無人島生活3話 将来の夢は○○○○○○○アンケート

 中二病がヘパイストス・ザ・クリエイターを発動していたころ、火起こしに取り掛かっていたゴリッチ、モーリアンは、なかなか点かない火に苦戦し、腹黒天然でおなじみの、古井こいくれないは海辺を歩いて、食べられる果物などを探していた。


「どうやゴリッチ」


 モーリアンはゴリッチが原始的な方法で、枝をこすっている姿を横目に見ながら訊ねた。


「うおぁ――――――!」


 残像が残るほど早く、回転する枝。

 その姿は火の起こし方を身につけた原始人。

 いや、原始ゴリラ。

 ゴリラの体力と忍耐力で、摩擦により白い煙が上がりはじめた。


「おお、もうちょっとやなッ! ファイトゴリッチ、負けるなゴリッチ! ファイト―ッ一発ッ!」


 横からやかましく応援するだけのモーリアン。ゴリッチは白いタンクトップから出た丸太のような二の腕の筋肉を盛り上げて、更に早く枝を回転させた。


 今度は鮮明に白い狼煙が上がりはじめた。

 モーリアンは細かくちぎった木の皮を、煙が上がる枕木の上にパラパラと乗せて息を吹きかけた。


「ふーふー」


 すると木の皮のすき間に赤い線香花火のような火種を見た。

 モーリアンは火を消さないように、吐く息を調整して「ふーふーふー」と頑張る。モーリアンの努力は報われ、火種は大きな火へと成長した。


「やったでッゴリッチッ! ゴリッチの馬鹿力と、うちの技術のたまものやでッ! ほら見てみ」


 モーリアンは飛び跳ねんばかりに大はしゃぎして言った。

 

「モーリアン。火、火が消える火がッ」


 ゴリッチは小さくしぼむ火種を指さして、諭した。


「ああ……」


 慌てて両手で火種を覆い息をゆっくりと吹きかける。

 一瞬冷やっとしたが、何とか消えるのを防げた。


「その大きくなった火種をここに移すだけだ」


 言ってゴリッチはできた火種を、小枝の山に入れた。

 そしてゴリラ並みの肺活量を駆使して、ゴリッチは息を吹きかけようとする。


「ちょ、ゴリッチ。そんなんしたら消えるで」


 モーリアンは慌ててゴリッチを押し退けて、火種を死守した。


「危なかったで。今のでせっかくの苦労が水の藻屑やで」


 ※正確には海の藻屑。


「あとは消えないように気を付けながら、枝をくべるだけやな」


「ああ、後は任せていいかな。僕は魚でも獲ってくるから、火を見ていてくれ」


「魚? 竿あるん?」


 モーリアンがそう訊ねると、ゴリッチは樹間に視線を巡らせて「あれを使うんだ」と取ってきたのは長い枝だった。


「そんな枝どうするん? 木刀か? 男は長い棒っ切れが好きやからな。修学旅行で京都行ったときなんて、クラスの男子みんな木刀かっとったわ。誇らしげに腰に木刀差してな、ホンマアホみたいやったで」


「銛だよ。銛に使うんだ」


 言ってゴリッチは近くに落ちていた岩に、枝の先をこすりつけて鋭く研いだ。


「素潜りでか? ここ南の島やで。サメがぎょうさんおるんちゃうんけ」


「大丈夫。サメは鼻が弱点だって言うだろ。もしサメが来たら、鼻にパンチをお見舞いしてやるさッ!」


 言ってゴリッチは右腕に力こぶを作って、ドヤ顔を決めた。


「あんたは武井壮かいな……」


 モーリアンは呆れた様子だ。

 

「それじゃあ、行ってくる」


 背中を向けてゴリッチは手を振りながら、岩場の方に消えてしまった。

 ゴリッチが消えてから、モーリアンは幹に背中を預けて、ボーっと焚火の炎を眺めていた。焚火の炎を眺めていると、昔のことが走馬灯のように頭を駆け巡った。





 関西に住んでいたモーリアンは昔からお笑いが好きだった。

 お笑いは人を明るくする。

 だから好きだった。


 テレビに映る芸人たちはしょうもないことで、みんなを笑わせて楽しませ、嫌なことがあっても、笑えば不思議と元気になれる。


 友達と喧嘩したときでも、嫌なことがあったときでも、お笑いを見れば仲直りする力をもらえ元気になれた。


 中学に上がるころにはモーリアンの夢は決まっていた。

 いつか必ずお笑い芸人になるッ!

