるちゅうことやわ。現代人は潔癖すぎるんやわ。うちのオトンなんてな、路地裏のごみ箱漁って、飢えをしのいだことことあるって自慢しとったで」


 いったい、どんな両親だッ、と心でつっこみを入れるエリー。

 モーリアンは証明したるわ、と言って、バケツのような容器に積み上げられた悪〇の実のような果物を手につかみ、迷うことなくかじった。


「ちょ……むやみやたらにそんなん食べたらダメだって……。毒だったらどうするの……」


 だがもうすでに遅し、モーリアンは飲み込んだ後だった。

 皆は固唾を飲みながらモーリアンの反応を待った。






「な……なんじゃごりゃ――――――!」


 モーリアンはグルメ漫画もビックリのリアクションを上げた。


「早く吐き出しなさいッ!」


 エリーはモーリアンの下に慌てて駆け寄り、背中を叩こうとしたとき、「なんじゃごりゃッ。美味いわッ。美味すぎるわ。こんな美味い果物食べたことないわ」と〇味し〇ぼの某キャラを真似たようなリアクションでまくし立てた。


「エリーっちも食べてみい。美味いで、ほんまに。騙された思うて食ってみい」


 言ってモーリアンは食べかけの悪〇の実をエリーに差し出した。


「いや……いいって……」


 もうしばらく待って、モーリアンの様子を観察するまでは食べられない……。


「まあ、騙された思うて食べてみてえな」


 ……モーリアンが差し出す果物からは芳醇な匂いが発せられていた。溢れ出る唾液……エリーはゴクンと唾をのみ込み、ゆっくりと果物に手を伸ばした。


 心では、辞めろッ! そんな得体の知れない物食ったら死ぬぞッ! 毒見役の様子を見るんだッ! と警鐘を鳴らしているのに……勝手に手が動いてしまう……。


 空腹にはあらがえない。

 テトロドトキシンという猛毒を持つ、フグを好んで食したがるように、人間は美食のために、命を捧げられるというのか……?


 恐る恐る悪〇の実を食した。

 そして、エリーは芽生えたッ!


「口に広がる芳醇な香り。バナナとマンゴーをミックスしたような濃厚な舌触り、と味ッ。歯が要らないほどにやわらなか果肉を押しつぶすと、濃厚なジュースがあふれ出る」


 果肉を胃袋に流し込み、「なんじゃごりゃ―――――! 本当に美味しいじゃないッ。何この果物ッ。今まで食べたことないんだけどッ!」興奮して我を失っているエリー。


「そうやろ。美味いやろッ」


 二人の反応を見ていたみんなは、「本当に美味いのかよ……」と半信半疑の潤弥。


「食うてみい。飛び上がるで」


 潤弥は威嚇する動物を触るようときのような、慎重な手つきで果物を受け取ると、犬のように匂いを嗅いだ。ドキドキワクワク、見つめるモーリアン。


 潤弥は目をつむって一気にかぶりついた。


「どうや、どうや、美味いやろ」


 数秒の溜め。

 モグモグと果物を味わう潤弥。

 そして、芽生えッ!


「おおおおっ! この濃厚な味わい。臭いをなくしたドリアンのようで、上品な甘さが口の中で余韻を残す。かと言ってくどすぎることなく、スーッと消える飽きさせることない味わいが、食欲を更にそそるッ。美味いぞ。美味すぎるッ!」


 突如はじまったグルメ漫画。謎の実を食べた三人の顔は〇味〇んぼのキャラクターのように、丸みを帯びた表情に変わっていた。


「おまえも騙されたと思って食ってみろよッ!」


 〇味〇んぼの実の信者となった潤弥は、新たな信者を増やそうとゴリッチにも渡した。


 疑いを知らぬゴリッチは素直にその実を食し、「美味いッ! このバナナのような香りが、バナナのような触感に、バナナのような歯ごたえで、バナナがバナナでバナナのバナナッ!」とバナナに例えて芽生えた。


 その調子でどんどん信者を増やす実。

 これは、果物の生存戦略なのではないか?

 まあ、そんな些細なことはどうでもいい。

 カバー隊長の場合。

 

「この味はッ! 昔戦場で食べた、果物に似ているッ。私が属していた部隊に物資が届かなかったときのことだ。食料も尽き、餓死直前だった。そのときに、森の中で仲間が見つけてきたのがこの実だった」


「あんたはいったいどこの戦場に行ってんだよ?」


 延々と語り続ける、カバー隊長にエリーは訊ねた。

 

「・・・・・・」


 だが、カバー隊長は返事を返すことなく、まるで聞こえなかったかのように話し続けるのだった。続いて中二病。


「この味はッ、知恵の樹から与えられし、禁断の果実。生命の実。延命の奇跡。味の宝石箱やッ」


「て、あんた禁断の果実なんて食べたことあんの?」


「・・・・・・」


 中二病は言葉に詰まった。

 そして、大本命。

 一番反応が想像できない紅に、エリーは果物を与えた。


 皆は恐る恐る、紅の反応を固唾を飲みながら見守る。

 ゴクリ、と皆の固唾を飲みくだす音。

 緊張が広まる。


「これ~、美味し~。どこになってたの~? ス~パ~でも買えたらいいのにね~」


 期待したような変化がなかったことに、皆は少々落胆を表したときだった。


「いや、違うでッ! よう見てみいッ!」


 モーリアンが紅の顔を指さしながら声を上げた。

 一斉に紅の顔に視線をやると、正に孤〇のグ〇メのあの人の顔になっていた。あの人はどこに行こうと、静かに食事をするッ。哀愁漂うあの姿。今の紅からは、あの人のオーラがかもし出されていたッ!








