第117話 共に弔う
二刀流となって大した時間も経たないうちに、最初の剣が砕け散ってしまった。ベクトの読み通り、これら三本の長剣は大黒霊にとっての武器であり、命でもある。一本破壊されれば耐久値の三分の一が減り、二本破壊されればまた耐久値の三分の一が、三本破壊されれば耐久値の底が尽き、大黒霊は倒されてしまうと、そのようなギミックなのだ。つまるところ、鎧ではなく剣が本体と言って良いだろう。
「がぁ、ハァッッ……!」
初めて明確なダメージを食らい、大黒霊がその痛みの余り地面に片膝をついてしまう。そしてダメージは明確な隙へと繋がり、ベクトを追撃へと導いた。
「馬鹿がッ! 誘いに引っ掛かったなぁっ!」
「だろうな」
但し付け加えるとすれば、大黒霊が攻撃を誘いカウンターを狙っていると、そう予想した上での追撃でもあった。ベクトは剣による迎撃をギリギリのところで躱し、その刃に対し更にカウンターを放つ。正確無比なるダリウスソードの軌跡、再び安全地帯より出現させたフェイクハゼ斧の奇襲により、二本目の剣も大打撃を食らってしまう。剣は未だ形を保っているが、次に攻撃を当てられると危険そうだ。
一本目の剣が破壊され、それを撒き餌に利用した大黒霊の策は悪くはなかった。むしろ、愚直に攻撃を続けるのみだったこれまでの戦法を鑑みれば、戦術面で随分と進歩したと言えるだろう。
「ぐげぇっ……!?」
しかし、ベクトはその進歩を良しとせず、また遠慮なしに打ち破る。剣が破壊された、或いは攻撃された際の痛みは本物で、大黒霊は苦しみ呻き、その声を我慢し切れずに吐き出してしまっていた。
「漸くない頭を使い始めたか。敬意を表して、更なる追撃は止めておこう。また演技だったら怖いからな。全く、本当に恐ろしい奴だよ」
そう言って、フェイクハゼ斧を解除するベクト。どうやら図体の大きな配下は常に手元には置いておかず、完全に奇襲用として運用する目論見であるらしい。配下を大黒霊の攻撃に晒さず、回避は自分のみで徹底。攻撃に転じた時にのみ格納から取り出し、ピンポイントで最大火力を叩き出す作戦だ。これも以前のベクトであれば、思い付いたとしても絶対に実行はしないであろう手であった。
「だから…… どうしたぁっ!?」
体勢はそのままに、大黒霊が突然剣を地面に突き立てた。それと同時に剣の刃が砕け、欠片が辺りに四散する。
―――ズンッ!
それからの変化は瞬く間に起こった。ベクトの足元より巨大な逆さ
「ッ!」
ベクトはこの攻撃を紙一重で躱し、否、僅かに
しかも、この攻撃の本当に怖いところは別にあった。左腕の傷口が凍結し、そこからも徐々に凍結部位が範囲を拡げ始めていたのだ。凍結の波がパキパキと肉体を伝い、肩へ肘へと影響を拡大していく。ベクトはその様子を直に目にし――― ダリウスの刃を向けた。
「ぐっ……!」
一切の迷いなく放たれる、自らの腕を飛ばす一撃。血飛沫が舞うも、残り少ない霊薬を施す事で即時に治療を完了。腕を新たに生やす事は叶わないが、これで出血死する事はなくなった。
「ハ、ハハハハハハハハッ! 一瞬の油断が命取りとは、よく言ったもんだ! 掠っただけでこの致命的な威力、やっぱ俺の方が一枚上手のようだなぁ、ベクトぉぉぉ!?」
「今の技、いや、魔法か? ……は、初めて見るものだったな。オルカの技法を真似たのか? 上手くいって良かったな。俺は腕を、お前は二本目の剣を、何とか痛み分けまで辿り着けたじゃないか。拍手を送りたいところだが、見ての通り片腕なんだ。簡略的に祝いの言葉だけで済ますとするよ」
ダリウスソードを肩に担ぎ、まあ問題ないだろうと笑顔を浮かべるベクト。その表情から感情が読み取れず、ベクトの事が不気味でしかない大黒霊。両者の心境は対照的であった。
(こいつ、なぜ……)
オルカの魔具として探索を共にした大黒霊は、ベクトの今の装備が痛みを増幅させるものだと知っていた。自らの腕を躊躇なく斬り飛ばすなんて事は、普通であればできはしない。装備によって更なる激痛に発展するのであれば、それは尚更の事だろう。
(い、いや、弱みを見せるな……!)
