無人島生活4話 無人島生活一日目「ヤシの実に向かってスパークキングッ!」

 エリーたちが浜に戻ってきて、まず驚いたのは火をちゃんと熾せていることだった。


 残ったのは筋肉バカとボケマシーンと天然ぶりっ子の、使い物にならなさそうな三人だったが、ちゃんと火は熾せたのだ。


 つまりゴリラくらいには使える、ということだろう。これなら、戦力になりそうだ、とエリーは感心した。

 

 そして火を熾せていたこと以上に驚いたのが、「何……その動物……」と言ってエリーはモーリアンの隣にいる動物を指差した。


「何って決まってるやないか、馬やがな。エリっちは馬見たことないんか? うちは小さいころから馬、見慣れとるで。おとんが日曜日になると、テレビの前で赤ペン片手にスポーツ新聞とにらめっこしとったわ。うちもおとんと一緒に馬を予想してな、楽しかったで」


 モーリアンは馬の鬣を撫でながら、しみじみと過去を振り返った。


「いや、写真とかでならあるけど……何で馬? ここ無人島でしょ? 馬いるのおかしくない?」


「そんなんうちに訊かれても困るがな。きっとあれやわ。シーホースってやつやろ。海泳いできたんやわ。な~サクラ。よう泳いできたな」


 言いながらモーリアンは馬の鬣をわしゃわしゃした。

 馬は唇を剥いて、「ウっ~ウっ~」と甲高い声で鳴いた。


「馬にサクラって名前つけてんの……」


「何がよ? 文句あるか?」


 モーリアンは方眉をしかめて、小首を傾げた。


「別に文句はないけど、あんたもしかして知らずにつけたの?」


「だから、何があよ?」


「サクラって馬肉の隠語よ」


「サクラッ! おまえ馬刺しやったんかッ!」


「いや、あんたがつけたんでしょうが……」


 これ以上ツッコむのもアホらしい……。


「ほんで、その手に持っている物なんや?」


 モーリアンはエリーが両手で抱えている、緑色の容器を指さして訊ねた。


「水。飲む?」


「ホンマかいな。飲みたいわ。喉が渇いて死にそうやったんやわ」


「その元気な姿を見る限りそうは思わないけどね」


 と言いながらもエリーは葉っぱで編んだ容器を渡した。


「サバイバルでは水は命だ。一気に飲むんじゃないぞ」


 とカバー隊長が注意したそばから、ごくごくと言う擬音が聴こえてきそうないい飲みっぷりで、2リットルの容器をカラにした。


 げぷとモーリアンは吸い過ぎた息を吐きだし、「え? 何か言ったか?」と水ぶくれした腹をさすった。


「いや、何でもない」


「ほんで、これからどうしたらええんや? カバーっち昔グリンベレーに居ったんやろ。無人島ではどう生きて行けばええんや?」


「うん。よくぞ訊いてくれた。水は確保した。火も確保した。安全な寝場所が欲しいところだが、もうじき日が暮れる。今日はおとなしく誰かが寝ずの番をして、一夜を明かすしかないな。後は食料だが――」


 とカバー隊長が言いかけたとき、「みんな、どうだった?」とゴリッチが岩場の陰からあらわれてこちらに手を振った。


「水はあったぞ」


 答えながら、潤弥はゴリッチが担いでいる何かを指さして訊ねた。


「それは何だよ」


「岩場に流れ着いていたんだ」


 言って目の前にかざしてみせたのは、「網?」だった。


「たぶんどっかの国から流れ着いたんだろうね」


 その網の中には沢山のカラフルな魚が入っていた。南国の海にいるカラフルな魚たちだ。


「おまえが獲ったのか?」


 潤弥は信じられない物でも見るような目をして網を指さした。


「ああ」


 ゴリッチは胸を張って答えた。


「さすが十種目競技の金メダリストだな」


 潤弥は笑いながらゴリッチの肩に腕を回して喜んだ。


「これで今日の食べ物には困らない」


 皆がはしゃいでいるとき、「みんなぁ~」と逆方向から紅の声が聴こえてきた。そう言えば、姿を見なかった。


「あんた、どこ行ってたの?」


 肩で息をしている紅にエリーは訊ねた。


「食べられる果物がないか~、探してたんで~す」


 間延びのした独特な口調で紅は答えた。


「で、どうだったの? 食べられそうな物見つかった?」


「う~ん、食べられるかわからないけど~、果物っぽい物なら~、見つけたかな~」


 普段から紅の口調には苛立ちを覚えるが、この状況だと倍増だ。

 