 だがそのことを両親に話すと、示し合わせたように反対された。


「お笑い芸人で成功できるのはごく一握りの人間だけや。そんな馬鹿みたいなこと夢見てないで、ちゃんと勉強していい高校、いい大学に行かなあかんで」


 夢を両親に打ち明けた日、モーリアンは一晩中説教をされた。


「何でなん? 夢を持つのは自由なんちゃうの」


「夢を持つのは自由やけど、そんな夢はあかん。芸人になったって売れるかどうかわからんのんやで。そんなんギャンブルや。大抵の芸人は日の目を浴びることなく消えていくんや。百歩譲って、売れたとしても一発芸人や。そんな世界に娘をやるわけにはいかんわ」


「何でなん。クラスの友達は親に夢を応援されてるって言ってるで」


「そりゃあ、子供の夢なんやから応援するやろ」


「やろ、親なら子供の夢を応援するやろ」


「ああ、当然やがな。クラスの友達は何になりたいゆうとんや?」


 父は訊ねた。


「将来の夢について書いたアンケートがあるわ」


 言い置いてモーリアンは二階の机に入れていた、『将来の夢』という名のアンケートを持ってきて両親に見せた。


 その将来の夢を見て、モーリアンの両親は固まった。


「これに比べたら、うちの夢はまだ現実的やろ」


 アンケート将来の夢ベスト5



 5位 総理大臣



 4位 神



 3位 ヒモ



 2位 プロゲーマー



 1位 YouTuber


「どうや? この夢よりはうちの夢、真面や思うで」


「よそはよそ、うちはうちやで」


「何でなんッ! そしたらうちYouTuberになるわ。好きなお笑いのチャンネルを作るんや」


「趣味の範囲なら構わへんけど、仕事にするのはあかんは」


「何でえな。うちのクラスの男子の半分がYouTuberなるゆうとんやでッ!」


「よそはよそ、うちはうちやッ」


 それ以上モーリアンの話を両親は聞いてくれなかったのだった。

 一方両親は、いったいなんちゅう学校なんや……と思わずにはいられなかった。いや、原因は学校ではないだろう。


 こんな夢を応援している親の顔を見てみたい……。

 日本の将来お先真っ暗や、と思う両親なのであった。






 

 両親に反対されたことでモーリアンの決心は確固たるものになった。


 中学では、同級生にコンビを組んでくれるように頼んだ。三年間色々な人に頼み続けた。だが、誰もコンビを組んでくれなかった。


 それでもモーリアンは諦めなかった。

 高校ではお笑い研究会なる部活を立ち上げて、部員を五人集めることに成功した。やっと中学では叶わなかったお笑い好きの同士を見つけることができたのだ。


 そのお笑い研究会、通称笑研しょうけんメンバーの中から相方を見つけたのだった。そして高校卒業と同時に、その相方と一緒に大手お笑い事務所に入った。


 モーリアンは漫才やコント、色々な芸を考えた。

 色々なシチュエーションのコントや漫才を作った。

 だが一向に売れない。五年鳴かず飛ばずの日々が続き、色々なバイトを掛け持ちしながら何とか続けてきた。


 両親が言ったようにやはり夢物語だったのか……と諦めかけていたときだった。ある大物芸人のバラエティー番組に出演したのをきっかけに、少しずつではあるがバラエティー出演のオファーをもらえるようになった。


 売れっ子まではいかないが、それなりに活躍しはじめた矢先だった……。無人島でサバイバル番組の撮影のために乗った飛行機が墜落し、本当に無人島サバイバルになってしまうなんて……。


 ああ、天はうちを見放しよった……とモーリアンは膝に頭をうずめて大きなため息をついたそのとき、「うッぅ~う~」という高い獣の唸り声に似た声が森の方から聞こえて来た。


 モーリアンはバっと反射的に立ち上がって、身構えた。

 無人島だとしても、猛獣がいないとも限らないのだ……。もし虎やライオン、何かわからんけど未確認生命体チュパカブラ的なもんがおらんとも限らん……。


 獣は炎を怖がるという話を信じて、モーリアンは炎のついた枝を一本つかみ上げた。


「チュパカブラッ! それともビッグフッドか? いや、まさかナイトクローラーやないやろな……はたまた、モスマンかッ! うちは喰ってもうまないで……あっち行けッ!」


 言って火のついた枝を振り回した。


「うッぅ~う~」


 声はさっきよりも迫っている。

 UMAには炎効かへんのんか……。


「うッぅ~う~ッ」


 ガサガサと茂みが揺れた。


「ひ~……」


 情けない声をあげて、モーリアンは膝から崩れ落ちた。

 ガサガサガサガサ、茂みからむくっと長い首が現れた。

 

 モーリアンは叫び出す寸前に、口を両手で覆い、現れた生物をまじまじと眺めた。チュパカブラじゃない、ビッグフッドでもない、ナイトクローラーでもないし、モスマンでもないようだ。


「うッぅ~う~ッ」


 そう高い声で鳴いたのは「何や馬かいな」馬だった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る