が、その思いを表に出す訳にはいかない。代わりに大黒霊は、表面上だけでもベクトを嘲笑う姿勢を貫く事としたようだ。
「てめぇは俺の剣を壊して良い気になっているようだが、そいつは酷い勘違いだぜ? 何せ、俺はこうして…… ぬうっ!」
胸部に三本目の剣を突き刺したまま、魔力を操り両手に冷気を集結させる大黒霊。すると次の瞬間、彼の両手には新たな氷の長剣が生成されていた。形こそ少々歪であるが、全体的な大きさは遜色のない出来となっている。
「ふうっ、この通りよ! 無駄な努力、ご苦労だったなぁ!」
「ん? あー…… まあ、うん、よく出来てるんじゃないか?」
百歩譲って、外見だけは元通りになった感があるかもしれないが、所詮は急ごしらえ模倣品。ベクトからすれば、それら氷剣がオルカの魔具代わりになるとは、とてもではないが思えなかった。むしろ、とんだ茶番とさえ思えてしまう。では、なぜベクトはそんな茶番に付き合ったのだろうか?
(杖ズミさん、ぶっ放しオーケーです)
それは当然、その間に止めの準備を整える為である。
「「ヂュッ!」」
「ッ!」
こっそりと格納から放たれていたフェイク杖ズミ×2、彼らは潜伏しながら大黒霊の死角へと回り込んでいた。ベクトの合図を受け、大黒霊の胸部に突き刺さる最後の剣目掛け、爆発魔法を放つ。
「舐ぁめるなぁぁッ!」
瞬時に殺気に勘付いた大黒霊は、爆発を避ける為に大きく跳躍する。大黒霊にとって、その剣は最後の命のストック。氷剣で迎撃するのではなく、完全に躱すという安全策を選択をしたのは、我が身可愛さからの事だったのだろう。だが、その選択が破滅へと第一歩となった。
「そっちには行かない方が良いぞ。俺と同じくらい、お前が嫌いであろう相手がいるからな」
「あ゛?」
大黒霊はベクトの言葉の意味を、直ぐには理解する事ができなかった。攻撃を退避した先は見晴らしが良く、敵影も全く見当たらない。嫌いな相手? ブラフか? などと思考を回しているうちに、その答えが自らやって来るとは、夢にも思わなかっただろう。
―――バキバキバキバキ!
それは大黒霊が凍らせた、地面の下からやって来た。黒く巨大な両腕にて大黒霊を掴み、纏わりつくようにして組み掛かる。この時になって、大黒霊は漸くその正体に気付く事ができた。
「て、てめぇは、クロノス!?」
そう、氷の下から姿を現したのは、靄にならずに残っていたクロノスの黒霊、その肉体部分であった。凍結効果をエリア全体に及ばせていた弊害、大黒霊は知らぬ間にクロノスを凍らせてしまっていたのだ。
ベクトがクロノスの黒霊と戦った際、フェイクホワイトはクロノスに対し、多くの攻撃を与えていた。牙であったり爪であったりと、その攻撃手段は様々だ。しかし、それら攻撃には共通したある性質があった。
―――感染、対象のゾンビ化である。クロノスとの戦闘中には間に合わなかったが、今となってクロノスの肉体は完全に感染状態となったのだ。
使役対象となった事で、クロノスはベクトの配下に置かれた。組み付きから流れるように背後へと回り込み、最後の剣をその黒き両腕で掴み取るクロノス。万力の如く腕力が、その刃を砕かんと圧迫する。
「クロノスてめぇ、死んでも俺の邪魔をするかよっ!? このクソ野郎がぁぁぁ! だ、だが、この剣は―――」
「―――最後の剣は、それじゃあ破壊できない。ああ、分かってるよ。大黒霊の止めは、探索者の魔具で刺さないといけないもんな」
ベクトから視線を外したのが運の尽き、大黒霊の破滅は、既に直ぐそこにいた。
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