無人島生活9話 陸を這うサメは、焚火の炎で電気サクラの夢を見るか?

 ゴリッチがジョーズと壮絶な死闘を繰り広げていたとき、ボケ担当のモーリアンは――酔っぱらっていた。


「まったく、うちだけ留守番かいな。うちだけ置いて、みんな楽しいことするなんてズルいで」


 と、言いながら岩場で見つけた二枚貝を焚火で焼いていた。

 アサリのような貝やホタテみたいな貝、タニシのような貝をモーリアンの幸運スキルが探し出したのだ。それを、ヤシの実ジュース(酒ッ!)の当てにして、喰らうッ!


「そろそろ、焼けたかいな」


 貝は口を開けて、美味そうなダシを出している。

 モーリアンは舌なめずりをし、「ほなら、いただこか」と焚火の中から熱々になった貝を、そこらへんで拾った枝二本、チョップスティックッ枝箸で取り出した。


「まったく、みんなズルいで、自分らだけ面白いことしてな。ホンマに」


 と愚痴をこぼしながらモーリアンは貝を一口で頬張り、コリコリという音を鳴らしながら食べた。


(モーリアンがこうしている間にも、ゴリラは海でサメ狩りを、ホストは森で悪〇の実刈りをしていたそうな)


 触感はアワビとホタテのようで、中身は牡蠣のようにトロトロだった。そのままヤシの実ジュース(酒)で胃袋に流し込む。


「クゥ~~~~~ッ! このために生きとるんやな~」


 おっさんのようなことを言う若い女子。

 続けてアサリのような小さな貝を吸った。


「これも美味いで。何て名前の貝なんやろ?」


 モーリアンが食べている貝は、ムール貝系の貝やサルボ貝などだった(たぶん)。


「まあええか。美味いもんに毒なんてないやろ」


 モーリアンが貝に夢中になっていたそのとき、樹間を横切る影を横目にとらえた。


「誰や? 戻ってきたんか?」


 モーリアンは影が動いた樹間に向かって言った。

 だが、返事はない。

 

 どこからともなく、トゥルルルルトゥルルルル、トゥトゥ、トゥルルルルトゥルルルル、トゥトゥというどこかで聴いたことがあるような不吉なミュージックが頭の中に流れはじめた。


