無人島生活5話 力が欲しいかッ!!!!!!

 眠れないと思っていたけど、疲れていたからなのかフカフカのベッドの中よりもぐっすり眠ることができた。

 

 一時間おきに寝ずの番を交代して、焚火の炎を消さないように気を付けながら無人島生活2日目が幕を開ける。


 南の島とは言え朝は冷えるようで、エリーは肌を撫でる冷気で「クチュッ!」とくしゃみと共に眼を覚ました。


「さむ~……」


 体を丸め二の腕をこすり摩擦を起こすがやはり寒い。

 もうすぐ夏だというのに、どうしてこうも冷えるのだろうか?

 仕方なく上半身を起こして、エリーは焚火に手をかざした。


「眠り姫が目覚めたようだな」


 この中二病的で、聞くだけで赤面してしまいそうになる、恥ずかしい台詞セリフを言えるのは一人しかいない。


 最後の寝ずの番はどうやら、龍之介だったらしい。

 龍之介は片膝立ちで胡坐をかき、エリーを見ている。


「眠り姫って誰のことよ」


「姫はきみのことだよ。あまりに寝顔が美しかったんでね」


「あんた、よくそんな臭いこと真顔で言えるもんね」


 と呆れ果てていると、「諭吉ッ! むにゃむにゃ。諭吉はうちが守ったるからな。むにゃむにゃ。絶対に火刑になんてさせへん」とモーリアンはボストンバッグを抱き枕のようにして、よだれを垂らしながら寝言を言っているし、もう一人、「教官ッ! 申し訳ありませんッ! もう二度と同じ失敗はしませんから命だけはッ! 命だけはお助け下さいッ! 何ですかその道具は……そんなもの使ったらぁ……ひえー―――ッ!」とカバー隊長は顔を真っ青にして叫んでいる。


 潤弥は潤弥で、「子猫ちゃんたち、いつにも増して可愛いね。フフフ」とどこぞの女を口説いているし、紅は「クソッ。あの狸オヤジ……好き勝手言いやがって、こっちはこっちで大変なんだよッ!」と人格が変わったように、いつものまったりとしたしゃべり方とは対照的な怒りを含んだ愚痴を吐いている始末……。


 この人達と比べれば確かに自分は眠り姫に見えたことだろうよ、とエリーは思った。








「よーし」


 カバー隊長は朝っぱらからハイテンション。


「今日は安全なねぐらを作る者と、食料を探す者二チームに分れよう。食料を集めるのはゴリッチ君、モーリアン君、紅君、潤弥君の四名だ。ねぐらを作るのは私と龍之介君、エリー君が担当するッ。意見のある者はいるだろうか」


 カバー隊長を中心にして皆は扇状に並んでいた。


「せんせーッ! 質問があるんやけど」


「何だね。モーリアン君ッ」


「ねぐらを作るって言ってもどうやって作るん? こんな砂浜にテントでも作る気か? テント作るにしても布もあれへんやん。それにテント何て安全ちゃうで。肉食獣に襲われたらいちころや」


「良い質問だモーリアン君。それは私も考えていたことだ。確かに、この砂浜を拠点にするには、何かと欠点が見えてくる。木の上に拠点を造るか、洞窟を見つけてそこを拠点にするか。

 だが、そうするともし船が通りかかっても合図を送れない、というのが唯一の欠点になる」


 カバー隊長は皆を見回して、続ける。


「だが、ここにとどまるより、雨風をしのげる洞窟を拠点にする方が、私はいいと思う。みんなはどう思う?」

 

「この島に危険な動物なんているのか?」


 潤弥が切り出すと、「調べてみる必要があるんじゃない」とエリーが答えた。


「調べるってどうやってだ?」


「ま、まさか……諭吉をおとりに使うゆえへんやろうな……。あかんで、諭吉は渡さへんッ」


 モーリアンは諭吉が沢山はいったボストンバッグを背中に隠した。


「違うわよッ! どうして諭吉におとりが務まるっていうのよッ!」


「じゃあ、どないして調べるゆうねん?」


「一つ提案なんだけど、あの岩山に登って島の全体を見渡してみるのも一つの手なんじゃないかと思うの」


「あの岩山に登るのか?」


 潤弥は富士山のようにそびえ立つ岩山を指さして言った。


「遭難したら高いところに登れって言うでしょ。島の全貌を見てみると何か打開策がわかるかも」


「いや、それは山での話だろ。ここは島なんだぞ」


 潤弥が珍しく真面のことを言ったので、エリーは心の底からマジで感心した。


「あんたも、真面なこと言えるのね」


「人をどういう人間だと思ってんだよ……。俺っちはいつだって真面だ」


「いや、この中で真面なのあたしだけだと思ってたから。あとはみんなボケ担当でしょ」


「誰がボケ担当だよ」


「そうやそうや。誰がボケ担当やねんッ」


 モーリアンはこぶしを振り上げて潤弥の抗議に便乗した。


「いや、あんたはボケ担当でしょ」


 エリーが言うと、モーリアンはしばらく押し黙り、「そうやったんか? うちボケ担当やったんッ?」と本当に今気づいた様子だった。


 ボケてるのか? マジで自分がボケ担当だと思っていたなかったのか? モーリアンが言うと本当にわからない。天然のボケリストだ。


「はいはい、ここで漫才やっててもらちが明かないから、己の仕事をはじめましょう。あたしたちはあの岩山を登れるだけ登って、調べてくるから、あなた達は食料を集めていてよ。この道を真っすぐ進んだところに、湧き水があるから、ちゃんと汲んどいてね」


