無人島生活10話 か〇あげクンのようなチキン

 潤弥は馬鹿なことを叫びながら飛び起きた、と思うと自分のとなりにいるサメを再び視界にとらえ、「陸を這うサメッ――――――!」と再び気を失った。


「ビビりな男やな」


「いや、潤弥の反応は正しいって。あんた達がおかしいのよ」


 そう言ってから、自分もかなりこの状況に慣れていることに苦笑する。


 エリーはまた気を失ってしまった潤弥の肩をゆすって、「ちょっと、いい加減起きてよ。ねえったら」とたたき起こした。


 潤弥はゆっくりと目を開けて、「あれ、俺っち何で寝てるんだ?」と余りのショックに記憶が一時的に飛んでしまったらしかった。可哀想に……。


 そして、となりのサメが視界に入ると、「ギャー―――――! 何でサメがッ――――――!」とまた気絶した。


「さすがに、くどいッ!」


 エリーは潤弥の頬を叩いて、再び起こした。潤弥の頬を両手で抑え込み、となりが見えないようにしてからエリーは言った。


「落ち着いて話を聞きなさい」


 潤弥はたらこ唇を作り、にらめっこのようにみっともない顔だった。


「わかった――」


 活舌のハッキリしない声でホストはうなずいた。


「今サメがいるけど、もう死んでるから。そんな驚くことないからね。いい、心の準備はできた」


「サメ……?」


 言ってエリーは潤弥の顔を拘束していた手を解いて、顎でとなりを見るように示した。


「サメって……何だよ……」


 何が何だかわからないまま、潤弥は恐る恐るとなりを見ると、「サメが焚火に当たっとるやないかいッ―――――!」と絶叫を上げ再び気を失いかけたところを、エリーが「わざとだろッ!」とビンタで呼び戻した。


「ななななななな、何でサメがいるんだよ……」


「ゴリッチが獲って来たんやで。凄いやろッ」


 モーリアンは自分のことのように胸を張って言い放った。


「獲ってくるって……どうやってだよ……」


「そんなん決まっとるやないか。こうやわ」


 モーリアンはそう言って、ボクシングのシャドウをして見せる。

 ワンツーワンツー、と。


「サメなんて鼻狙えばいちころなんやで。次は潤弥っちが海入って獲って来てえな」


 ※サメの鼻が弱点と言う専門家もいれば、弱点ではないという専門家もいるそうだ。よい子はサメと闘おうなどという馬鹿な気を起こさないようにッ!


「馬鹿。人間がサメに勝てるわけないでしょ。サメに勝てる奴なんて、人間を辞めた奴か、ちゃんと修行編をこなした奴か、方眉剃り落とし、山にこもって熊と稽古する奴くらいなんだから」


 エリーは震えあがる潤弥に救いの手を差し伸べた。


「なんやねん。おもろないな。サメなんて鼻やればいちころやんけ」


「そんじゃあ、あんたが潜って来なさいよ」


「うち女の子だもん。そんなおっかないことようせんわ」


 エリーは拳を握りしめて、モーリアンを殴りたい気持ちに駆られた。

 誰が、『女の子だもん』だ。

 こんなときだけ、女の子面するな、とどついてやりたい……。


「まあ、こんな茶番もう終わりにして、本題に行きましょ。さっきどうして慌ててたのよ?」


 エリーは落ち着きを取り戻しつつあった、潤弥に訊ねた。

 

「慌ててた? 俺っちが?」


「慌ててたじゃない」


 潤弥は腕を抱えて、しばらく考え込んだ後に「あああああ、そうだ。そうだったッ! 大変なんだ。がががが、骸骨が、骸骨が森に沢山転がってるんだよッ!」言って森の方を指さした。


「骸骨?」


「そそそそそ、そうなんだッ。骸骨が、骸骨が森の中に沢山転がってるんだよ」


「見間違いじゃないの?」


「見間違いなんかじゃないって。本当なんだ」


 鬼気迫る形相で言う潤弥が、冗談を言っているようには見えなかった。


「わかった。信じる。だから、詳しく説明して」


 潤弥は詳しく、かくかくしかじか、と説明した。


「それが、本当ならやっぱりこの島には人間でも襲う肉食獣がいるか、毒のある何かを食べたのか、仲間内で殺し合ったのかもしれないわね」


 潤弥の話しに深刻に顔を歪める、人間とサメ。


「おっかないな。うちらが殺し合ったって、ゴリッチが生き残るに決まっとるやないか。そうならんために、そこにある何か毒々しそうな色しとる実で真っ先に始末しといた方がええんちゃうか」


 モーリアンはゴリッチ本人が聞いている目の前で、本気とも冗談とも取れないことを言い出した。みんなは無視して話を進める。


「まあ、とにかく安全な場所を早く確保しなきゃダメってことね」


 エリーはそう言うと、「ところで、紅君はどうしたんだ? まだ、食料を探しに行っているのか?」と今まで黙っていたカバー隊長が今回はじめて口を挟んだ。


「そういえば、遅いな。時計ないからわからんけど、うちの体内時計では三時間くらい経ってるで」


「三時間……それってちょっと時間かかりすぎじゃない……」


 エリーは一抹の不安を感じたときだった。ご都合主義的ベストタイミングで、砂浜の向こう側からかけてくる人影を視界にとらえた。


「みんな~どうだった~」


 紅の間延びする声が聞こえて来た。


「お、噂をすれば影やな。紅っちどこいっとったん?」


 何かがおかしいことに気が付いた。

 紅の頭の上に、何かが乗っている? ような。

 か〇あげクン的な何かが乗っているような……?