「ちょっ……脅かさんといてえな……。なあ」


 返事がない、まるで屍のようだ。

 モーリアンは固唾をのみ込み、「ちょ、冗談きついで。はよ出てきてえな」と影が動いた木陰に近寄ると、「めぇええぇえ~」という鳴き声が聞こえ影が姿をあらわした。


「なんやねん。サクラかいな」


「めえぇえぇえ~」


 木陰から姿をあらわしたのは、昨日モーリアンの下僕ともだちになった馬のサクラだった。


「脅かさんといてえな。うち意外とビビりなんやから」


 言ってモーリアンはサクラの下まで行くと、鬣を撫でた。


「めえぇえぇえ~」


 気持ちよさそうにサクラはモーリアンに頭をこすりつけてくる。


「けったいな鳴き声出すんやな。山羊や羊やで」


「めえぇえぇえ~」


 鬣を撫でながらいかなモーリアンでも違和感に気が付いた。


「サクラちょっとちいそなってへんか?」


 昨日会ったサクラよりも一回り、いや二回りほど小さくなっているような気がする。と、そのとき樹間からもう一つの影が姿をあらわした。


「わっ! サクラが分裂しとるやんッ。どないしたん。少しみん間に何があったんッ」


 小さなサクラと大きなサクラが体を並べて、モーリアンの前に立っている。


「めえぇえぇえ~」


 と鳴いたのは小さなサクラ。


「うッぅ~う~~」


 と鼻声のような声で鳴いたのは大きなサクラだった。


「何で、分身しとん……?」


 普通に考えれば親子だとわかりそうなものだが、モーリアンはわからなかった。


「あれか、分身の術か。ナ〇トやのうて、〇ラゴン〇ールで天津丼がやった、分身の術の方かッ!」


 と二頭のサクラを指さしたときだった、背後から「帰ったぞ」というゴリッチの声が聞こえた。


「おお、帰った……ギャッ――――――!」


 と振り返り様モーリアンは叫んだ。


「どどどど、どないしたんッ! サメが陸を泳いどるがなッ!」


 ゴリッチは500㎏以上あろうかと言う、サメの尾びれを掴んで砂浜を引きずって来たのだった。


 二頭のサクラはゴリッチと激闘を繰り広げたサメを見るなり、逃げ出してしまった。


「ああ、サクラッ逃げへんといてえなッ! カムッ! バーックッ!」


 モーリアンはその場に崩れ落ちて、必死に手を伸ばし呼び止めたが、二頭の親子は再び森に消えてしまったのだった。


 サクラが消えて、何事もなかったように再びモーリアンは起き上がって、ゴリッチが倒したサメをまじかで観察しはじめた。


「もしかして、ゴリッチが倒したん?」


「そうだ」


 ゴリラゴリラゴリラと百獣の王が、まだ抜け切れていないようだった。

 いつもの穏やかさはどこへやら、口調が戦闘モードである(髪の毛は戻っている)。


「ホンマかいな。凄いなあ。ゴリッチならサメにでも勝てるって、うちわかっとったで。やればできる子やもんな。あれか、やっぱり鼻が弱点やったんか?」


 モーリアンはサメの上あごを持ち上げて、その中に頭を突っ込み物珍しそうに観察していると、突如持ち上げていた上あごが落ちてきた。


 モーリアンはサメに首から上を喰われてしまっている。

 サメの鋭い牙が、モーリアンの華奢な首を挟んだッ!


 足をバタバタさせて、「助けてえなッ! 喰われてまうッ。意外に顎が重かったんやっ」と言って助けを求めているとき、ベストタイミングで戻って来たのは潤弥だった。


「みみみみ、みんなッ! たたたたたたたたたたたたたたたたた、大変だんだッ! もももももももももも、森の中にががががががががが、骸骨が―――――――ッ!」


 言って、潤弥は固まった。

 

「モーリアンがッ! 新生物、陸ザメに喰われとるやないかいッ……!」


 と何故か関西弁の遺言を残して潤弥は気を失ってしまった。

 自力でサメの口からはい出たモーリアンは気を失った潤弥を見て、「どないしたん。うちがサメに喰われている間に何があったん?」と素っとん狂な声を上げたのだった。


 それから三十分ほど経ち、今度はエリーと中二病、バカ隊長が神々の頂から帰って来た。


 白目をむいて気を失った潤弥、焚火で暖を取るゴリッチとサメ、そのサメを興味深げにツンツンツンツンとア〇レちゃんのように木の枝でつついているモーリアン。


 何とも言えないシュールな光景を見て、三人は「・・・・・・」言葉を失った。


 いやいやいやいや、どういう状況よ?

 たった数時間あたしがいない間に何があったのよ……?

 エリーは理性的に頭をフル回転させることにより、発狂しそうな自分を抑え込んだ。


「エリーっちおかえり。どうやった? ラ〇ュタはみつこうたか?」


「空島は実ッ在したッ――――――!」


 と答えたのは中二病。


「いやいやいやいや、そんなボケ使い古されて面白くないから……」


 エリーは痛む頭を押さえて、「これ、どういう状況?」と冷静に説明を求めた。


「どういう状況って、見ればわかるやろ」


「わかるかッ! 誰がこんな状況見てわかるバケモンがいんのよッ。白目をむいて倒れているホストに、焚火に当たるサメとゴリラ、そして馬鹿の一つ覚えにサメをツンツンしているボケマシーン」


 エリーは立ち眩みを覚えてその場にしゃがみ込んだ。ただでさへ、疲れているのに……これ以上ツッコミゲージが残っていなかった。


「こんな空気の薄い場所で、大声出すから」


 カバー隊長はエリーに言った。


「空気の薄い場所ってどこだよ……」


 エリーはしばらくその場にしゃがみ込んで、心を落ち着けた。


「どないしたん。悪いもんでも食うたか?」


 モーリアンは木の枝を放り出して、エリーに駆け寄った。


「あかんで、訳のわからんもん何でも食うたら」


 誰のせいだ、誰のッ! 

 心の中で拳を握りしめて、エリーは煮えたぎる怒りを抑えた。

 

「これ以上、あたしを怒らせないでくれるかな。ね」


 エリーは笑顔を浮かべて、モーリアンに言った。

 その笑顔は天使の皮をかぶった、大魔王の微笑みだった。


「お……おう。教えるわ。教えたる。だから、怒らんといてえな……」


 モーリアンの野生の勘がこれ以上エリーを怒らせてはならないと、警鐘を鳴らしていた。


「えっとな。かくかくしかじかやねん。で、うちがここで焚火を守っとったら、かくかくしかじかで、かくかくしかじかの、かくかくしかじか、ってわけや」


「信じられないわね。馬が分身の術を使って、ゴリラとサメの南海の闘いがあって、ホストが急に気絶したなんて」


「ホンマなんやって、信じてえな」


 エリーは肩を落として、ため息をついた。

 もう、何が起きても驚かない、そう自分に言い聞かせた。

 そのとき、バっと潤弥がエクソシストに祓われる悪魔付きのように、起きて、「ぎゃぁ――――――――ッ!」とこの世のものとは思えない奇声を上げた。


「大変だッ! この島には陸を這うサメが人間を食べているッ!」


 と、夢と現実をごちゃまぜにして、つぶやいたのだった――。

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