 もはや誰が隊長なのかわからなくなっていた。











 二チームに分かれて本当の無人島生活二日目がはじまった。

 エリーたちのチームはと言うと、森の中を進んでいる真っ最中。アマゾンの熱帯ジャングルのように樹々が鬱蒼と茂り、ジメジメしている訳ではない。


 風通りがよく、数メートル開けて、等間隔に樹々が生えている道があるので、あえて獣に道に入らない限りは至って歩きやすい初心者コースだった。


 自分たちの目的は島の反対側に見える山を登り、上から景色を見てくること。


 神の視点で高いところから島を俯瞰することで、打開策が開けるかもしれない……かもしれない。なんてことを考えながら、岩山の麓にやって来た。


「安全なコースを選びながらゆっくりと登ろうではないか」


 カバー隊長は山頂を指さして、スポコンドラマの監督のような暑苦しさで言い放った。


 きわめてなだらかな道を選び、蛇行しながら三人は山を登った。標高400メートルほどだろうか? 大体東京タワー一つちょっと程の高さだ(たぶん)。


 山登りする人から見ればそれほど高くない山なのだろうが、山登りなどしたことがないエリーにはとても大変な運動だった。


 それにサンダルなので、何倍も疲れる……。着替えはすべて靴も含めて、飛行機と共に海の藻屑になってしまった……。こんなことになるんだったら、はじめから靴に履き替えておくんだった……。










 サンダルだからか? それとも日ごろの運動不足が祟ったのか、100メートルも登らない内から肩で息をしている。


「大丈夫かエリー君。少し休むか?」


 カバー隊長は元グリンベレー(自称)だから、体力バカなのはわかるが、中二病の龍之介も意外と体力に自信がある様子だった。


 涼しい顔で、見下すような視線をエリーに送っている(見下しているわけではない、そう言う眼つきなだけ)。


「いや、大丈夫……。速いとこ登らないと、すぐに日が暮れちゃう……」


 太陽の位置から考えて、昼にはなっていないようだ。

 推測十一時くらいだろう、と思われる。

 グズグズしている内にすぐに日が暮れてしまうだろう。


「そうか、辛くなったらいつでも言ってくれたまえ」


 カバー隊長を先頭に再び登りはじめた、中二病とモデル一向なのである。山頂に近づくにつれ、勾配こうばいは激しくなり、足場も危うげで、もろい岩に足を置いて崩れ落ちそうになったこと一二回。


「大丈夫かッ! エリー君ッ!」


 カバー隊長はまるで崖から落ちそうになった隊員にでも手を差し伸べるかのようにして、エリーに手を差し伸べた。


「いや、大丈夫だから」


 だがエリーは蠅でも払うかのように、隊長の差し出した手を払い先に進む。後に取り残されたカバー隊長は、「……そうか、大丈夫か……」と何だか悲しそうであった。


 岩山も残すところ200メートルほどだろう。

 もう山頂まで登らなくても、十分島を見渡せると思うが、バカな隊長にも、中二病にも、ツッコミ担当にも、疲れた頭でそこまで至る思考力は残されていなかった。


 いや、もしかするとここまで登ったんだから、山頂まで登ってやる、という意地があるのかもしれない。

 

 エリーはフラフラの足を引きずりながら、気力だけで山頂を目指していた。いったい何がエリーをそこまで駆り立てるのか、誰にもわからない。


 さすがの中二病も、疲労のせいで中二病をこじらせることができなくなっている?


 いや、疲れなどで中二病を抑えることはできないッ!

 中二病にはヘパイストス・ザ・クリエイター以外にも、奥の手があった。


 第二の固有スキル、悪魔との契約クロノスッ!

 力を得るため、心の中で悪魔との契約を結び、禁断の魔力を得ることだけにすべての思考を巡らせている。


 心の中の悪魔が言った。


(力が欲しいかッ!)

 

 頭の中で声が聞こえた。

 本当に我が身に悪魔が囁きかけているのだッ! 中二病の優秀な頭脳が即座に悪魔との契約を理解した。悪魔を従えるには、まず名前を知ることッ!

 

(おまえは誰だッ!)


(我が名はクロノスッ。破壊の魔神だッ!)


 ※中二病の心の中での独り芝居?


(ク、クロノス……)

 

 クロノスは何重にも重なる声をもち、六枚の漆黒の翼をもった怪物だった。クロノスは喉を鳴らし笑いながら言った。


(力が欲しいかッ!)


 中二病は迷うことはなかった。この状況を打開するには魔神クロノスとの契約が必須だとわかったからだ。


(我に力を授けよッ!)


(ワハハハハハハッ! ならくれてやろうッ。圧倒的なパワーをッ!)


 クロノスとの契約は交わされた。

 中二病の体の底から、今まで疲れ切っていたのが嘘だったかのように、膨大な力が溢れてくるッ。我は無敵なりッ、そう心の中で叫ぶ龍之介なのであった――。

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