「どこで見つけたの?」


「あっち~」


 紅は今自分がやって来た方向を指さした。


「ゴリッチと龍之介くん、あたしでその果物を見てくるから、みんなはここで待ってて」

 

 みんなに言い置いて、エリーは紅に促した。


「案内してよ」


「は~い」


 エリーはゴリッチと龍之介を引きつれて、紅の後に続いた。

 この島に来て半日でわかったことは、本当に無人島だということだ。


 自分たちが不時着したのは島の浜辺側。

 砂浜が島の一角にあり、島の中央一面は森だ。

 そして、今自分たちがいる浜辺と対照側には、それなりに大きな岩山が見えた。


 紅に導かれながら、砂浜の終わりまで進み、ゴツゴツした岩が乱雑する岩場を抜けると、高い樹が並ぶ一帯に出た。


「あれだよ~」


 紅は背の高い樹が果樹園のように並ぶ一帯を指さして言った。


「あれ、ヤシの樹じゃないッ!」


 高い幹にけったいな葉っぱ、そしてグレープフルーツのように実ったボウリングのボール大の大きさの実。


「間違いないって、あれヤシの実だよ」


 エリーの胸がときめいた。

 パラソルの下、椅子に座って、ヤシの実にストローを差し込み、ヤシの実ジュースを飲む。


 これぞ、リア充ではないだろうかッ! 

 後は召使にヤシの樹の葉でもあおがせば、もう言うことはない。


「だけど、高いな」


 ゴリッチはヤシの幹に手を添えて、実を見上げた。


「フフフ。黒石ブラックストーンショットを使えばよかろうッ」


 龍之介は右手で顔を覆って、奇抜なポーズをとりながら言った。


「は? あんた何言ってんの? 黒石ブラックストーンショットって何?」


「純黒の流星メテオ


 と言いながら龍之介は、こぶし大ほどの石をゴリッチに差し出した。


流星群メテオストライクッ!」


「は? だから何? マジ意味わかんない」


 とエリーが顔を歪めると、「そうかッ!」とゴリッチは手のひらを叩いた。


「その石を投げて、ヤシの実を落とせと言っているんだな」


 言ってゴリッチは龍之介から黒石を受け取った。


「は、何言ってんのよ。あんな高いのに当たるわけないでしょ。当たったとしても、そんな石じゃ落とせないわよ」


 とお手上げと両手を上げて首を横に振っていたとき、「うっそ~……」とエリーは我が目を疑った。


 ゴリッチ自慢の上腕二頭筋と背筋が膨らんだかと思うと、砲丸投げの要領で石を投げた。


 プロ野球のピッチャー並みのコントロールで、石はヤシの実に当たり、落ちてきた。


「そうね、あたしが間違ってた。ゴリッチに不可能はないわね。ははは」


 龍之介は岩場から手ごろな石を持ってきて、ゴリッチは次から次へとヤシの実を落としていった。百発百中、外れない。


 さすが元十種競技のチャンピオン。

 メジャーリーグに今すぐにでも行けるだろう。


 見る間にヤシの実が山のように積みあがっていた。

 エリーたちは持てる限り、ヤシの実を抱えて皆の待つ砂浜に戻った。


 日が暮れて頼れる灯りはゴリッチたちが熾した炎しかない。電気が恋しい……と思うエリーだった。


 焚火でゴリッチが獲ってきた魚を焼き、ヤシの実を岩で割って飲んだ。

 素朴甘さ、不味くはなかった。

 魚は塩を振らずとも海水のしょっぱさが効いて美味しいし、ヤシの実ジュースはミルクを彷彿とさせるほどにまろやかで、ほんのり甘い。


 状況をすでに受け入れている自分にエリ―は驚いた。

 エリーは子供のときから、キッズモデルとしてそれなりにファッション誌で表紙を飾ってきた。


 自分はみんなとは違うんだという誇りを持っていた。つまりおごっていた。


 子供のころから仕事が忙しく、同年代の子たちと遊ぶ時間はなかった。

 年頃の女の子がするような遊びもしたことがないし、事務所が恋愛禁止で、男の子と付き合ったこともない……。


 いつも周りにいるのは大人ばかり。

 そしてエリーがお金を沢山稼ぐようになると、両親は金遣いが荒くなってしまった。


 お金はすべて両親が握っていた。エリーは両親の財布も同然だったのだ。


 何年もモデルを続けていると、どうしてこのような仕事をしているのかがわからなくなっていった。


 親が小さいころにオーディションに応募して、モデルの世界へと入った。


 つまり、自分は親の操り人形ではないだろうか? 