「チキン~、見つけたよ~」


 皆が一斉に紅の声が聞こえた方を向くと、「ゴケーッ……。ゴゴゴ、ゴケーコケッコーッ……!」と助けを求めるような声が返って来た。


「・・・・・・」


 皆は呆然と紅の頭に乗る鶏を凝視した。


「ほら~。みてみて~。タンパク質見つけたよ~」

 

 RPGのモンスターのような登場の仕方を見せて、「どないしたんや。その鶏」と皆の驚きをモーリアンが代弁した。


「森の中にこの子たちが~、沢山いたの~。これで、タンパク質には困らないね~」


「本当に沢山いるの?」


 疑りを含みながらエリーが問うと、「沢山いたよ~。ウサギとか~、羊とか~、山羊とか~、ね」紅は指を一本一本折りながら数えた。


「ホンマかいなッ! いなくならんうちに獲りに行こうや。今夜はチキンパーティーができるな」


 皆はモーリアンのその発言に背筋が凍り付く思いを感じた。


「あんた……自分の言っていることわかってる」


「何が?」


「チキンパーティーするってことは、この鶏を殺すってことよ」


 エリーがそう言うと、モーリアンは押し黙った。

 自分でも気づいていなかったのだ。


「ま~ま~みんな暗くなり過ぎ~。この子卵を産むんだよ~。鶏を数匹集めて、卵を獲れるようにしたらタンパク質に困らないよね~」


 紅はそう言って、鶏の羽を撫でた。

 その発言を理解したのか、暴れていた鶏は急におとなしくなった。

(食べられなくて済むの……?)と言いたげな、眼をしている。


「この子を~、逃がさないようにする~、いいアイデアを思いつかないかな~」


 紅の問い掛けにゴリッチが答えた。


「昨日網を拾ったから、それをフェンス代わりにできるかもしれない。しばらくの間、閉じ込めておくにはいいと思う」


「ほんと~」


 ゴリッチは立ち上がり岩場に消えると、漁師の網のような物を持って帰って来た。その網を樹間と樹間の間に掛けて、簡単な蚊帳みたいな、ゲージみたいな物をこしらえた。


「ありがと~」


 紅はその網の中に鶏を入れて、満悦気味に焚火の前に陣取った。

 サメがいるというのに、ビビった様子を示すどころか、気に掛けた様子も見せなかった。


 ツッコみどころが多すぎて、まず何から言えばいいのか迷うが、エリーはとりあえず、「大丈夫だった?」と紅に質問した。


「何が~?」


「潤弥が森の中で人間の骸骨を見たって言ってるんだけど、何かヤバそうな動物の影とか?」


「ああ、骸骨。森の中にあったよね~」


「ああ、そうあったの。へ~」


 大したことないことのように紅が言うので、危うくスルーしそうになったが、よく考えると恐ろしくない?


「ちょっと待って。頭蓋骨があったのッ!」


「うん、沢山あったよ~」


 紅が言うとあまりに危機感がなさ過ぎて、現実味にかけた。


「大丈夫だったの? やっぱり、ヤバい動物でもいるんじゃ……」


 紅の分もエリーは深刻に言ったが、「エリーっち心配せんでも大丈夫やって。うちらにはゴリッチがおるんやから。虎だろうが、ライオンだろうが、ビッグフッドだろうが心配あらへんって」と楽観的なモーリアンだった。


「そうだよ~。心配することないよ~」


「どうして、そう言えるのよ? 骸骨がこの森の中に沢山転がってるんでしょ?」


 エリーが深刻に訴えたが、緊張感のない間延びした声で紅は答えた。


「肉食動物はいないと思うよ~。肉食動物がいるんだったら~、こうも動物さんたちが警戒心持たないわけないと思うんだよね~。この子だって、逃げなかったしね~」


 鶏を見て言う、紅。


「確かにそうかもしれないけど……」


「草食動物いっぱいいたし~、鶏だっていっぱいいたし~、天敵がいるんだったら、ここまで繁殖しないよ~。鶏美味しいから、真っ先に食べられちゃうと思うんだよね~」


 つかみどころのない口調でしゃべるが、意外と言っていることは真面だった。


「そうやで、エリーっち。こっちには霊長類最強のゴリッチもおるんやから、心配あらへんって。ビッグフッドでも、チュパカブラでもかかってこいや。いつでも相手したるでッ、ゴリッチが。

 それより、昼、食べようや。みんな帰ってくるのを、うち待ってたんやで。もうお腹ペコペコで倒れそうやわ」


 モーリアンは皆の留守中、貝をたらふく食べ、ヤシの実ジュース(酒)を堪能していたことは秘密だ。


 言われてみれば、朝から岩山に登り歩き詰めだった。

 昼食の時間はすでに過ぎて、夕食に近いかもしれない。

 モデルとしての規則正しい食事など無人島では関係ない。だが間食を気にしてなどいられない。エネルギーを摂取しなければ、倒れてしまう。


「そうね。何か食べながら、今後のことを話し合いましょうか。ところで、みんな何獲って来てくれた?」


 エリーは期待を込めて、辺りを見回した。

 あるのは悪〇の実のような奇妙な色をした果物や、毒々しい色をした草。そして、巨大なサメ――。


 いったい……何を食べればいいんだッ! と叫ぼうにも、エリーには叫ぶだけの気力が残されていないのであった――。

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