 と、皆が食べたわけのわからない実を、パロパロの実と名付けることにした。


 まあ、そんなバッカーノバカ騒ぎは置いといて、果物なんかでは腹に溜まらん……。口には美味しいが、もっと腹に溜まるものを食べたい。


「パロパロの実はごつ美味かったけど、腹に溜まらんな……」


 言ってモーリアンはグ~と鳴るお腹を押さえた。

 いつの間にか浸透している、パロパロの実。


「このサメを食うてみようや」


 モーリアンは砂浜に横たわる巨大なホホジロザメを指さして言った。

 だが、エリーはあからさまに嫌そうな顔をする。


「な、エリーっち。食わず嫌いはようないで。殺したもんは食べな、サメは死に損やん。そんなん、可哀想やわ。この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきます、やで」


「わたし~聞いたことあるんだけど~」


 紅は手を上げた。


「お、何や」


「サメの刺身はトロにも匹敵するって~」


「ほんまかッ! 確かにあの紫のディレクターも美味そうにサメを食うとうたからな。美味いんやろうな~」


 だから、そのディレクターって誰だよ?

 モーリアンは腹を鳴らした。


「よし、さばいてみよう」


 カバー隊長はジャケットポケットから、サバイバルナイフを取り出して、サメの背中に刃を当てた。エリーは目をそらす。


「覚悟はいいな」


 無言の了承を得て、カバー隊長はサメの解体をはじめた。

 解体したサメ肉を巨大葉の上に並べて行く。


 食べやすい大きさに切って、念のため焚火で軽くあぶった。

 肉質の身に焦げ目ができて、それなりに美味しそうである。

 マグロのブロック肉を、丸ごとあぶったような感じだった(想像で)。


「よし、食べてみよう」


 カバー隊長は皆の前にサメ肉を置いた。誰が先に毒見をするかでけん制していると、バ〇ボ〇のパパ並みに予測不能のモーリアンは構わずにかぶりついた。


「なんじゃごりゃ―――――! 美味いで、みんなも食べてみい。歯ごたえがあるけど、噛めば噛むほど味が出てホンマに美味いでッ!」


 皆は半信半疑に匂いを嗅いだり、観察したりしている中、真っ先に口をつけたのはゴリッチ。


 ゴリッチは目を見開き、「おまえはこれほどまでに美味かったのかッ!」と叫んだ。


 ゴリッチの全身の筋肉が、タンパク質の摂取に喜び震えている。

 正にグ〇メ細胞が活性化しているのだッ。


 ゴリッチに続けとばかりにカバー隊長、龍之介、紅と次から次にサメ肉を食べる。次々に皆の体に変化が起こった。グ〇メ細胞の活性化ッ!


「ほら、エリーっちも食べてみい。腹が減っては何とやら、やで」


 エリーは恐る恐る食べてみた。新鮮だからか、思っていた以上に柔らかく魚の身を食べているというよりは、牛肉や豚肉を食べているという感じだった。


 噛めば噛むほどに味が出てくるが、肉質なので顎が疲れてくる。

 固いものをそれほど食べない現代人の軟弱さ。

 

「どうや?」


 ドキドキワクワクとモーリアンは感想を求めた。

 

「まあ。不味くはないわね。だけど、体に害はないんでしょうね?」


「エリーっちはツンデレやな。大丈夫やって、たぶん」


「たぶんって何よ。たぶんって……?」


 再びモーリアンはサメ肉を豪快に食べた。


「美味いんやけど、塩か醤油が欲しなるな」


 確かに、何か味が欲しい……。

 味付けの濃い物ばかり食べている、現代人の感想。


「そうだな。塩は命にも関わってくるから、作って置いた方がいいだろう」


 カバー隊長はサメ肉を咀嚼しながら言った。


「塩って作れるんか?」


「私が知る限り、海水から作る方法と岩塩を掘り当てる、という二つの方法があるが、岩塩を掘り当てるのはまず不可能だろう。だから、海水から作る方法を取ろう」


「見直したでバカ隊長ッ! うちあんたを見下しとったわ。意外に頼りになるんやな」


「いや。照れるな」


 嬉しそうに頭を掻くカバー隊長だが、馬鹿にされていることに気付いていない様子だった。パロパロの実とサメ肉で腹を満たし、皆は一息ついたのだった――。

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