 そんなことを考えだすと、誇りに思っていたモデルの仕事への情熱もわかなくなった。


 そして、二年間休業をもらい、一年前復帰したのだ。

 モデル以外にも、仕事の幅を伸ばそうとした最中のことだった。


 無人島で一か月サバイバルの企画を受け、無人島に向かうために乗った飛行機が突然のトラブルでどこかわからない、無人島に不時着してしまったのだ……。


 もう、笑うしかなかった……。

 ボーっと焚火を眺めていると、炎が小さく揺らめきはじめた。

 

「まずい、火が小さくなりはじめた……」


 潤弥がオドオドとしながら、くべる薪を探すがどこにも見当たらなかった。


「もう枝がないぞッ……!」


「本当だ。気付かなかった……」


 ゴリッチは積み上げていた枝を手探りで探したが、手に触れる物はなかった。


「どうするんだよ……。このままじゃ消えちゃうぞッ!」


 潤弥は誰にともなく言うが、どうすることもできない。

 そのときエリーは閃いた。


「くべる物ならあるじゃないッ」


「本当かッ!」


「モーリアン」


 エリーは体育座りをするモーリアンに向き直った。


「何や?」


「トートバッグはどこに置いた?」


 何が何だかわからないまま、「あそこやけど」とモーリアンは一本の樹の根元を指差した。エリーは立ち上がって、トートバッグを取にゆく。


「ど、どうするつもりやッ……」


 トートバッグを皆の下まで持ってきて、エリーはチャックを開けた。


「なにって、枝がないなら、お札をくべればいいんじゃない。諭吉を」


 エリーは福沢諭吉の束を取り出して答えた。


「じょじょじょ、冗談きついわ~……。さすがにそれは笑えんで~……。はははは……。いったいどこのエリーアントワネットなん……?」


「冗談じゃないわよ。こんな暗いのに火が消えたら、命に係わるじゃない。こんな無人島でお金なんて持ってたって仕方がないでしょ。命があれば、また稼げるわ」


 言ってエリーは諭吉の束を、小さくなりはじめた火の中に投げ込んだ。


「諭吉ッー!」


 モーリアンは火の中に入った諭吉を救い出し、着火した火を払った。


「火傷するじゃないッ。何考えてるのよッ」


「それはこっちの台詞せりふやッ。うちの諭吉を火刑にする気かッ!」


「人じゃないでしょ」


「諭吉は人やわッ」


「いや、そうだけど……。それはお金。今ここで火が消えたら、みんなの命に関わるの、モーリアンわかって」


「いややいやや、諭吉は何があろうと火刑にさしたりせいへんッ。諭吉はうちの子供も同然なんやッ!」


 言って、エリーからトートバッグを奪い取って、懐に抱いた。

 猫が威嚇をするように「シャーッ!」と言っている。


「だけど、このままじゃ火消えちゃうじゃない。死んだら、お金なんて使えないのよ」


「地獄の沙汰も金次第や。三途の川を渡るときに、諭吉を払うんやッ! 諭吉は何があろうと、うちが守るッ! お~よしよし、諭吉怖いねぇちゃんにいじめられたんか。心配せんでもうちが守ったるから安心せいや」


 と言いながら、モーリアンは赤ちゃんを抱くようにしてトートバッグに語りかけた。こりゃあ、駄目だ。


「命の実の恵みを受けよ」


 エリーがモーリアンの説得を諦めると同時に、龍之介がつぶやいた。


「は? だから回りくどい言い方しないで、まともにしゃべってよ」


 この状況で馬鹿なことを言われると、さすがに腹が立つ。

 龍之介は焚火の横に積み上げられていたヤシの実を手に取り、外果皮がいかひを剥ぎはじめた。


「何してるのよ……?」


 龍之介はヤシの実の果皮を剥がし、中のふさふさした綿のような物を取り出した。


「生命のトーチ」


「はいはい、つまりそれをくべるのね。昼も思ったけど、あんたバカなこと言っている割には案外頼りになるのね」


 龍之介は中果皮のもじゃもじゃをほぐして、火の中に放り込んだ。乾いたもじゃもじゃは火にくべられるなり、勢いよく燃え上がった。


「だけど、そんな方法知っているんだったら、もっと早く教えてよ。そしたら、諭吉を火刑に処さなくて済んだのに」


 言って、エリーはモーリアンを横目に見た。

 モーリアンはまだ、「おお、よしよし。大丈夫やで諭吉。うちがあの怖いねぇちゃんから守ったるからな~。心配せんでええんやで」とトートバッグを赤ちゃんのように抱いてあやしていた。


 エリーはため息をついて、「まあいいわ」とヤシの実の外皮を剥がすのを手伝った。無人島生活一日目はこうして終わった――。

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